雨晴れてコスモス野に笑う

今日は久しぶりに天気も回復ししたが、スッキリした青空とはいかなかった。
しかし朝は久しぶりに筑波山が顔を見せ、朝日が二つの山にあたり輝いていた。
今週初めは朝冷え込み、車の窓ガラスが凍った。しかしその日の筑波山はとても美しく輝いていた。
また、その後朝は寒さが緩んでも、冷たい雨で一日気温が上がらず、気持ちも晴れない日が続いた。
今日は久しぶりの青空が広がった。コスモスも久しぶりに笑っているようだった。
もともと花が咲くことは笑うと同じだという。まあ山が笑うといえば春のことだが
コスモス畑も広がり筑波山も背景にはもってこいだった。
先日、テレビで東京に住んでいる人を対象にした県別人気度調査の話をしていた。
その結果は、茨城県は2年連続最下位となったという。
まったくおかしな話でもあり、またもっともとも思う。
東京に住んでいた頃の茨城のイメージは最悪であった。
言葉使いも何か親しみが持てず、正直をいって住みたいとは思わなかった。
しかし、住めば都というように今はすっかり茨城住民になった。
最下位はさすがにうれしくはない。
何が足りないのかについて、自分なりに考えはあるのだが・・・・。
温暖な気候、海に山に果物・野菜など実に豊富で、東京の台所となっているが、東京の人は認識がない。
これは、実に不思議なことである。
茨城といえば「納豆」と「水戸黄門」だという。
「県民性のせいだ」と片づけるのは簡単だが、私は違う見方をしている。
「PRしないことを佳し」とするのは本当に県民性のせいであろうか?
私は「努力が足りない」「努力をしなくても食べていけるから良いと今までずーと過ごしてきた。」
せいではないのかと思っている。まさに商売人ではないのです。
県のイメージを上げ、県を豊かにしていくことは将来の子供たちに対する義務でもあります。
例えば、ネットで発言したり、良さを発信するのも豊かな県では当たり前のように湧いてくるものです。
皆さん、おとなしすぎます。もっともっと自分を磨いて大いに発信しましょう。
 

石岡市内の風景 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/11/18 19:29

鬼越峠

 最近ブログを毎日更新するということが結構大変だということに気がつき始めている。
まあ、きょうは何があったとか、単に写真を載せたりのものなら続きそうだが、テーマを探してそれをまた調べながら書くのにはどうしても時間がかかるのである。
 今までにかなり多くのことを調べてはいるので、書きたいことはまだたくさんあるが、すべて中途半端な知識でしかない物が多い。
ブログを始めたのが8月11日であるから丁度4カ月になる。
止めようかと思うことも度々あったが、他人のブログを読んでみると更新がされていないとやはり寂しい思いがしてくるのでもう少し続けてみよう。

 さて、NHKの「坂の上の雲」の題名であるが、これは当然司馬遼太郎の本のタイトルであり、明治維新を成し遂げた日本が次の新しい時代に向けて歩み始めた時に活躍した3人の若者の成長と活躍を描いた物語です。
ここでこの話は別にして、今回はこのタイトルを考えてみました。
坂の上の雲はすぐ手を伸ばせば届きそうに見えます。
この逆に下り坂の先の方に聳える山並みはとても高く、雄大に見えるのです。
この石岡の地に来た時に妻がここからの筑波山の姿が好きで、気分が落ち着くといった場所があります。
それは、石岡の城山中と言われた高台の横の道(石井の泉へ曲がる看板がある)から染谷地区を通り、栗田橋の方に続く道なのです。
確かに田圃と筑波山の組み合わせの景色が好いのですが、石岡市内側から355線バイパスの下をくぐるところが大きな下り坂です。
逆にここを自転車で中学生などが登るのは大変そうでかわいそうにもなります。
下り坂に入るとバイパス道の上に雄大な筑波山を見ることができ、その美しさにハットすることがあります。
しかし、この場所は電柱や、バイパスの通りに邪魔され、昔よりはかなり景観は損なわれているでしょう。

