少し落ち着き始めた?

3月28日 原発問題に少し落ち着きも見え始めたか・・・。
1)東京都の水道水は放射性ヨウ素131が検出されない値となった。
 これは20ベクレル以下は測定できないためとのこと
2)茨城県(北茨城、笠間)、千葉県でも基準値以下となり規制を解除。
3)大気中の放射性物質の数値が測定ごとに少しずつ下がってきている。
4)被爆した作業員も退院という。
5)新たな制限野菜も増えていない。
6)タービン建屋のたまり水の放射性物質の数値が下方修正された。
7)原子炉冷却の水を海水から真水に切り替えられそうだ。米軍が協力。
・・・少し作業がおくれているが、心理的に安心のできる方向にある。
8)野菜などの放射性物質の制限基準を見直す動きが出てきた。
・・・これは良いのかどうか。よほどの説得力のある裏付けが必要だ。
むやみに制限を緩めるのは逆効果になる可能性があり心配だが・・・。

テレビでも各地の大気放射性物質の量を定期的に流してもらえるようになり、それが日々さがってきているので安心感が広がっていると思う。
まだ安心はできないが、徐々に落ち着いてきているように思う。
 

震災後の状況 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/03/28 07:21

ミネラルウォータ不足は石岡が原因?

3月29日 2度目の投稿。
昨日、当ブログの読者の方から「ミネラルウォータが不足しているのはペットボトルのキャップを作っている石岡の工場が被災したためとのニュースがある」と教えていただいた。
早速調べてみたら、確かにたくさんの記事が出てきた。
どうやら石岡にはペットボトルの蓋を製造する主力の工場があるんだという。
その工場が地震で被災して、操業ができなくなってしまったのです。
この会社は「日本クラウンコルク」石岡工場で、キャップの生産では大手だそうです。

問題は地震被害もさることながら、ペットボトルのキャップがメーカにより形状が異なるというのです。
このため、他の工場ですぐに増産ができない状態になりました。
コカコーラは急遽韓国からペットボトルを空輸することを決めたそうです。

工場の機械がすぐに復旧できないところをみると、被害は結構ありそうです。
HPには人的な被害はなかったが・・・ とあります。

さて、柏原工業団地は昭和48年に造成され、50万坪の土地に現在41社で従業員は約3500人いるそうです。
このクラウンコルクは昭和52年に石岡工場ができています。

このような時ではありますが、この町にどのような企業があるのかを知る機会になりました。
東洋製缶の工場は知っていましたが・・・。この会社は東洋製缶の関連会社だそうです。
しかも、こちらの東洋製缶もやはり被災して、工場の生産が止まっているそうです。

結構身近な所に関係があったのですね。40年位前に川崎の東洋製缶の工場を見学させていただいたことがあります。
確かコカコーラなどの缶がものすごい勢いで、お互いがぶつからないように流れていました。
そしてコカコーラをいただいた記憶があります。
早期の復旧をお祈りしています。
  

震災後の状況 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/03/29 19:09

地震の被害 - 六角堂(五浦)

今回の地震と津波で貴重な文化財の損傷も多かったそうです。
特に私の好きな北茨城五浦海岸に立つ六角堂(岡倉天心が1905年に建てた)が津波で流されました。
とても残念ですね。
現在の様子はなかなか現地に行けませんので、新聞の写真を拝借しました。昔の写真は同じアングルの写真と比較してみました。

六角堂2

震災前の六角堂

六角堂1

震災後(産経新聞より)

もっとも、海につきだしたような位置ですから、流されても不思議ではないのですが、1~2m位なら一応は防波堤防らしきものはありました。今から考えるとこれでは無理ですね。

六角堂3

震災後の状況 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/03/30 06:31

地震の被害 - 鹿島神宮大鳥居

3月30日です。本日からJTタバコが4月10日まで全97銘柄が出荷停止だといいます。
私はタバコを吸いませんので愛煙家の方の気持ちがわかりませんが値上げの後にこの品薄では買い占め騒ぎが起こるでしょうね。
被災を受けたのは栃木県宇都宮市と福島県郡山市の工場だとか。
再開してもしばらくは生産量が戻らないらしいので愛煙家の方も禁煙のチャンスかも・・・・。
石岡もタバコの葉の生産は多分多い市だと思いますが、茨城県は生産量は全国10位だそうです。

