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三味線で 鴫を立たせる 潮来かな

 潮来の街中に西円寺とい寺がある。
ここに変わった石碑が置かれている。

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小林一茶の句を夏目漱石が書を書いて、そこに小川芋銭がしゃれた絵を描いた「三愚集」から

 「三味線で 鴫(しぎ)を立たせる 潮来かな」 

の句をえらび、この石碑に写したものだ。

以前来たときにはこの石碑はかなり見づらくなっていたが、今回きれいに修復したようだ。

この三愚集はなかなか面白い。 土浦でつくられた本だ。

もっとも一茶はこの潮来に来ているが、句を作ったのは潮来ではなかったという。

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デジタルアーカイブにデータがあったので全句を知ることができたので、自前用に復元してみたい。

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この句の石碑が何故、この寺にあるのかというと、潮来は江戸時代は有名な遊郭があった。

その時代に亡くなった身寄りのない遊女も、この寺では丁寧に弔い墓を建てた。
その遊女の墓があるからだろう。

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三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/16 23:05

キリギリス

 先日、潮来の西円寺に置かれていた句碑を紹介した。
これは「三愚集」として大正九年に木版による画帖仕立ての俳画集として土浦の秋元梧樓氏によって非売品で製作されたもので、小林一茶の俳句27句を夏目漱石が書し、小川芋銭が俳画を描いたものです。
非売品のため何冊作られ他かもわかっていない。ただこの土浦の秋元家には版画の原画なども残され、復刻もされている。

その中に面白いのがあったので紹介しておきたい。

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★ きり/\す今日や生れんすみれさく 

 これは一茶の七番日記に 「蛬けふや生れん菫さく」 という句がある。

この句に対して 芋銭が描いた絵は次の絵だ。

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なかなかウィットに富んだ洒落た絵だ。

調べてみるとキリギリスの句は一茶の句にかなりあり、次のようなものがあった。

★ 小便の身ぶるひ笑えきりぎりす
★ 小便をするぞ退け退け蟋蟀(きりぎりす)
★ 涼風や力一ぱいきりぎりす

やはりこれらの句を意識して描かれた絵ですね。



三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/19 09:57

春雨の 大欠伸する 美人かな

 小林一茶、夏目漱石、小川芋銭 の三愚集を紹介し始めましたので、このまま続けましょう。

今回は

「春雨の大欠伸する美人かな」
 
です。

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一茶 七番日記には「春雨の大欠(あくび)する美人哉」とあります。

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さて、大欠伸(おおあくび)する美人の絵を期待したのですが、芋銭はこんな絵を添えました。

これは何をモチーフにして書かれたのでしょうか?

枕草子の
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。・・・」
あたりから来ているのでしょうか?

または孟浩然の「春暁」

春 眠 不 覚 暁    春眠暁(あかつき)を覚えず
処 処 聞 啼 鳥    処処に啼鳥を聞く
夜 来 風 雨 声    夜来風雨の声
花 落 知 多 少    花落つること知んぬ多少ぞ

あたりから想像したのでしょうか。

春雨はしとしとと降り、その音を聞いていると誰でも眠くなる。 美人でもである。
想像すると少し楽しくなりますね。
一茶も好きな句だったようです。

三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/20 07:28

瘠蛙まけるな一茶是にあり(4)

 三愚集(小林一茶、夏目漱石、小川芋銭)の4句目です。

「瘠蛙まけるな一茶是にあり」

これは誰でも知っている一茶の有名な句ですね。

一茶の七番日記には 「瘠蛙(やせがへる)まけるな一茶是に有」とあります。

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この蛙の相撲場面は、芋銭にしてみればやはり「カッパ」それもやせ河童で表したかったのでしょうか?

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やせ河童の行司さんですね。
なかなか格好いい姿で、さすが河童の芋銭でしょうか。

三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/21 04:54

なんのその西方よりもさくら花(5)

≪三愚集≫No5  なんのその西方よりもさくら花

七番日記には、「ナンノソノ西方よりもさくら花」 とあります。

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ここで「西方」とあるのは、西方浄土、すなわち極楽浄土の世界(死後の世界)ですよね。

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琵琶を抱えた弁天さんにも見えますが・・・・・阿弥陀如来さんでしょうか?

極楽のあるといわれる西方浄土・・・「死んで花見がさくものか」と桜見物にに浮かれる人たちのことを詠った句でしょう。

桜見物の人々の生き生きした姿を感じたのだと思います。

一般に西方浄土には阿弥陀如来がいることになっていますね。 
そして良い行いをして徳を摘んでいれば、来迎で迎えに来る。
でも桜見物はそんな死後の世界より今の花見が大事と、大いに楽しんでいるのを詠ったものなのでしょう。

一茶には次のような句もあります。

★ はな桜よくや欲のうきよの片隅に
★ 夕ざくらけふも昔に成にけり 
★ よるとしや桜のさくも小うるさき 
★ 散る花やすでに己も下坂
★ どん欲も連れて散れちれ山櫻

一茶は熱心な浄土真宗の信者だったようです。




三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/21 06:59

舞扇さるの涙のかゝるかな(6)

≪三愚集≫No6 舞扇さるの涙のかゝるかな(小林一茶)

七番日記には「舞扇猿の涙のかゝる哉」とある

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(夏目漱石 書)

「猿廻し」も正月の大道演芸だったようだ。 
一茶の眼にはどのように映っていたのだろうか。
可愛そうに感じたのか?

