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石岡のおまつり(10)-明神神輿宮出し

 まつり2日目の午後二時頃から総社の境内で「明神神輿宮出し」が行なわれます。
一般の見物客の方はほとんどが知らない方が多いと思います。
この頃街中ではおまつり2日目がスタートされ、屋台も開店しますので多くの見物客はそちらに行っています。
また、午後3時には駅前通りにて幌獅子パレードが行なわれますので、それを待っている方が多いですね。

さてこの「明神神輿」って何でしょう?
初日に本神輿が、総社宮の神様をのせて御仮屋に行ってしまっています。
2日目は本神輿も神様も年番の町の御仮屋にあります。

しかし、神様はここ総社宮にも残っています。
神様は自分の身を分身させて本神楽に乗り移っています。

明神神輿は本神輿を修理するために一時使えない時があったので、その代役として造られた一回り小さい神輿です。
いつもは本神輿と明神神輿の2つは総社の境内に保管されています。
従って、本神輿を宮出ししたので、もう一つの明神神輿も宮出しするのです。
 
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昼から、明神神輿を境内に出します。

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神輿に飾り付けを行ないます。お祭りの町内会の代表などで行なうようです。

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開始時刻が近付くと、1台の幌獅子(頭に獅子頭で後ろに車のついた荷台に2色の縞模様の幌をかぶせたもの)がやってきました。
この幌の模様は「仲之内町の幌獅子」ですね。

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もう一匹の幌獅子がやってきて、総社の拝殿で祈願を済ませました。
この拝殿は狭いので、大きな獅子が拝殿で舞うのは結構大変です。
こちらの獅子は県の民俗文化財にも指定されている「土橋町の幌獅子」のようです。
「土橋町」も「仲之内町」の幌獅子どちらも神輿の露払の役目を担っている獅子です。

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いよいよ神輿に神様が移られる儀式が行なわれます。
白い幕で覆われて、神様は総社本殿から神主に伴われてやってきました。
見ていると、神主が中に入り、神様をおうつしするのですが、これは何処の神社でもたまに行なわれるように、「ウーウー」という唸り声が発せられます。(本神輿でも1日目に行なわれていると思います)
(まだ見たことのない方は、人も少ないので、2日目は良く見られます)

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最後に神主の祝詞が読まれます。

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この明神神輿はこの後、幌獅子とともに、町を練り歩き夕方戻ってくるようです。
戻ったところは確認していません。またはじめと同じような儀式が行なわれるのでしょう。

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この明神神輿は翌日見たらちゃんと元に格納されていました。

では次回は、この後に神社の舞台で行なわれる「巫女舞い」を紹介します。お楽しみ。
 
 

石岡のおまつり | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/09/04 18:31

石岡のおまつり(11)-巫女舞

 おまつり2日目の総社宮で行なわれる行事を紹介しているが、今日は巫女舞である。
一般に「浦安の舞」という舞いが披露される。

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2人の若い巫女さんが「浦安の舞」を披露します。
なかなか優雅な舞です。
最初は扇の舞いから入ります。

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この浦安の舞いは昭和15年に「皇紀二千六百年奉祝会」に合わせて全国の神楽舞を合わせて作曲作舞されたものだといいます。
全国的に共通する舞いだそうです。

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少し緊張気味かな?
これは「鈴舞い」です。
浦安とは心の平穏を表すとされています。

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この時は「浦安の他にもう一つの巫女舞が披露されました。題名は忘れてしまいましたのでわかりません。

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なかなか厳かで心がやすまる気がします。

次回は同じ舞台でおこなわれる染谷佐志能神社に伝わる「染谷十二座神楽」を紹介します。
 

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/05 12:27

石岡のおまつり(12)-染谷十二座神楽(1)

 まつりの中日に総社宮で披露される「染谷十二座神楽」を紹介します。
この神楽はとても古く(400年前頃)から染谷地区に伝わる神楽で、毎年4月19日に佐志能神社で行なわれる行事です。市指定有形民族文化財となっています。

