石岡の街並み(1)

 このブログも常陸国国府石岡を中心にその周りの歴史を掘り起こすことをテーマにして続けているが、今昭和の香りが残る町としてこの都市を見ると実に興味深い。
自分の住む街をどのように紹介するかは結構難しいし、意外に気がつかないことも多い。

現在映画「 ALWAYS三丁目の夕日'64」が公開され、この地でロケが行なわれたこともあるので、少しずつ紹介していけたらと思っている。

昨年の東日本大震災でこの町も大きく被害を受けた。
現在も修理中のところや取り壊されたところなどたくさんあり、もう少し落ち着いてから紹介した方が良いとも思っていましたが、こんな時だからこそ、その姿をありのままに見ていただくのもよさそうです。

この町は明治から昭和の初めにかけて商都として発展を遂げました。
鉄道が敷かれる前は、この先の高浜の港から霞ケ浦の水運が発達し、たくさんの物資が江戸へ運ばれ、また江戸から都会の商品を持ち帰ってきてたいそうにぎわっていました。
特に醤油、酒、製糸などの産業が盛んに行われ、それに伴った物流などでにぎわっていたといいます。

そんな中、昭和4年に市の中心部である中町を中心に大火が発生し、大きな被害を受けました。

しかし、大火後の復興は早く、関東大震災後に東京で急速に広まった「看板建築」を取り入れた商店などが一斉に作られていきました。

そして、その時に建てなおされた街並みが現在国の有形文化財として登録されているのです。

私のホームページ「1300年の歴史の里ロマン紀行」にも記事を載せています(こちら

これから少しずつこれらの建物や、その他の面白そうなものなどを気が付いたら紹介していこうと思う。

今日は「十七屋はきもの店」さんの建物を紹介します。

(この写真のみサムネルです。クリックで拡大写真を表示します。)
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この向かって右側は久松商店さんで、今は店貸ししています。現在は手作り洋品小物などのお店が入っています。
その前には町おこしなどを計画した喫茶店がありましたが、撤退してしまいました。

この久松商店さんは、昭和4年に建てられた時は化粧品と雑貨の店でした。

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今日紹介したいのはその隣りの「十七屋商店」さんです。

今も昔と変わらず履物を売っています。
注意して見てほしいのはこの建築様式です。
細かな紹介が少ないので、見どころを紹介します。

私が気にいっているのは屋根の上の方のアーチ型の細かな模様です。
「ロンバルディア帯」というものだそうです。

イタリア北部のロンバリディア地方の石工が11世紀頃に初め、ヨーロッパ各地に広まったものです。
そして、関東大震災後の銀座にもとりいれられた様式名なのです。

現在も一部銀座にも残っているようですが、このクリーム色に統一されたデザインの美しさは特筆する価値があるように思います。
是非建築美術の記念としても残してほしいものです。
(銀座の建物は、銀録館(こちら)、や新田ビル(こちら)などがあるようです。
石岡でも是非このような建築様式の比較なりをきちんとやってほしいものです。)

また、持送風式の柱頭の柱型を中心に縦長の連窓を左右に配しています。
なかでも、この十七屋さんが昭和4年の大火の後に最初に復興した記念すべき建物です。

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さて、お店は今も昔ながらの履物、靴などを売っていますが、あまり商品が動いていないようにも思います。
どうやって商売されているんでしょうね。

このお店もおばあさんが一人で店番しているようです。

そしてお話をよくしてくださるそうですので、昔のお話などをお聞きすればきっと教えて下さるでしょう。

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石岡の街並み | コメント(8) | トラックバック(0) | 2012/02/25 18:20

石岡の街並み(2)

 茨城県石岡市には国の有形文化財に指定された昭和初期の建設(昭和4~5年頃)の看板建築という店舗兼住宅が数多く残されています。

その多くが昔の水戸街道(陸前浜街道)が石岡市街を通りぬけていた通り沿いに建っています。
現在はこの通りは電柱を地中化してスッキリとした趣のある街並みとなっています。

