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東京散策

 昨年とは場所は違うのですが、この眺めは々。
確か昨年は土曜日の夕方暗くなるころから集まったのですが、今年は日曜日の午後まだ日が高い。

日本橋のさくら道。 通りの両側に桜の木が並んでいます。
春は桜がきれいに咲きます。

今は・・・

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黄葉、枯葉・・・ 雰囲気がいいですね。

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通り沿いには飲食店、貸し画廊・・などに挟まれて地域のテナントショップも。
山口館がありました。

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そしてその先に、山梨館がビルの一角に。
今年はこのビルの2Fの「湊一や」で学生時代の仲間7人で忘年会でした。

ここも個室です。
東京駅近くの個室は安いところは結構狭苦しいのですが、ここはゆったりしていて良かったです。
昼間からだと割引になるようです。
やはり暇な老人にはこの方がいいです。
夜、比較的早く家に戻れます。

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時間つぶしに高島屋デパートでぶらぶらし、丸善でも時間つぶし。

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でも帰るころにはイルミネーションがきれいに輝いていました。

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さくら道の名の通り、桜をイメージしたイルミネーション。
これは去年も同じだった。

来年は??
皆元気出会えることを約束して散会しました。

その前にまた暑気払いもやりますが・・・・。

皆さん晩酌をするようですが、私は家で呑まなくなって10年近くなります。
ほぼ毎日休肝日が続いています。

これはブログを毎日欠かさず書いて6年続けていたことが大きいです。
呑んだら多分続けられなかったでしょう。

もう記録も止まったから、また再開してもいいかな・・・・??

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/12/10 16:35

石岡の図書館に私の本が置かれていました

 ふるさと風の会の会報(12月号)を昨日印刷し、夕方に各地に配ってきました。
今日は午後から東京に出かけます。 大学時代の友人たちと会うためです。
年2回会って飲食して皆の無事な顔をみて分かれますが、皆東京近くにいる人が多いので私などは遠い方です。

昨日、石岡の中央図書館前を通りましたので立ち寄りました。
2Fの郷土資料などのコーナーに私が作った(書いた)本が26冊置かれていました。

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さてどこでしょうというほど目立たない小さな冊子です。
一番上の棚です。

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置かれていたのは次の26冊です。
・石岡地方のふるさと昔話
・茨城のちょっと面白い昔話
<地域に眠る埋もれた歴史シリーズ>全24巻
(1)筑波四面薬師と塔のある風景
(2)常陸の養蚕神社を行く
(3)童女の松原伝説を求めて
(4)府中六井と養老の滝伝説
(5)民族芸能と祭り
(6)美浦・阿見を行く
(7)江戸崎・稲敷を行く
(8)浮島・阿波を行く
(9)常陸国における親鸞の足跡を求めて
(10)かすみがうら出島を行く
(11)真壁と小栗の里を行く
(12)水郷潮来・牛堀・延方を行く
(13)鹿島神宮と鹿島地方を行く
(14)香取神宮とその周辺を行く
(15)息栖神社と神栖地方を行く
(16)佐原の街と天保水滸伝の里を行く
(17)小田・北条・神郡を行く
(18)旧玉里村を行く
(19)旧小川・美野里・茨城町を行く
(20)行方地方(上)常陸国風土記と行方の里
(21)行方地方(下)行方四頭と行方の里
(22)常陸太田・常陸大宮・那珂・城里を行く
(23)日立・御岩・大子を行く
(24)美和・高部・馬頭を行く

一部置かれていないものがありましたが駆り出されているようです。
借りて読んでくれているのはうれしいですね。

図書館の予約検索システムで検索してみました
「ふるさと風の会」と検索すると26件が出てきます。

図書館1

皆私の本です。
ただ「茨城の難読地名」の本は入っていません。
これもぜひ残してほしいですね。

「石岡地方のふるさと昔話」をクリックすると

図書館2

石岡の五カ所の図書館に置かれているようです。
他の多くは2~3か所です。

まあここまで来れたのも白井先生の影響があるでしょう。
もう少し頑張ります。

本は下記ネットでの購入なども可能です。

ふるさと風の会販売Shop ⇒ こちら (BASE)

書籍 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/12/08 12:07

西蓮寺の大イチョウ今年は・・・・

 行方市の常陸高野と呼ばれる古刹「西蓮寺」の2本の大イチョウ。
毎年黄葉を楽しみにしている。

ことしもそろそろと考えて12月5日に立ち寄った。

しかし今年はどこかおかしい。イチョウの葉が少ないようで元気がなく物足りない。

ことしは昨年より少し遅いといわれているが、遅かった?