①猿田彦の舞、②長刀(なぎなた)つかい、③矢大臣、④剣の舞、⑤豆まき、⑥キツネの田うない、⑦種まき、⑧巫女舞、⑨鬼の餅まき、⑩みきの舞、⑪えびすの舞、⑫天の岩戸の12座である(1~4は四方固めと祓いの舞で1人 舞いである)。

さて、この中のいくつかがお祭りの大祭に総社宮で披露されるのですが、この中に「巫女舞」と「天の岩戸」の2つに地元の小学生が出てきます。

選ばれた子供は毎年地元の公民館で練習して大変だそうです。
今日はここに焦点を当てて紹介しますね。
とてもかわいらしく伝統を是非守っていってほしいものだと思います。

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皆が見守る舞台に二人の巫女(小学生)が現れました。緊張した面持ちが見てとれます。
親御さんたちも舞台のそでで心配そうです。

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十二座神楽の演目の「巫女舞」は2人の巫女が両手に鈴を持って、笛に合わせて舞います。

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どうですか、背中に緊張感が・・・。これはもうこちらが親か祖父さんの気持ちになっていますね。

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舞い終わって舞台を去るところです。

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舞台のそでに引き揚げてからホッとした笑顔が何ともいえず、とてもかわいらしいですね。

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最後に舞台に出て行って皆さんに挨拶です(顔見せだけ)。

 ではその他の十二座神楽を次に紹介します。お楽しみに。
 
 

石岡のおまつり | コメント(14) | トラックバック(0) | 2011/09/06 06:27

石岡のおまつり(13)-染谷十二座神楽(2)

 染谷十二座神楽の続きです。

①猿田彦の舞、②長刀(なぎなた)つかい、③矢大臣、④剣の舞、⑤豆まき、⑥キツネの田うない、⑦種まき、⑧巫女舞、⑨鬼の餅まき、⑩みきの舞、⑪えびすの舞、⑫天の岩戸
の十二座ですが、この日は全部が披露されるとは言えないようです。

前に披露されたものをアップしておきます。

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「天の岩戸」です。ここではこの前に紹介された小学生の巫女も登場します。

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「剣の舞」です。

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「キツネの田うない」

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「鬼の餅まき」です。餅がまかれます。

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「猿田彦の舞」です。

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「矢大臣」です。

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「えびすの舞」? これは4人舞いですが、今回は「矢大臣」と同時に演じられたのか?

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長刀(なぎなた)つかい

さて、次は忘れられた伝統人形「木之地のみろく」を紹介します。
  

石岡のおまつり | コメント(6) | トラックバック(0) | 2011/09/06 19:37

石岡のおまつり(14)-木之地のみろく

 明治35年の年番制度ができた時、当時の地元の役員たちが1年かけて、この石岡のおまつりを作り上げました。
そして十六の町がこの制度に加わりました。
しかし、所帯が小さいということでこの「木之地」町が昭和27年に辞退し(昭和12年の年番が最後)、現在15の旧町内が年番を順にまわっています。

木之地町は脱退しましたが、ここの愛宕神社に伝わる「木之地のみろく」は大変興味深いものです。
昔、現在の中町に「天王社」という神社があり、ここで毎年6月14日に行なわれていた「祇園祭」が西暦1700年代半ば頃から行なわれていたといいます。これが今の祭りの原型となっています。

そして、この「木之地のみろく」も5番目に登場します。1番は「富田のささら」です。

この人形は、現在おまつりの時に、通りに面した町内の会所にて披露されています。
興味のある方は見てください。

木之地のみろくについて:

「みろく」とは、弥勒菩薩である。
元禄15年(1702)に作られたといわれる木之地のみろくが、どのような姿をしたものかは明らかではない。江戸時代の祭事を記録した文書には祭礼の出し物として出されていたという。
祭礼参加の記録では、嘉永4年(1851)が最後と思われていたが、地元の人が復活を願い、それから83年後の昭和9年に竹原の弥勒を参考にして総社宮の祭礼(年番守木町)に出し物として復活させた。
それは、愛宕神社に古い一、ニ体の人形があり、破損を修理して数体の人形を作り、また数体を竹原よりお借りして、祭りに出したという。
しかし木之地町は所帯が小さく昭和12年を最後に祭りの年番より脱退しました。
何とか「木之地のみろく」を復活させようと平成16年に祭礼に合わせて木之地町の会所にみろく人形を飾っています。