昨日ラジオの日立市のリスナーの投稿で、「ガソリンは全く並ばずに入れられるようになり、今までの混乱はなんだったのかしら」といっていた。ようやくここまではやってきたのですね。
茨城全土まではほぼ解消したのでしょうか。被災地も後少しです。
昨夜仙台の方から電話があり、まだガスは止まっているそうです。
都市ガスはこのような時に復旧に時間がかかりますね。

 さて、今回の地震で鹿行大橋(ろっこうおおはし)が落ちたことはすぐに聞こえていました(走っていた車が下に落ち一人がなくなったそうです)が、鹿島神宮の大鳥居(二の鳥居)も全く見事に両側の根元で折れ、地面に倒れ、粉々になってしまいました。
高さ10m、重さ100トンというので、下敷きにならなくてよかったです。
倒壊した写真掲載のブログは→こちら を参照ください。

184-torii.jpg
<倒壊前の二の鳥居>

石岡では中町の金刀比羅神社の大鳥居の根元にひびが入りました。倒壊しなくてよかったです。倒壊していたら被害が出ていたかもしれません。私も地震後にこの前を通りました。
下の写真の右側足の付け根を現在補強しています。

P1010022s.jpg
(地震前の金刀比羅神社の鳥居)

常陸国総社宮の入口の塔は頭が撮れて転がってしまいました。(前にも一度載せた写真です)

jisin01.jpg
 

震災後の状況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/03/31 06:52

避難民の受け入れは?

 3月31日 2回目の投稿です。
いよいよ3月も終わりになります。長い20日間でした。
近くの方におうかがいしたら、福島県の親類の方を引き受けられおられるそうです。
他にも何人かそのような話を聞いておりますので、皆さんも協力されているのですね。
さて、石岡市のホームページを見てもどうなっているのかちっともわからない。
茨城県の橋本知事が、「福島県の避難民を1万5千人くらい引き受け」を大分前に宣言されていましたが、石岡市はどうしているのかわかりません。

市のホームページでは石岡市内で避難生活をされている方を対象に雇用促進住宅を9月末までの半年間入居の募集が出されました。募集戸数は3DK×5戸、2DK×4戸の計9戸です。募集締め切りは4月5日です。
他にこれといった情報はありません。中央図書館は4月中旬再開予定。市民会館や民俗資料館はしばらく休館。ひまわり館のお風呂は4月5日から営業再開位でしょうか。

さて、県が受け入れを表明した頃に石岡市にも100名の受け入れ要請があったと聞いています。
でも何の情報も載っていないということは受け入れなしでしょうか。
ネットでみて、わかっている受け入れ先はかなりの市町村にわたっており、すでに受け入れが始まっています。

近くでは
土浦市:霞ヶ浦文化体育会館ですでに受け入れ中(21日に459人で満杯となった)
    市職員で構成する「水郷体育館避難者支援チーム」+市民ボランティアで対応している。
かすみがうら市:農村環境改善センターとあじさい館で避難民受け入れ。
        避難所でのボランティア募集。
        緊急消防援助隊を福島へ派遣、消防車両2両等で支援開始。
つくば市:洞峰公園体育館とつくば国際会議場に合わせて550人を超す避難住民が滞在している。
牛久市:総合福祉センターで18日から受け入れを始め、250人を受け入れ予定。
    牛久運動公園体育館の250人と合わせ500人の受け入れ態勢を整え中。

調べるとたくさんの市町村で頑張っているようです。それにしても石岡は?? 
各市町村ではボランティアを募集して、高齢者で被害にあわれた家の庭や塀などのかたずけなどの募集もしておりました。

また旅館組合などが避難住民などを受け入れ募集先(格安・有料)一覧(約45軒の旅館など)が県のホームページに載っていましたが、石岡市は載っていませんでした。
でもすでにかなりの方が泊まっているとも聞いています。でも見えないのは何故でしょうか?
  