でもここは遅いなりに木の下には、落ち葉がびっしりと下に敷き詰められてその存在感が大きいのが特徴でもある。
樹齢千年近いとも言われる大イチョウは2本あるが、第一号樹が先に黄葉し、第二号樹は1週間くらいは遅くなる。

一号樹はかなり黄葉し、落葉もかなり進んでいる様子。
でも全体に葉の量が少ない気がする。樹の上の方の葉がほとんどない。

そこで思い当たるのが9月の台風だ。
千葉県の大停電をもたらした台風15号と、その後に大きな被害が出た台風19号。
共に千葉からこの行方地方に近い場所を通過した。
多くの屋根瓦が吹き飛んだ強風であったので、この大木の葉も多くが飛ばされたのかもしれない。

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昨年は12月10日であったが一号樹の落葉、二号樹の黄葉ともに綺麗だったことを思いだす。
またその前の年も、この木の下ではしゃぐ近くの幼稚園児の姿が目に焼き付いている。

小美玉・行方地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/12/08 09:28

三昧塚古墳からの眺め

 昨日は銚子に行く途中で空と雲が輝いて見えたので、三昧塚古墳の上に登ってみたくなり立ち寄りました。
この古墳もきれいに形が整えられて人工的なイメージがします。

霞ケ浦湖岸の工事のために近くの小山の土を削って使おうと半分ほど削られたらしいのですが、偶然通りかかった学芸研究員?の方に発見され、難を逃れたとか。

そこから発見された金の冠がとても貴重な品。
冠を付けて馬に乗ると歩くたびに冠のまわりにつけられたたくさんの馬の飾りが揺れて音を出す。

この古墳時代にこの地方で馬に乗っていたのかと昔をしのぶ貴重な品。

また周りは農村公園として整備された。

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東側に太陽とすじ状の雲があり、面白い形だと思って、古墳に着いたらすでに形は崩れていた。
でも上からの眺めは気持ちが良い。

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そして 南側には霞ケ浦が広がる。
まわりは田園地帯。

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そして今やって来た石岡側(西側)には筑波山がはっきり見えます。

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そして古墳から降りて、国道の裏側にまわってみました。
古墳の右側に筑波山が顔をのぞかせています。

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そして土地改良事業完成の記念碑が。
建てられたのは平成16年。総事業費13億3千5百万円。

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そしてこの古墳の横にはシクラメンンを栽培している大きな温室があります。

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今の時期は販売も始まり、たくさんの鉢植えシクラメンの花が咲いていました。
色とりどりに大きく育っています。

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小美玉・行方地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/12/06 07:34

倭名類聚抄

 最近地名の本を書いたりしていると手元に持っていなくて気になるものが結構あります。
でも懐具合が寂しいとついネットで安いものを捜します。(日本の古本屋)

結構便利ですね。
これもどこか安いものがないかと捜したものですが、平安時代に書かれた辞書(百科事典?)である
「倭名類聚抄」
この読みは「わみょうるいじゅしょう」と少し舌を噛みそうになり発音しにくい。
一般には「わみょうしょう」と言っているようだ。

全20巻が10冊にまとめられていて発売されているが、古本でも4万円弱位する。
これでは手が出ないが、幸いなことに古いので国会図書館のデジタルアーカイブに保存され公開されている。
まあPDFにおとしてみればよいが、どうも紙と同じようにはいかない。

そこで、これを冊子に印刷して、自分用の本としてしまった。

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10冊に分かれているが、当時の国名や郡名、地名などについては、5巻~9巻までなので、これに相当する第三~第五までをとりあえず印刷してみた。

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この中で常陸国については東海道の終点国であり 東海郡第六十一に伊賀國から始まり、十五番目に書かれている。
この十五の中には最初に東山道に分類されていた武蔵國も入っている。

常陸國 國府在茨城郡 行程 上三十日 下十五日 田四萬九十二町六段百十二歩・・・・・

とあり、郡名は、眞壁(萬加倍)、筑波(豆久波)、河内(甲知)、信太(志多)、茨城(牟波良岐國府)、行方(奈女加多)、鹿島(加之末)、那珂、久慈、多珂と記載されている。

他の国を見ても、上り行程と下り行程の日数に差があり、何故このようになっているのかが良く理解できない。
下りは海流があるので船でも使うのか? 馬でも使うのか? 常陸国府の石岡までは30日と15日と倍半分である。
どなたかご存知でしたらご教授をいただけるとありがたい。

それと私が古東海道を地図で巡ってみた時には、東京湾を船で渡った後、上総国(国府:市原)から下総(国府:市川)へ出て、そこから常陸国(国府:石岡)へ行くルートを探していたが、これが見つからず謎となっていた。
しかし、この倭名抄によれば
 上総国国府、下総国府、常陸国国府の行程はいずれも 上三十日 下十五日となっているのだ。
これはいったいどういうことなのだろうか。

ちなみに 
 駿河国  上十八日 下九日
 伊豆国  上二十三日 下十一日
 甲斐国  上二十五日 下十三日
 相模国  上二十五日 下十三日
 武蔵国  上二十九日 下十五日
 安房国  上四十四日 下十七日
である。

郡名の読み方も
 「茨城」は、牟波良岐 となっており、これを「むばらき」または「うばらき」と読むとの解釈が一般的のようだ。

まあ、茨城郡の名称は常陸国が成立する前から存在し、律令制の8世紀初期には那賀郡にあり、編入替えで、現在の石岡の茨城(ばらき)地区に近い所に移したとされている。
石岡が県名発祥の地というのは少しおかしなことななる。

まあこんな手間隙のかかる冊子つくりもそろそろ手を抜きたいものなのだが、なかなかそうも行かないようだ。
どなたか手づくり冊子を欲しい方がおられれば相談にのりますよ。

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書籍 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/11/23 13:36
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