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飾られているみろくの人形です。
「爺」(前口上)「若侍」(受口上)「姫」(舞)で口上と笛や太鼓で踊りがついていたようです。

大野のみろく・・・青(鹿島様)、赤(香取様)、黄(春日様)
元町のみろく・・・赤(鹿島様)、白(住吉様)、青(春日様)
竹原のみろく・・・青・黄・赤・白・黒の男人形に、白の女人形
とのこと。
この「木之地のみろく」人形は竹原のものを参考に復活されたものと思われます。

(本内容は会所にて配られた説明パンフおよび「石岡の歴史」(石岡市史編さん委員会編)より得ています)


歴史的には県内に6か所しか残されていない「みろく」人形も興味がありますが、あまり詳細が不明なところがあり、このようなところももう少し検証して記録として残してほしいものです。
(この石岡のおまつりのルーツがわかりそうに思います)
 

 

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/07 06:18

石岡のおまつり(15)-年番制度

 石岡のおまつりは、現在の形となったのは明治35年に始まった年番制度に合わせてです。
総社宮の奉仕を1年ごとに旧町内の持ち回りで行なうものです。
お祭りから次の祭りまでの間、その町内が担当します。

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さて、この祭りは比較的に新しいと思われますが、中町に昔あった「天王社」の祇園まつりがもとになっていると思われます。
明和年間の1760年代から毎年6月14日に行なわれていたというおまつりで、現在と同じような旧町内で行列の順番が決まっていたようです。
一番(富田のささら)、二番(中町の屋台おどり)、三番(香丸の子供おどり)、四番(守木の子供おどり)、五番(木之地のみろく)、六番(泉町ふし)、七番(幸町田打おどり)、八番(青木ほうさい)、九番(若松町かたかた)、十番(中之内ほろ)、十一番(金丸の人ささら)が町なかを練り歩いたそうです。
この天王社は現在の中町の矢口本陣の隣りにあり、府中陣屋(現在の市民会館、石岡小学校)から中町に出る正面にあったのです。

現在の祭りが始まった時の年番町は守木・大小路・土橋・金丸・守横・富田・仲之内・宮下・青木・幸・国分・中町・若松・泉・香丸・木之地の十六町でありましたが、人数の少ない町もあり、祭りをささえる人も少なくなり苦労しているようです。
そのため、木之地町は昭和27年に辞退して現在十五の町で交代で続けられています。

今年の年番は「土橋町(つちばしちょう)」です。
土橋町は中町通りから石岡市民会館に向かう通りの入り口の右側です。

石岡のおまつりでは、土橋の幌獅子は、県の無形民俗文化財に指定され、仲之内町の幌獅子は市の民俗文化財にしてされており、神輿の露払役を行ないます。

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石岡の市内にはこのように昔の町名を表記した石の表示柱を設置しています。
こんなのを探して歩くのも面白いかもしれません。

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石岡駅を降りて右側に観光案内所と交番がありますが、その少し先の広場に旧町名の説明板があります。
ここに載せたものは全部の旧町名は入っていませんが、市街地にある町名はわかります。

また、年番制度に参加していなくてもお祭りには参加している所もたくさんありますので、参加の町の数は三十以上あります。

東光台・星の宮・鹿の子・貝地・茨城・水久保・北ノ谷・兵崎・ばらき台・六軒・山王台・六軒東・元真地・小川道・東町・若松東・山し山・大和・大砂・正上内・南台などで、東光台は山車で他は幌獅子で参加しているようです。

皆、町の名前を書いてありますので、見てくださいね。
  

石岡のおまつり | コメント(16) | トラックバック(0) | 2011/09/08 06:20

石岡のおまつり(16)-夜

 まつりは毎日夜9時までです。
夜7時に駅前通り(八間通り:御幸通り)に山車(13台)が集合しパレードが始まります。
もちろんその前も各通りでは華やかに踊りが踊られています。