5~6年まえくらいでしょうか、この通りにはいわゆるアーケードが歩道の上にありました。
しかし、汚れも目立ち鳩なども住みついたりしていたために、色々反対もありましたが撤去されました。

そして青空が広がった通りを見渡したら、この看板住宅のみごとな建造物に光がさしたのです。
そして、国の有形文化財として順に指定を受け、一部のお店も改装をしてきれいになりました。

しかし、まだ比較的知られるようになったのも比較的新しいので一般には浸透していません。

こらから少しずつ知られてくると思います。

市としても歴史の宝庫でもある常陸国府とともにこの街並みも保護しながら整備していってほしいと思います。

観光地としてはまだまだ設備も不足しています。駐車場の整備、景観にマッチした公衆トイレの充実、観光案内地図の整備、観光施設での英文併記パンフレットや携帯への音性提供サービスなどいくらでもやらなければいけないことは山積しています。

今はまったくまだよちよち歩きの赤ん坊程度しかありませんが、こうして少しでも知っていただける人が増えてくれば若者も立ち上がってくれると思っています。

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 電線が地中化され、アーケードを撤去した石岡中町商店会(旧355号・旧水戸街道)

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 看板建築(国の有形文化財)の店舗(向かって右から福島砂糖店・久松商店・十七屋履物店)

今日はこの有形文化財には登録されていないお店ですが、昭和ロマンの香りのするお店を一つ紹介します。

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昨日の久松商店・十七屋商店の通りの反対側の一角にあるお店です。
向かって左は晃玉人形店ですが、今はいつもシャッターが降りてしまっています。
その右側の「しばのや」さんが今日の紹介するお店です。

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さて何屋さんでしょうか?
お酒、塩、タバコ、切手、食料品など昔の専売の品物が多いようです。

覗いてみると間口に対して奥行きは長いお店です。間口の3~4倍はありそうです。
本職というのは酒屋さんのようです。

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そして、昔懐かしいような不思議なものがたくさん売っています。

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地ビールというものが置かれていました。
さて地ビールなんてあまり聞かなかったのですが・・・。
「HITACHINO NEST BEER」と書かれている瓶でフクロウのマークが入っています。

お店の入口にあったフクロウのマークです。

このビール調べて見るとすごいですよ。
世界で一番売れているクラフトビールで、木内酒造さん(那珂市鴻巣)と言うところが造っているそうです。

またキリンの「ハートランドビール(ベルギービール)」の緑色の小瓶もおかれているようです。

また清酒「筑波」も美味しいお酒として名が通っています。こだわりのものばかりありますね。
このようなお店があることも知りませんでした。

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お店の中に入って写真を撮らせていただきたいとお願いしましたが、「店の中は撮らないでください」と断られてしまいました。

残念ですが表からみえる部分だけ紹介させていただきました。

さて、このお店が何時頃からあったのかは知りません。

でも昔の地図を見ると「活動常設 第二国文館」という映画館が近くにあったようです。
この映画館も昭和30年代まであったようですが、昔の方なら知っておられるでしょうね。

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石岡の街並み | コメント(16) | トラックバック(0) | 2012/02/26 17:07

石岡の街並み(3)

 前回も書きましたがこの石岡の街並みを紹介するのは難しいです。
今や茨城県でも昔は栄えていたのに今はその面影もないシャッター通りになっているなどと揶揄される代表的な町でもあります。

でも、まだ特急も止まる駅でもあり、今のうちに何とかしたいと思う気持ちは強いです。
茨城県でただ一か所「歴史の里」の指定を受け、常陸国分寺跡・国分尼寺跡が国の特別遺跡に指定される歴史遺産が眠る町であり、商都として栄えた名残も昭和ロマンの町としての価値もたくさんある都市です。