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(小川芋銭 絵)

一茶の句にも「猿廻し」の句がたくさんある。新年の季語という。

江戸の街中では、新年に猿廻しの芸が結構行われていたようだ。

★ 舞猿も草臥顔はせざりけり
★ 我国は猿も烏帽子をかぶりけり
★ 我国は猿も祈祷をしたりけり
★ 御座敷や菓子を見い見い猿が舞

三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/22 06:33

門々の下駄の泥より春たちぬ(7)

≪三愚集≫No7

門々の下駄の泥より春たちぬ (小林一茶)

七番日記に「門/\の下駄の泥より春立ぬ」とある。

「春立つ」が季語ですね。
まあ「立春」というよりも少しニュアンスが違う気もしますが同じでしょう。

昔は道路が舗装されているわけではないので、春になると下駄に泥も付くのでしょう。

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(夏目漱石 書)

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(小川芋銭 絵)

一茶の「立春」「春立つ」が季語の句
★ 初春のけ形りは我(と)雀かな
★ 春立といふばかりでも草木哉
★ 春立やよしのはおろか人の顔
★ ちぐはぐの下駄から春は立にけり
★  沙汰なしに春は立けり草屋敷
★ 春立やかゝる小薮もうぐひすと
★ 春立といふより見ゆる壁の穴


三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/22 06:36

深山木の芽出しもあへず喰はれけり(8)

≪三愚集≫No.8 深山木の芽出しもあへず喰はれけり(小林一茶)

七番日記には 「深山木(みやまぎ)の芽出しもあへず喰れけり」とある。

山奥の木から芽が噴出したものを摘んでは申し訳ない気になったのでしょうね。
精進料理でもタラの芽などは食べたいでしょうが・・・・

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(夏目漱石 書)

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(小川芋銭 絵)

一茶の木の芽を詠った句

★ 木々おの ~ 名乗り出たる木の芽哉
★ びんずるを一なでなでゝ木の芽哉
★ 木目吹て古びるものは住居哉
★ 茨の目も皆 ~ 人に喰れけり
★ 山里は猫が木目もほけ立ぬ
★ 折 ~ に猫が顔かく木の目哉
★ 藪の目や人がしらねば鹿が喰ふ
★ たらの芽のとげだらけでも喰ひけり


三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/23 06:18

笋といふたかんなの闇夜哉(9)

≪三愚集≫No.9 笋といふたかんなの闇夜哉

笋(たかんな)といふ笋(たかんな)のやみよかな:七番日記

笋はタケノコのことで、「たかんな」という読みはタケノコの古名。

俳句では「たかんな」という名前は、俳句好きの人達には結構好きで使われているようだ。

この俳句はどのような意味なのだろうか? 
タケノコ掘りは早朝のまだ暗いうちから、ほとんどが土に中に埋まって、ほんの少しの割れ目を見つけて筍を掘るからでしょうか。

たかんな(笋=筍=竹の子)の闇夜っていったい・・・・・・竹の子の身になってみると、暗い土の中で、やっと地表に割れ目を作った瞬間どんな思いなのでしょうか?
食べる側から見れば、それを見つけて早朝に掘りおこす。

何か少しタケノコが哀れに思えますね。

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(夏目漱石 書)

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(小川芋銭 絵)

タケノコを詠った句は多く、一茶もいくつも詠っている。

★ 笋を見つめてござる仏哉
★ 笋をにらんでおじやる仏哉
★ 竹の子の藪にらみたる仏哉
★ 笋や闇い所の行あたり
★ 誰が生て居るぞ笋竹の月
★ 笋にかゝれとてしもやみよ哉
★ 笋や痩山吹も夜の花
★ 笋の うんぷてんぷの 出所かな

三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/23 09:04

ふや/\と餅につかるる草葉かな No10

≪三愚集≫No.10

ふや/\と餅につかるる草葉かな 小林一茶

七番日記:ふや/\の餅につかるヽ草葉哉

七番日記では「ふやふやの餅」となっているが、漱石の書では「ふやふやと」となっているように読める。
どちらが良いかは人によると思うが、少しニュアンスが違ってきそうだ。

草餅は昔、別名「母子餅(ほうこもち)」ともいった。

これは草餅に母子草=ごぎょう(春の七草のひとつ)を使っていたことが由来という。

この句では 草葉を餅に入れて突いてふやふやの美味しい餅ができる。
そんな突きたての餅の様子を思い浮かべる。

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(夏目漱石 書)

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(小川芋銭 絵)

一茶の草餅(春の季語)の句

★ 草餅を先ず吹にけり筑波東風
★ 草餅や片手は犬を撫でながら
★ おらが世やそこらの草も餅になる

三愚集 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/05/24 06:50
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