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夜の「おかめ踊り」も不思議な魅力がありますよ。

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山車は3階建てのようになっており、一番上には2mくらいの高さの人形が立てられています。
現在石岡の駅前通りと中町・香丸通りは電線が地中化されて、お祭りに大分支障がなくなりましたが。
一昔前は電線をくぐるのが大変でした。今も人形のわきには必ず1人乗っていて、何かあるとハンドルを回して人形を下に下げます。

また二階の舞台は台座の1階から回転できるようになっています。
回転している舞台の上でも踊りが続けられていますので、これも見ものですね。

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夜は山車には提灯と灯りがつきます。人形も浮かび上がるようになっています。

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大きな山車が勢ぞろいするとかなり壮観です。

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でも祭りはこれですね。 食べたい! どうしてでしょうね。祭りでなければその気にはならないに。
 

石岡のおまつり | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/09/09 06:27

石岡のおまつり(17)-還幸祭(1)

 お祭りの3日目(最終日)は還幸祭(かんこうさい)といいます。
初日に常陸国総社宮よりその年の年番(今年は土橋町)の御仮屋へやってきた御霊がまた神輿に乗って総社へ還る祭りです。

写真を撮ったのは3年前? 年番は香丸町でした。

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午後2時に近付くと、人々がその年番に設置された仮の神社(鳥居も設置します)にお参りにし、祭典の始まるのを待ちます。

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宮司、神主さんたちのお祓いが済むと、三匹の獅子(富田のささら)がやってきます。
狭いですから、ささらも車から降りて歩いて祭壇に向かいます。
「ささら」は人がかぶっているのではなく、棒にさして手で持っています。
これが棒ささらで茨城県独特のようです。
棒ささらの特徴は、棒を太鼓の音に合わせてくるりと1回転できることで、独特の動きに見えます。

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本神輿を通りにだして、飾り付けをとりつけ、確認をします。

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いよいよ年番町から総社に向かって供奉(くぶ)行列が出発です。御仮屋を出るのを「出御」といいます。
総社に戻ることを「還御」といいます。

行列の並ぶ順番は初日と同じです。
この行列を見ていると、この石岡は平家の都を懐かしんでいるように見えて仕方がありません。
これも伝統ですから、神事はいつまでも大切にしていきたいですね。

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さあ神輿ですが、基本的には行列で並ぶ順番が決まっているのですが、担いでいると守ってなんかいられないようです。
ワッショイワッショイ練り歩けば、順番なんか守れないですよね。
これから2時間街中を練り歩いて、総社に着くのは4時頃です。

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供奉行列が行ってしまいましたが、ご覧のような人波で、赤い傘が見えるだけです。

次は還御の様子をお伝えします。
 
 

石岡のおまつり | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/09/11 07:04

石岡のおまつり(18)-還幸祭(2)

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まずやってくるのは露祓獅子です。この時は仲之内町の幌獅子でした。
市指定の有形民族文化財に指定されています。
(幌獅子では土橋町のものが県の無形・有形民俗文化財に指定されています)

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供奉行列が神社前通りに戻ってきました。
少し足取りが重たいようです。約2時間ほど街中を行進してきています。
行列の前の方を行く「祭り太鼓」これは年番の子供が叩いていました。(写真は年番:香丸町)

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供奉行列は順番通りにやってきました。
「真榊」「猿田彦(天狗)「社銘旗」「比礼鉾」「祭礼委員会」・・・

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これが「四神旗」です。何が描かれているか知りたい方は調べてみてください。
後ろの旗は「錦旗」です。

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この後、唐櫃をかついで2人が行き、神輿が通りすぎます。

神輿の後をついて「巫女」「宮司」「神官」などがいきます。
巫女の持っているのは鈴ですが、手を前に伸ばしたままです。これは大変です。
街中を歩いている時も確かこの格好でした。相当体力的に訓練がいるかもしれません。
つまらない事に感心してしまいました。

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氏子代表や祭りの役員などが紋付き袴で後を歩きます。
ここは市民会館前です。人がいっぱいです。