今では関東三大祭りとも言われるようになった「石岡のおまつり」も盛大に行われています。

それなのに何故??? シャター街になってしまったのでしょうか。

先日書きましたが、石岡の小さな市街地に郵便ポストがいたるところにあります。
市街地に住んでおられる方はきっと当たり前に思っています。

郵便局の本局もあります。銀行も一部統合されたりしてずいぶん少なくはなっても同じ規模の町に比べて多いと思います。

この当たり前に思っている市街地の便利さも「井の中の蛙」で他所を知らなければどんどん縮小され、もっと住みにくい町になってしまうかもしれません。

この市街地活性化ということで一昨年国の補助金が出ました。
それによって駅前通りに二つの店がオープンしました。
一つが「石岡カフェ」であり、もう一つが「農産物直売所」です。

これも街中の人が生鮮食品の買い物に不便だからという理由が記載されていました。

活性化の計画も市街地の通りの通行人の数の減少を食い止め、少し上向きにしたい程度のものです。

まったくIT時代なのに活性化が図られていません。まだまだPR不足です。

市の観光課のHPを見てみました。一時より少しはなやかになりましたが、町の観光案内や歴史探索のコースに合わせたような地図もダウンロードに入っていません。スピードが何より大切です。
私がこうして毎日空いた時間でブロクを更新しているのですから、出来ないはずがありません。

むかし、長野の「小布施」の活性化について書いたことがあります。
そしてこの紹介本(爆弾娘セーラさんの活動)が図書館にないとも書きました。
最近この小布施見学の話が持ち上がっていました。
情報が遅く、スピード感が感じられないとどんどん取り残されていきます。
お金を書ける問題ではないんです。

国の特別史跡にはきれいな駐車場やトイレがありません。国分寺はトイレも貸してくれません。
尼寺にはかろうじて昔の汚いトイレがあるだけです。
これはこの町の姿勢にかかわる大きな問題だと思います。
いつも行政が見ている先が自分のところの住民だけなんです。
しかし、急がば回れ、情けは人のためならずです。

つい愚痴ぽくなり反省です。無視してください。

さて、街中の紹介の3回目です。

中町の登録有形文化財の一つ「すがや化粧品店」さんを紹介します。

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昭和5年に建てられた代表的な看板建築の店舗兼住宅です。
屋号を壁の全面に形作って(ペディメントというそうです)、左右の柱はギリシャの神殿を思わせる円筒形にかたどっています。

ギリシャ神殿の様式ですよね。
柱とその柱頭の飾りはコリント・イオニア様式といわれるものだそうですが、当時の意気込みが伝わってきます。

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今は化粧品やさんですが、建物が造られた当時は雑貨屋さんだったそうです。

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数年前に登録文化財として指定を受けたところにはこのような石板のモニュメントが置かれるようになりました。

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きっと、上の飾りなどの模様も意味があるのだと思います。もう少し知りたいのですがあまり載っているものが無いのでもしわかればまた書きたいと思います。



これからブログの更新の時間があまりとれません。適当に記事を予約しながら何とか更新していきたいと思います。
テーマが時々あちこちに飛ぶと思いますが、ご了承くださいね。

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石岡の街並み | コメント(12) | トラックバック(0) | 2012/02/27 19:36

石岡の街並み(4)

 今日は雪が降り、やっと少し暖かくなってきたところでしたが、また春が少し遠ざかってしまいました。
水戸の梅もまだもう少し先でしょうか。
今年は茨城は梅の花は3月半ば頃になってからが良いようですね。

 先日昔あった映画館のことを書いたら早速情報を教えていただいた。
国文館は「すがや」の横の道をスーパータイヨーの方に少し入った右側の水交館の左の空き地になっている場所あたりで、もうひとつの東宝は金丸町にあったそうです。

実は映画館のことを少し書いたのには理由があって、この石岡の中町通りを歩いていた時に下記の看板を見つけた。

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「ぱれっとシネマ1・2」とあり、ここに昔上映されている映画のポスターが貼られていたのだろう。