そうか、下り坂で見る筑波山は標高以上に高く見えることに気がついたのです。

これは当たり前なのですが、他にこのような場所はないのか・・・・。
今日、もう1か所見つけました。それが鬼越峠です。

 石岡の昔話などを読んでいると、この鬼越峠の地名が良く出てきます。
しかし、私は今日までこの場所を良く知らなかったのです。
風土記の丘より八郷のフラワーパークの方に向かうきれいな舗装道路がその道だったとは・・・。
今回この道を通っていたら、次のような看板を見つけました。

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ロータリークラブの方で作られた看板で、「鬼越峠の梅林」とあります。
確かに梅林らしき林が看板の少し手前にあるようです。これも始めて気がつきました。
ロータリークラブの方には感謝です。梅林も整備されれば観光名所になりますね。

 鬼越峠の名前のいわれについてはいろいろな本に紹介されているので、ここでは詳しくは書きませんが、
茨城童子という大男(鬼)伝説があって、源頼光が鬼を退治に来ると知って逃げ出した時に越えた山で、その名前がついたとなっています。元々はこの峠を荷物を持って越えるのは大変であったことから「御荷越」から来ているとの解釈もあります。

さて、肝心の下り坂での筑波山ですが、この峠を下ると「茨城県畜産試験場」があります。
この試験場の手前から八郷片野地区と広がりとともに雄大に筑波山を見ることができます。
しかし、ここも木々に邪魔されなかなかベストアングルは撮れないですね。

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写真は実際に見た感じとは大分違ってきますね。下り坂のイメージは写真で表せないことが判りました。
もう少し山がクッキリ見える朝方でもまた行ってみたいと思います。
 

石岡市内の風景 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/12/11 17:42

雪の常陸国分寺

 今日は一面の銀世界。
この地方では雪が積もるのは年に数回しかないが、古都の銀世界もいいものだ。
路地に雪が積もって、スノータイヤでない私の車ではあぶないので家にじっとしていた。
昨年も2月13日に同じような雪景色を経験したのも休日だったと思う。
当時はまだブログをやっていなかったので、この際だから1年前の写真を公開しておきます。

<国分寺>
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<常陸国分寺中門跡:国分寺入口>
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<都々一坊扇歌堂:国分寺境内>
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<旧千手院山門:国分寺境内>
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<国分尼寺跡>
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写真を見ると昨年よりも今回の方が雪は積もっています。
 

石岡市内の風景 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/16 15:08

石岡ひな巡り

 石岡の街中でも毎年この時期に「ひな巡り」を実施している。真壁はかなり知れ渡ってきたが、ここ「石岡のひな巡り」毎年実施している割にあまり知られていない。石岡の人は遠慮しがちなのか?

 市内の商店会を中心に100店舗ほどが参加し、市民から寄付してもらった雛人形や工夫を凝らした雛も飾られている。期間は今日(2/13)から3月3日までだ。
毎週土日の甘酒サービスや、スタンプラリー・クイズラリーなども行われる。
是非一度見に来てください。

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<2009年まちかど情報センターにて撮影>

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<2010年まちかど情報センターにて撮影>

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<2010年香丸町更生女性の会にて撮影>
ちびっこ広場、みんなの広場などの活動を行なっています。

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ひな巡りの期間に野菜やおもちなどの直売も行なっています。

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更生女性の会の中に飾られているこのひな人形は私のイギリスに嫁いだ娘の初節句の時に浅草橋の久月さんで買ったものです。飾って喜んでもらえたらと寄付させていただきました。

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ちびっこ広場に置かれた童話などの本や本棚、テーブルなども寄付させていただきました。(写真のテーブルはちがいます。)
こうして、使ってもらえれば嬉しいですね。我が家の子供は皆成人しましたので、これからは地域で活躍してくれれば本当にうれしい事です。
 