震災後の状況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/03/31 19:33

チャリティ

今回の災害に対し、多くの義援金が集まっているという。
しかし配るべき自治体が全てなくなり機能していないところも多いと聞く。まったく未曾有の災害だ。
しかし、明治三陸津波(明治29年)では地震はそれほど大きくはなかったが、三陸地方の入り組んだ湾で増幅された津波が最高の38.2mを記録し、2万人以上の人が犠牲になった。
今回はそれも教訓にしていたが、それをはるかに上回る規模だったと思われます。
原発のある女川町では当時3.1m程度の津波で。今回は15~16mだったという。 女川原発の敷地の標高が14.8mであり、なんとか一部が被害を受けただけで電源系統は守られたという。間一髪のところであった。

さて、その話はさておき、スポーツ選手、俳優など各界からビックな支援金やチャリティでの義援金集めなどが行なわれている。
その中でゴルフの石川遼選手の寄付の話は断トツだ。

この話で、前にこのブログで書いた「柿岡曲馬団」というサーカス一座の話が思い起こされた。
関東大震災の後に被災地を元気づけるため東京でチャリティ(2日間無料)の公演を行なったのです。

その時のサーカス興業には「柿岡曲馬」「木下曲馬」「宮田洋行」「矢野曲馬団」「有田洋行会」「柴田曲馬団」「麻田洋行」などの名前がつづられています。そのトップに柿岡曲馬の名前があります。
石岡市柿岡の善慶寺に柿岡春二郎の墓があるというのも地元としては知っておいてもよいと思います。

しかし、相撲協会は何をやっているのだろうか? 八百長力士に山本山などの数名の選手を新たに認定。
そんなことをしても、グレーなイメージを全て一掃などできないのだから、今こそチャリティ大相撲でもやって、全員であやまり、これからの相撲をきれいにやることを誓って被災者などの支援を一生懸命にやってその姿を見せる方がはるかに良いと思う。
相撲を楽しみにしているお年寄りも多い。
今回の震災については、岩手県大槌町の中学の相撲部員にまわしとバスタオルなどを送ったという。
こんなことでよいのだろうか。今こそ今までの垢を落として出直したらいい。
実際に相撲を見てみると、時間になるまでの仕切りを繰り返すうちに、徐々に緊張感が増して肌の色がピンク色に変わり、闘志がみなぎってくるのだという。
三人の理事が辞任などして終る問題では無いと思うのだが・・・。
 

震災後の状況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/04/01 07:07

いろいろな動きが活発です

4月2日 一昨日復旧の石岡駅も夜に灯かり点り、ようやくまわりも明るくなりました。
徹夜で復旧していただいた関係の皆さまに感謝申し上げます。
やはり、人も気持もホッとします。
昨日は各所で新入社員の入社式が行なわれました。
自粛ムードのところ、こんな時だから元気を出してやっていこうというところさまざまではありますが「日本頑張れ!」ですね。

ニュースから
1)俳優で歌手の杉良太郎とスタッフら総勢30人の軍団で4月1日早朝に東京を出発。20トントラック2台、タンクローリー車1台、冷蔵・冷凍車2台、乗用車7台、のべ12台で宮城県石巻市雄勝町へ。
水2トン、下着類4000枚、歯みがき1万セット、クレベリン業務用セット2000セット、入れ歯洗浄剤500個、だるまストーブ21台、石油ストーブ8台、そして灯油にガソリンなどの燃料……など。
 行徳さん情報こちらにUPさせていただきました。URL:http://rocketnews24.com/?p=84704
2)日本ゴルファー機構(JGTO)2億円の義援金を表明
3)牛久市亘理町に職員6名を派遣するとともに、支援物資を運ぶ。
  (10tトラック、2tトラックで医薬品、米、味噌、カセットコンロ、下着、バスタオルなど)
4)取手市:福島県からの避難者支援のため「避難者支援チーム」設立。現在取手競輪場選手宿舎などに154人が避難している。
また、避難所にいるこどものために教科書などを集めて図書室を新設する。
5)茨城空港ターミナルビルの2F飲食店などが営業再開
6)水戸駅北口ビル「エクセル」営業再開(1・2階部分のみ)
7)石岡商工会が会費3ヶ月分免除
8)サントリー、ダイドードリンコ:飲料水を1.5倍に増産、伊藤園は輸入水を追加発注
(3~8項は4月2日の産経新聞より)
9)銚子市は被災した漁業者や水産加工業者を地区ごと受け入れると決めた。
 市は学校統合による市立高校の空き校舎を利用。3500万円かけて断熱マットを敷いてシャワーを設け、4月半ばから300人以上の受け入れが可能になるという。
被災した人たちの地域でのつながりを保てるよう「地区ごと移り住める規模」を意識した
 (gooニュース3月31日)