ところで、このぱれっとシネマは6号国道沿いにあるジャスコ(現イオン)の中に1987年から2008年4月頃まで上映されていた映画館だ。

主に子供向けの映画が多かったようだが、撤退してもう4年近くになる。

この看板はおそらくその時からそのままなのだろうと思う。

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場所は中町のメイン通りで、江戸時代には矢口家の本陣のあったすぐ近くである。
このシャッターもきっと4年間下ろされたままなのかもしれない。
何となく気になってしまったのである。

ではここから近くに並びにある建物を少し見て見よう。

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国府三丁目の信号のそばに4軒のお店が並んで建っています。
向かって左から「玉川屋本店」「石岡将棋会館」「ヤマモト時計店」「石岡富国社」

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玉川屋本店・・・甘納豆などの豆菓子中心のお店

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吉田くつ店・・・今は「石岡将棋会館」です。正式な将棋大会なども行われています。

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富国社・・・農業用機械販売です。建て物とイメージはあいません。

でもミニュチアセットでも作りたくなるような建物ばかりです。
場所は国府三丁目の信号のすぐ近くです。(地図は「石岡の街並み(3)」の記事に出ています)

昔はこの信号から曲がっていくと「国文館」の映画館があり、総社の下の入口(宮下)へつながっていたのですね。
今は途中にスーパー「タイヨー」があり、大きな欅の木が残っています。

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石岡の街並み | コメント(12) | トラックバック(0) | 2012/02/29 19:46

石岡の街並み(5)

<予約投稿です>今日・明日はでかけますので記事を予約で入れています。
コメント欄は開けておりますが返信は帰宅後になります。

 石岡の横道を少し入ったところに変わった看板のお店があります。
この通りは昨年春までは「朝日屋」という石岡では割と有名なラーメン屋さんがあったところですが、何時もあまり変わらない風情の佇まいの店が並んでいる。

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かなり昔からあるようです。

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お店の名前は「月泉堂」さんと書かれています。
そして、表のガラスには「大経師」の文字がみえます。

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2階の横のウダツのような看板は薄くてよく読めないが「大経師 表具師」と書かれているようです。

さて、何屋さんなのかとガラス越しに中を覗いてみた。

数本の掛け軸に書と絵が半々ぐらい置かれていました。

調べて見ると、大経師とは「だいきょうじ」と読み、昔、朝廷御用の、経巻・仏画などを表装した職人の長のことだそうです。

そして、造暦にあたった賀茂・幸徳井両家から新暦を受け、大経師暦を発行する権利を与えられたという。

なにかとても由緒があり、この土地にはこのようなものが続いてきた証なのかもしれない。

それにしても、今でも石岡はこのような商売が成り立つ地なのだろうか。やはり特殊な土地ですね。



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石岡の街並み | コメント(6) | トラックバック(0) | 2012/03/09 19:46

石岡の街並み(6)

<予約投稿です>

 今日は金丸寿通りにある「だがし-菅屋菓子店」さんを紹介します。

入口には「だがし」という大きな暖簾がおかれているので駄菓子屋さんだと思いますが、結構立派な店構えです。

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結構クラシックな趣のある建物ですね。

このお店は、明治の終わりころから続くお店だそうで、今は4代目だそうです。

売られているのは黒糖・あんこ・麦粉などの自然の甘みの飴玉などで、今でも子供が1個42円のお菓子を買いに来るようです。

あんこ玉は人気で、地方からも注文があるそうで、石岡の隠れた人気商品だそうです。


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さて、駄菓子屋といえば、前に府中小の前にあるお店を紹介したことがありますが(こちら)、やはり私のイメージする駄菓子屋さんはこんな感じだったな。

でもこちらの菅屋さんにも、幼稚園の子供たちが買い物に来ているのかな?