 ここで売られている野菜などの直売も私の女房がやっているので、皆さん買ってくださいね。
(売店には別のおばちゃんがいると思いますが・・・)
  

石岡市内の風景 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/02/12 16:11

石岡ひな巡り(2)

 今日は一日日が照らずに寒い日曜日になりましたが、石岡のひな巡りも3月3日までの週末には色々とイベントも用意して観光客も目立つようになってきました。
なかなか真壁のようにはまだいっていないのですが、確実に去年よりは盛り上がってきました。
今日は少し午前中に見て回りました。
各店で甘酒サービスなどをやっています。駅前の観光案内所でスタンプラリーなどの案内をもらってお出かけください。協賛店101店舗の地図が載っています。

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香丸町では空き駐車場で「餅つき」に石岡ばやしの笛・太鼓で祭りを盛り上げていました。

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今日は少し寒いですね。天気が良ければよかったのですが。
去年まではこちらの香丸町にはあまり人出がなかったように思います。

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前回のブログで書いた「更生女性の会」(みんなの広場)の中の雛人形です。場所は上の太鼓などのテントの隣りです。

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雛人形と鉄道模型を組み合わせていました。鉄道は実際に動かしていますので、子供たちは嬉しそうに見ていました。

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まちかど情報センターの今年の雛人形のテーマは「かぐや姫月に還る」だったかな?
頑張って街を盛り上げましょう。

さて、今テレビで横浜国際マラソンを見ていたら「間門(まかど)折り返し」の案内で「昔ドイツ系の「間門ホテル」があった」と説明されていた。
ここ横浜市本牧の間門は私が小学校に最初に入った学校で1年の終わりに転向したが、懐かしい。
明治期のホテルのようだが、大変モダンな建物のようです。
石岡も昭和4年の大火の前は古くからの街並みが残り、また昭和の初期頃までは大変モダンな建物が建っていた。
現在の「まちかど情報センター」のところにあった「篠塚本店」などは大変シンボル的な建物で解体せずに、現在残していればと悔やまれます。
   

石岡市内の風景 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/02/20 14:10

万葉の森

万葉集には筑波山について非常に多くの歌が載っている。これはこの山が、昔からの信仰の山であり、富士山と同じような形の良い山で、比較的登りやすかったせいもあるとも思いますが、恋歌も多く、多くの種類の木々・草花も豊富な場所でした。

 全国に万葉植物園などと言われる施設ができており、何故この地には無いのだろうか?などと考えたこともありました。
しかし、旧八郷地区に「万葉の森」という公園ができていることを知りませんでした。
先日筑波山の風返峠から国民宿舎「つくばね」の方に下ったところに見つけました。

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この公園は八郷ライオンズクラブが造ったもので、「ライオン広場」などと書かれています。
広場に色々な木々を植え、万葉集の歌の立札がそれぞれつけられています。

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まだ先日降った雪が残っている時でしたので、多くの木には葉や花がない寂しい時でした。
このためか、一人も来ている人はいません。
今度は、花や木々が美しい時にまた来て見ようと思います。

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石岡のこの場所は筑波山に車で登るには比較的緩やかで走りやすいのですが、あまり車は通りません。
そのため、なかなか知られないのかもしれませんね。
きれいに整備されていますので、近くを通られる時には寄ってみてください。「つくばね」の少し上です。
記念のコンサートなども開かれたようです。写真の石碑が置かれていました。

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 東京の国分寺の境内には「万葉植物園」という公園がひっそりとあります。
昔近くに住んでいたので何回か訪れたことがあります。
こちらの公園には水草や、シダ類なども多く、変わった草花が多いので、短歌をされる方などが良く訪れるようです。
ご住職が13年間かかって全国から集めたり、栽培して植物園としてを解放したといいます。
  

石岡市内の風景 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/03/10 19:02

菖蒲沢

 今日は土曜日であったが仕事の関係で昼過ぎまで出かけていた。
昨日・今日と夏を思わせるように暑くなった。
五月晴れというように天気がよいというよりも曇っていて前線も南下してくるようだ。今年はからっとした晴れが少ないように思う。