それにしても、同じ新聞に
 ・力士ら23人に厳罰。3親方理事辞任
のニュースはどこか次元が違いますね。

色々な情報があふれるばかりに出てきています。義援金、放射線量、原発での本日の作業内容、ボランティア募集などは各メディアで調べれば出てきます。どうやら少し風評も静まってきました。
放射線量の時系列グラフなどを前に提案しましたが、テレビでも扱うようになってきたので安心感も広がってきています。
早く原発の冷却が安定化出来るように祈っています。
  

震災後の状況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/04/02 09:11

首相の現地入り遅すぎる

4月2日 2度目です。
この国の危機管理は何処にあるのだろうか?
あまりこのようなことを書きたくないが、少しイライラしている。
このブログも昔の地域の歴史ネタに戻る時かもしれない。

今日、菅首相は震災後初めての被災地入り。それも「現地視察」とはなんと無機質なことばの響きだろう。
避難所への訪問は視察などという言葉とはとても合わない。

司令官はもし現地へ行くなら、すぐに行って「私はあなたたちといつも一緒にいますよ」というメッセージを発することができなければ意味がない。
司令官が行かなくても現地の政府の責任者を決めてすぐに派遣すべきでした。
この場合は、被災者の立場でものが見える実行力のある方でないと務まりません。

では、首相が今頃行って何の意味があるのでしょうか。
「仮設住宅を何時までに何処に全員に十分な数をつくるからそれまで辛抱してくれ。」とも言えないなら行かない方がいいのでは。
今は震災直後とは違い復興へのスケジュールを示す時です。毎日状況は変わってきています。
食事、下着、ストーブ、水、ガソリンなどが先は少し見えてきたので、現地の避難民はほとんどがこれから先のことが心配な状況に変わってきています。
子供の学校は?仕事を無くして金もない、これからどうしたらいいのか?などです。

いままでの対応でも心配な事柄が多い。
1)3月11日 地震発生。 夜原発の危険が高まっていると報告あり。
2)3月12日午前 首相がヘリで早朝現地(原発)入り視察。(原子力安全委員会の班目春樹委員長と一緒に)
  東電の撤退などあり得ない。撤退すれば東電は潰れると発言。
 (事故の処理を東電でやれ。死んでもやれと言っているようなもの。現地の東電及び下請の作業員50人が劣悪環境で作業を強いられることになる。)
3)3月13日 1号機水素爆発。
4)3月14日 3号機爆発 キノコ雲発生。NHKは爆発の映像を流さず。
5)3月15日 各地の放射線量が急激に高くなった。それ以降は減少してきている。

問題は
・首相は何故福島原発にすぐに行ったのか? 
 これにより炉心溶融の危険が高まり、ガスのベントが遅れ水素爆発したとの指摘がある。
・日本では原子力政策と安全規制を同じ経産省が担当している。安全規制当局は原子力産業界に依存しており、独立した委員会を作る必要がある。(チェルノブイリ作業責任者語る)

さて、昨日のニュースで気になるニュースがありました。
・内閣府原子力安全委員会の代谷誠治委員は1日の会見で、「経済産業省原子力安全・保安院からデータが来るのが遅い」と指摘。

何がどうなっているのかさっぱりわかりません。
国民は本当のことを教えてもらっているのだろうか??
今日もアメリカからの報告で1号炉の燃料の70%がすでに溶融していると報告がありました。
 
ところでチェルノブイリの原発の爆発事故では炉をコンクリで覆いましたが、炉の中にはすでにほとんど残っていなかったらしいです。

今日知ったニュースを一つ
・運転免許所の更新期限が3月11日以降の人は8月31日まで延期されました。(茨城県)該当者はご自身で確認ください。
 

震災後の状況 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/04/02 14:49

温度差

4月3日 日曜日 朝からテレビでは今までの原子力体制などの議論をコメンテータが言っている。
基本的にはコメンテータの話は半分程度にしか聞かないが、今回私が書いているのも事故が起こった後にコメントしているにすぎないので同じ穴の狢かもしれない。

しかし、今回の震災の後に色々な人の動きも見えて「この国も底力はある」とも感じている。
その中で気になるのは人々の温度差である。

どうも「他人の痛みがわからない人」も多い。
これは「想像力がもともと欠如している」か、「自らが体験していないことにに対することは考えることができない」人なのではないか。