さて、この通りは駅前の御幸通り(八間通り)から中町の通り(355線)に出る一つ手前の道を左に曲った通りで、一方通行になっています。

突き当りに「富田の北向観音堂」があります。9月のおまつりでも祭りの総社宮からの行列がこの道を通ります。

前に、このような通りに名前(金丸寿通り?)がついているのだから表示をちゃんとつけてほしいと書いたことがあります。

横道にも愛称の込めた名前を是非つけて表示もしてくれたら、観光客の人にも説明しやすいと思うのだが・・・。

町に住んでいるとみんな知っていたりするので意外に気がつかないものかもしれない。

是非公共のトイレの充実とともに予算をつけて実現してほしいものだ。



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石岡の街並み | コメント(6) | トラックバック(0) | 2012/03/10 19:40

石岡の街並み(7)

 昨日は東京赤坂近くにいましたが、朝6時頃から雪が降り始め2時間くらい結構強く降りました。
寒い日になってしまいましたが、今日は太陽も照ってきて気持ちが良い日になりましたね。

 今日3月11日で震災後1年経ち、テレビでも映像がたくさん流されていました。
これをみるとまた、色々に複雑な思いがわいてきます。

どうも日本人は日本人としてのアイデンティティを持たなくなった人も多くなってきたようで少し寂しい気がしますが、これも戦後教育のなせるわざかもしれません。

原発事故で考え方のまったく異なる人たちが存在します。
どちらが正しいかなどと答えが決まるならいいのですが、この問題は生理的な感情論と同じで多数決で決める民主主義で解決することがほとんど出来ないように思います。

ですからここでこっちがいいんじゃないかなどと叫んでみても意味がありません。
例えば原発の100km以上離れていても、不安でどうしようもなく遠くに一時避難をした人はたくさんいます。
(石岡は福島第1原発から約150km離れていますが、関西方面へ避難した人もいるようです。)

放射能などほとんどない原発から離れた場所の津波被害で出たガレキ処理さえ受け入れると、反対住民が泣き叫ぶ。
これは生理的な感情論です。話し合いなどできないのです。
頭でわかっても生理的に受け入れられない人がいるという気がします。

また、福島の原発で町ごと避難して、場所を転々として、仮設住宅に9月頃から多くの人が住んでいます。
原発事故のため、仮設に入っている人は賠償金(10万円/月)が支給されています。
でも仮設を出れば打ち切りです。家に帰れば賠償金はもらえません。

でも受け取っている人も口は重いんです。

これでは戻ることができる地域の人も仮設から出るに出られない。年寄りなら尚更です。
皆さん口が重く、コミュニティも築けないようです。

仮設は2~3年と言われていますが、今後帰れる場所の見通しが無い人もたくさんいます。

先日いわきの仮設に避難している人の話で、放射性物質の中間置き場の設置の説明会が行なわれたそうです。
そこに参加された人の話をお聞きしました。
その方は、その設置場所が自分の家のすぐ目の前だったそうで、すっかり元気を無くされていました。

私達は日本人としてどのようにこの事故の復興に向き合っていけばよいのでしょうか。

生理的に受け入れられない人を説得することはほとんど期待できないですね。
これもゴミの償却などが小さな市町村単位でしかないことも障害になっています。

市町村のゴミ焼却場の設置や火葬場の設置などもどこか似た構図がありますね。

そんなことをしているうちに、どこかでまた大きな災害が起こるかもしれません。
何時自分の身に降りかかるかわからないですね。

震災後1年のこの日に1年前を思い出しておりましたが、あまり意見を書くのは止めておきましょう。

 さて、今日は石岡の中町通りにあるお菓子屋さん「あさ川」さんです。

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震災前の「あさ川」さんです。屋根は瓦屋根でした。

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震災後に修理した「あさ川」さんです。屋根の瓦が大量に落下し、壁も一部は新しました。
このため屋根がスレートでしょうか変更されていました。
復旧も早くこれも登録文化財に指定されていない強みかもしれません。