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最後は各町の幌獅子が続きます。さすがに綱を引く手も足も疲れ気味ですね。
でも祭りはこれで終わりません。
還幸祭の行事が終わっても、まだまだ夜まで街中ではお祭り騒ぎが続きます。

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幌獅子の車の中は子供たちでいっぱいです。
大人や中学生くらいのお兄さん・お姉さんは車を押したり、綱をひっぱたりしなければなりません。
獅子も舞うのも若者の役目のようでもあります。

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女の子たちはお祭りにはきれいに化粧してもらって嬉しいのでしょうね。この日が楽しみなのがわかります。

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男の子は太鼓のかかりですね。これも順番なのか。それとも決められているのか想像にお任せしましょう。
 
 

石岡のおまつり | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/09/12 12:15

石岡のおまつり(19)-常陸国総社宮大祭

次回で「石岡のおまつり」特集は終わりの予定です。
ここまで、祭りを詳しくできるだけ順に説明してきたつもりです。
でもなんだかまだ分からないですよね。
左のカテゴリーの「石岡のおまつり」をクリックしていただければ、最初から順に見れますのでよかったら見てください。

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山車の台車には見事な彫刻が施されています。近付いてみてくださいね。
どうしても上で踊ったりしている囃子などに気をとられて見落としてしまいます。

石岡の山車も県の無形民俗文化財に指定されているのは「大小路町」「金丸町」「守横町」「国分町」「中町」「若松町」「香丸町」です。その他に「土橋町の幌獅子」「富田町のささら」が指定されています。
そんなことも知ってみるとまた迫力なども違って見えるかもしれません。

 石岡のおまつりは3日間行われます。それぞれに意味を持っています。
正式な祭りの名称は「常陸國総社宮大祭」といいます。

では、まつりの3日間の行事をもう一度紹介しましょう。
これが大体頭に入っていると、何処に行けばよいかがわかります。

1日目:神幸祭(じんこうさい)
 ・総社から神様が神輿にのって年番(今年は土橋町)の御仮殿へ行きます。(午後2時総社を出発)
 ・総社を神輿と供奉行列が御仮殿まで旧市街をくまなく通るように行列を組んで向かいます(約2時間)
 ・それとともに総社境内に集合していた幌獅子がたくさん町へ繰り出します。
 ・総社までは狭くて入れないので山車は中町などの通りで控えていて、この合図と同時に動き出します。
 ・山車や幌獅子は各地域を練り歩き、夜には駅前の八間通り(御幸通り)に集結します。
 
2日目:大祭(たいさい)・・・祭りの本日
 ・山車や幌獅子などは1日目と同じに町を練り歩きます。
 ・幌獅子は午後3時に駅前の八間通りでパレードがあります。
 ・山車は午後7時に駅前の八間通りでパレードが行なわれます。
 (総社では)
 ・午前10日半から「茨城県高等学校相撲選手権大会」が神社で行なわれます。
 ・午後1時から巫女舞(浦安の舞)、染谷十二座神楽が舞台で披露されます。
 ・もう一つの神輿(明神神輿)も本神輿と同じように神様が乗り移って、町を練り歩き戻ってきます。
  (これは、神輿修理した時に作った神輿で、年に1度宮出しの行事として行なうものです)

3日目:還幸祭(かんこうさい)
 ・1日目と逆で、午後2時に御仮殿を出発して総社に神様が帰ります。午後4時頃総社に戻ります。
 ・山車などは神輿が総社宮に戻っても夜までおまつりを続けます。

この流れをつかんでおかないと、3日間同じように騒いでいるとしか見えません。

でも、それでいいのですね。祭りを楽しむ人にとっては、それだけで十分ですね。
壮大な山車や獅子、伝統のお囃子と踊りにギャル踊り。それに大勢の人ごみに屋台で色々買って楽しむ。
それが祭りの楽しみですね。

是非祭りを見に来てくださいね。
祭りのときしか見られないものがたくさんあります。

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お祭り関連グッズとして7月に紹介した笑魚堂さんの「ストラップ」もよろしく。
その1)(その2)>)(その3)(左をクリックするとその記事が見られます)  今年は震災復興を願って制作したストラップもあるそうですよ。
 
  

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/13 18:32
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