今年の夏はどんな気候になるのだろうか?
昨年のようなカラカラ天気だとお米も質が落ちてしまう。水不足だと味も違う。昨年度産は何処のお米も、いつもより味が悪かった。玄米で買ってその都度精米しているのだが、味の違いは仕方ないか。

先日八郷地区を少し回って見た。その時の写真をUPします。
場所は辻のイチゴ団地のところの信号を筑波山方面に行ったところにある「菖蒲沢地区」である。
もう田植えはほとんど終わっているが、この時期の里山の景色が好きである。

菖蒲沢は筑波四面薬師の一つ「菖蒲沢の薬師」があり、近年「薬師古道」として人気も高まっていると聞く。

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田植えが終わり、緑がまぶしい里山は何時も美しい。写真は菖蒲沢地区から小町伝説の残る「北向観音」(仏生寺)方面とその向こうが筑波山の不動峠である。不動峠は明日また紹介します。

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菖蒲沢は薬師古道が注目されるが、この説明板にあるように「自然環境保全地域」で、貴重な森林の残る地域で、ヒメハルゼミや貴重な蝶などが観察できるという。

このような地域を是非残していってほしいものだ。

一般の観光客の人にはこの看板が目につかないのは残念だ。
 

石岡市内の風景 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/05/21 19:19

不動峠

 定年を過ぎ田舎でのノンビリ生活ができると思っていたが、なかなかそうはさせてくれない。
会社でやってきた仕事も続けてはいるが、やりたいことがどんどん出てくる。
しかし、気力・体力は年々衰えて行く。
「いい加減にあきらめろ!」と自分に言い聞かせてはみるが、やることがなくただゴロゴロしたり、独自の趣味の世界だけに没頭するのは性に合わない。
まだ自分を必要としてくれる人がいれば、そのために何か役に立つことをしたいと願っている。
何時自分が助けを必要とするようになるかわからないのだから・・・。

 能力以上のことをやろうとしても結局はダメであろう。まあケセラセラと行くことにしよう。

さて、このブログもここまで続けたのだから止めてしまってはどうしようもない。
読者もどのような方がおられるかわからない。
平日の昼間の時間帯でのアクセスも結構多いので、仕事中に閲覧している人もいるかもしれない。
そういった方はこれからもこっそりと覗きに来てくださいね。閑だから覗きに来たなんて人は大歓迎ですよ。

 さて、昨日「菖蒲沢」地区の風景を紹介しました。
こちらにいると当たり前になっている風景などが、意外に都会の人には新鮮に感じるものだと思う。
この菖蒲沢からそのまま筑波山の方に登る道がある。登ったところを「不動峠」という。
この道を先日車で登ったのだが、ここを登るのは初めてであった。一応は県道で全区間舗装されている。
この峠の石岡側の入口の地区が、仏生寺(ぶっしょうじ)という。この名前の寺はないが、ここに小町伝説の残る北向観音堂がある。
むかし坊さんが筑波側からこの峠を越えてやってきて、この山奥で光り輝く場所を見つけたのだとか・・・。

さて、集落の終わりあたりから峠に向かう山道になるのだが、舗装はされているが道がとてもせまい。
途中でくるまがすれ違える場所が少ないのでビクビクしながら約10度の勾配の山道を登った。
残念ながら途中の見晴らしは良くないし、早く峠の上まで行きたいとばかり思って写真も撮れなかった。

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ここが「不動峠」である。今登ってきたのが写真の右側の道。この辺りは道幅も広くなっている。
左側へ行くと、上の昔有料だったスカイラインにでる。筑波の市街方面は背後の方向になる。

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峠には写真のような見晴らし台があり、筑波方面が見下ろせる。

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この写真のように峠の上に道路が走っている。これがスカイラインで筑波山の尾根道を走っている。昔は有料道路であったが無料になった。