今回の震災では確かにこの石岡ではまだら模様に少し被害があった程度かもしれない。しかし茨城にも大きな被害があったところもある。しかしなかなか思いは及ばない。

今回いち早く避難民を受け入れて手厚い援助をしていたのは新潟県だという。中越地震で被害を受けた人々だ。
いつ自分がその立場になるかわからないのに自分のことだけに血眼になっている人は結構多いと思う。
福島ナンバーの人を旅館で泊めなかったり、飲食店の入口で断ったりなどの話を聞くたびにイライラ感もヒートアップする。
ただ、今回は頭が下がる話も多い。郵便屋さんも車が使えず自転車で毎日必死でやってくれた。
宅急便配達も受け付けでは「いつ着くかわかりませんよ。それでもいいですか?」などと言われたが翌日届いた。
常磐線の復旧も遅いという人もいるが、実際に復旧している現場を見ればとてもそのようなことは言えない。
しっかりそれぞれの立場で頑張っている人たちがいる。

今回の原発の事故を見ると、日本の神話が崩れかねない日本のリスク管理能力が問われている。
ISO9001が日本に導入される前、品質は日本は優れているので、品質管理ができていないヨーロッパの製品に適用される程度のものだと思っていたことがある。
しかし、品質管理の考え方はこちらの方がよほど合理的であると考えるようになった。
海外との取引をしていたので、国内はまだそんなものは知らない人も多かったが、瞬く間に浸透していった。
日本は本音と建前を使い分ける。これも本音は「こんなものは邪魔だ。しかたなしでやっている」と形骸化が進んでいる。
「我欲」が世の中の平和と安定に影響するほどにはなっていないか、など反省すべき時ではないか。
書かない予定だったが、また少しは書いて行かなければならないかもしれない。
「止める」というと「止めるな」と読者の方から言われてしまった。

石岡の市報に「ネットで誹謗中傷する書き込みは止めよう」と言うことが載っていた。
家内は「これってあなたのことを言っているのじゃない!」などと言われてしまった。
しかし、誹謗中傷などはしていないつもりだ。
こんなことを載せるくらいなら「情報を素早く正確に流していれば、こんなことは言わなくてもいいはずだ。」と声を大にして叫びたい。

今日の情報を一つ載せます。

・高速バスが4月1日から新しい時刻に変更されました。
 内容は水戸~東京間のバスが昔に戻りましたが、変更点は
 1)本数が増便された
 2)往復のツインチケットが2700円となり、200円UPとなった。
本数は例えば午前7~9時台では(東京行きの石岡発の時刻)
 05、15、17、35、45、47分の6本です。
かなり多いです。(関東鉄道&JRバス)
(注)水戸始発ですので、時間通りに来るとは限りません。また、平日朝は混雑して時間通りに着かない事は多いです。途中で下りて筑波エキスプレスに乗れるようになっていますが・・・。
ご参考まで。

震災後の状況 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2011/04/03 09:48

原発圧力容器の破損

4月4日 2度目の投稿です。
今日は気になるニュースがたくさんあった。如何にこの国の原子力行政が国の政策と合致して都合のよい安全神話が作られているかが見えてきた。とても怖くなってきたのでさわりだけを書くに止めたい。

1)「電源喪失で容器破損」東電報告書検討せず(2011年4月4日03時08分 読売新聞)
 東京電力福島第一原子力発電所2、3号機で使われている型の原発は、電源が全て失われて原子炉を冷却できない状態が約3時間半続くと、原子炉圧力容器が破損するという研究報告を、原子力安全基盤機構が昨年10月にまとめていたことがわかった。 東電は報告書の内容を知りながら、電源喪失対策を検討していなかったことを認めている。
・・・この記事を読んだ時「東電は何やっていたんだ」という気持ちになった。皆さんもきっと同じ気持でしょう。
しかしもう少し色々な記事を調べて行くと、少し違った側面が見えてきた。
(1)まず、この「原子力安全基盤機構」とはどんなところかと言うと、2003年に設立された経済産業省所管の独立行政法人である。ホームページなどを見ると「強い使命感を持ち、科学的・合理的な判断をする 中立性・公正性を保つ古都を理念に、原子力発電所や核燃料サイクル施設などの原子力施設の安全確保に関する専門的・基盤的な業務を、原子力安全・保安院と連携して行う」ところだという。
なかなかやるではないか? と思ってしまう。
しかし、この独立法人は、平成19年度の調べで職員の平均年齢:50.8歳 平均年収:994万円となっており、天下りの無駄排除で挙がっている独立行政法人の中で給与水準が第1位の団体である。