さて、この峠を越えて筑波側に下りると「平沢官衙(かんが)跡」にでる。ここが昔の筑波郡の役所跡である。
筑波郡から常陸の国府府中(石岡)へ行くにはこの峠を越えていたに違いない。
昔の人は健脚だったのですね。
不動峠の名前も峠の近くにむかしお不動様が祀られていたといいますが、通った限りでは目に付くものは無かった。
しかし、この峠はサイクリング愛好家たちには人気があり、筑波側から峠まで登ってくる自転車に何台もすれ違った。
しかし残念なことに、この自転車の人はこの峠から八郷・石岡方面に行く人はほとんどいない。
皆ほとんどが、上のスカイラインにでもでて小町の里側か尾根を走って筑波神社の方をまわって下りるのだと思う。少し寂しい気がするが、山を越えると帰りが大変なのだからこれもいたしかたなしか?・・・。



石岡市内の風景 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/05/22 13:38

茅葺屋根の美

 石岡市の旧八郷地区は日本有数の茅葺屋根の民家が多く残っている地域です。
合併後の八郷町観光協会(現在は石岡氏と統合)が発行した「石岡市やさと茅葺き民家めぐり」(A3版表裏)というパンフレットには31か所の民家が場所のMAP入りで紹介されています。
しかし、ほとんどが現在個人の民家として使用しているところですので、パンプレットもなくなり現在再発行はしていないようです。

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現在は市の観光協会のホームページにある「やさと茅葺屋根保存会」のホームページにあります。
その他保存会で作成したA5判32ページの小冊子「やさと茅葺民家」(こちら)があります。
興味のある方は市の観光協会などに問い合わせてください。

先日、風土記の丘の入口にある曲屋(江戸時代の庄屋さんの家を移築、現在蕎麦屋さん)の屋根を写真に撮ってみました。
こうしてみるときれいですね。筑波流という手法だそうですが、こんなことにも興味を持って行かないとダメですね。

保存会の活動などには敬意を表したいと思います。

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普通の人はこういったところには目がいかないですね。
でもこの模様は芸術品と言えそうです。

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石岡市内の風景 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2011/08/21 18:57

弁天屋のたぬき

 この震災後、今でも石岡市内であちこちで建物を解体したり修理が行なわれている。

これもなかなか進まないが、その中で駅前の「弁天屋」(うなぎや)が解体されていた。
今は更地の隅に石岡の名物?である「たぬきとうなぎの置物」がぽつんと残されている。
これは是非どこか場所が変わったとしても必ず残してほしいものだ。

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この大きなタヌキが鰻を捕まえている姿がなんとも絵になる風情であった。
タヌキは良く見るとエプロンして赤いベルトのサンダルをはいている。
あまりまじまじ見ていなかったが、やはりインパクトがある。
石岡の駅に下りた人が、通りを歩いてまず目にするものだろう。

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場所は駅前通りの八間通りの入口で、駅からすぐだ。
今はお店があった空地にポツンと置かれているが、また何かできるのだろうか。
このままでは寂しすぎる。
置きものの後ろ側に回って見た。
タヌキが見つめる先は新しく町の活性化のために今年2月にオープンした「石岡カフェ」である。

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在りし日の「弁天屋」さんの入口だ。

この八間通りができたのは、昭和4年の10月。同じ年の3月に中町を中心に大火事があり、復興に追われていたが、商店も活気があったようだ。
天皇陛下が陸軍の演習にこられて、それを記念して「御幸通り」という名前になった。
どちらが愛称かわからないが、通りにつけられた標識は「御幸通り」で通りの中間部にあるバス停の名称は確か「八間道路」となっていたと思う。

ここ弁天屋さんも建物のかなり古そうだったし、昭和初期の写真にも看板が載っているが、置きものが何時からあるのかは知らない。たぬきといえば信楽焼を思い浮かべるのだが、どなたかご存知ですか?

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石岡市内の風景 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/10/27 19:00
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