また、この研究結果を調べると、福島第一原発の最初の設計は米国GE社であり、この設計者がこの安全性に対し、すでに20年以上前に疑問を投げかけているのです。
そのため、福島第一ではこの沸騰水型軽水炉型の原発の格納炉に圧を逃がす安全弁を後から追加しているのです。
危険性はすでにわかっていたと思われます。
これを、安全だと言い続けていたことは「人災だ」といわれても仕方がないのでは。

(2)佐藤栄佐久・前福島県知事が告発 「国民を欺いた国の責任をただせ」(週刊朝日 3月30日(水)17時56分配信)
この記事も核心をついています。汚職(本人は濡れ衣と主張)で失職した知事です。
福島原発のプルサーマル(プロトニウム燃料の再利用)計画にまったをかけたために、はめられたと本人は言っています。
でも、ここに書かれていることが本当であるとすると、原発行政の仕組みが見えてきます。

(3)<原子力安全委員会の使命> :委員会のHPより
 我が国の原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主・自主・公開の三原則の下に進められ、エネルギーの確保などを通じて国民生活の水準向上に寄与しています。国は、原子力利用の大前提である安全を確保するため、原子炉や核燃料物質等の利用については、法律に基づく規制を行います。原子力安全委員会の使命は、原子力利用時の安全確保を確実なものとすることにあります。
 原子力利用に際しては放射線や放射性物質の発生を伴うことから、万一の事故などでこれらが人々の健康や環境に悪影響を与える可能性(リスク)の存在を完全に否定することはできません。原子力安全の目標は、このようなリスクを社会が容認できる水準に抑えることにあります。この目標を達成し、さらに高い安全の水準を目指すためには、原子力利用に関わる事業者と規制に関わる行政機関が、共に安全確保のためにより効果的な方策を生み出して実行に移す努力を続けることが必要であり、さらにこのような努力について国民に知っていただく必要があります。
班目 春樹 (専門:流体・熱工学) 1972.3. 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
1990.11. 東京大学工学部教授
1995.4. 東京大学大学院工学系研究科教授
2010.4. 原子力安全委員会委員(常勤)

久木田 豊 (専門:原子力熱工学) 1975.3. 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了
1990.4. 日本原子力研究所東海研究所安全性試験研究センター
原子炉安全工学部熱水力安全研究室長
1996.10. 名古屋大学大学院工学研究科教授
2009.4. 原子力安全委員会委員(常勤)

久住 静代 (専門:放射線影響学) 1972.3. 広島大学医学部医学科卒業
1988.5. 日米共同研究機関・放射線影響研究所臨床研究部副部長
1989.4. 広島大学原爆放射能医学研究所非常勤講師
1996.4. (財)放射線影響協会放射線疫学調査センター審議役
2004.4. 原子力安全委員会委員(常勤)

小山田 修 (専門:原子炉構造工学) 1970.3. 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
2002.4. (株)日立製作所技師長
2005.10. (独)日本原子力研究開発機構原子力基礎工学研究部門長
2007.10. (独)日本原子力研究開発機構原子力科学研究所所長
2009.4. 原子力安全委員会委員(常勤)

代谷 誠治 (専門:原子炉物理・原子炉工学) 1974.3. 京都大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学
1996.4. 京都大学原子炉実験所教授
京都大学大学院エネルギー科学研究科教授(兼任)
2003.4. 京都大学原子炉実験所長
2010.4. 原子力安全委員会委員(常勤)

・・・この人たちが省庁とは独立した総理大臣直属の委員会です。平均年収は1600万円だそうです。(週に1回数十分の会議があるだけだといいます)
でも事故後真っ先に国民に説明して、事故処理のイニシャチブをとらなければいけない組織ですが、数日間まったく報道の前には姿を現しませんでした。

会見を聞いていると、福島の県民や、日本の将来をこの人たちに託して良いのか背筋が寒くなってきます。
事故が起きた後もしばらくは、「原発は爆発しません。安心です。」と本当に信じていたと思われます。

あまり悲観的なことばかりを書いてはいけませんね。
この事故はチェルノブイリ以下であり、スリーマイル島以上であることは確かです。
もう少し丁寧に過去の事例を調べておきたいですね。
みんなが逃げ出さなくてはならないというようなことはおきそうにありません。

しかし、危険は他にもあります。
当然浜岡原発がもっとも対策を急がねばなりませんが、今回と同じ沸騰水型軽水炉は駿河原発に使われている。
 
 

震災後の状況 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/04/04 19:12
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