このお店の向かい側斜め先にドラックストアができて、景観はすっかり変わってしまいましたが、これも市議会で景観法が成立していないためだろうと思います。

景観法についても市民にアンケートをとり、私にも依頼があったのでそれなりに一生懸命に書いた。

しかし、それを何に使ったのかと調べたら、アンケート結果をグラフにして発表したほかは各種の国の申請の報告書のネタとして使われただけ。虚しさのみが残ります。

さて、話が飛びましたが、このドラックストアの隣りが文化財指定を受けている「福島砂糖店」です。
屋根も大分震災でダメージを受け、こちらは文化財として修理を現在行なっています。

この福島砂糖店さんとあさ川菓子屋さんは現在も店の奥と結ぶトロッコの軌道跡があり、福島砂糖店さんは現在も使っています。
この福島屋さんのトロッコレールは通りを歩いていても見えるのでわかりますが、あさ川さんのレールは奥にあって、他の方のブログで知りました。(こちら

もともと石岡の店は京都などと同じく間口が狭く、奥が深いとても細長い敷地に建っています。
間口税の影響だとも思いますが、奥に置かれた重い商品や材料などを店の方に持ってくるのにこのトロッコが使われたのでしょう。

こんなところを見るのも石岡散策の楽しみかもしれません。
おまけに、この福島砂糖店さんにはおもちゃのフィギュアが置かれています。

またあさ川お菓子やさんはもとは石油店(細谷商店?)さんをしていたようです。
2階に昔の品などを展示されており、お茶なども飲めたようですが、震災後の情報は聞いていません。
昭和4年の石岡の大火災の時にも油タンクなどの炎上もあったようですので、震災は忌まわしい思い出かもしれません。

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石岡の街並み | コメント(10) | トラックバック(0) | 2012/03/11 18:35

石岡の街並み(8)

 以前書いていた石岡市内の街並み紹介で記事を書きかけていてUPしていないものがありましたので紹介します。

今回は「栗山呉服店」さんです。

ここも国の登録有形文化財「看板住宅・店舗」の一つです。
場所は中町の通りから「すがや化粧品店」前の路地を駅の方へ少し入ってところにあります。

この道の角に以前市のモデルショップ「夢市場」という店舗がありました。
活性化のモデルとして他所から見学まであったのですが、残念ながら撤退してしまいました。
理由はいろいろありそうですが、あまり書くのは控えましょう。

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昭和4年の大火で焼けたあとの昭和7年頃の建築だそうです。
木造2階建ての商家建築です。

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2階正面のガラス戸の組子は、明治以降における日本建築の近代化の特徴が表われており、ガラスもキリコ風の飾りが彫られている。

今回の地震でこの2階のガラス戸が一部破損してしまい、修理したのですが昔のガラスはもう入れることができないので普通のガラスに一部がなっているそうです。
外の通りからもよく見るとこの模様が見れますが、内部から見ないとあまりよくわからないようです。

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さて、この店舗は呉服店となっていますが、現在は和様小物(特に京都風)を中心に扱われているようです。

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女性等は喜びそうな小物が置かれていますので来られたら、一度覗いていかれると良いと思います。
もっとも商品は駅横の観光案内所にもおいているようです。
また多くは京都の方から仕入れられているようですが、一部手作りのものもあるようです。

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上の写真は、石岡のお祭りで各町内の名前の入ったストラップです。

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右上の毛糸の靴下、5本指ソックスなどもあり、履き心地はよさそうです。
最も秋冬用でしょうが・・・。

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このようなお店はこの辺では少ないので、探しておられる方などにはいいでしょう。

この路地は道路にタイルを2006年にはり、イメージチェンジしています。
隣の村山漬物屋さんと2軒が主体ですが、どこかホットできる路地の雰囲気があります。

私も好きな通りの一つですが前にこの路地も含め、通りに愛称の名前をつけたり、決まっている名前の表示をもっとわかるようにして欲しいと市に要望したのですが、どうなったのかな。

仙台など通りの名前がよく載っていて、その通りごとに文化が育っているのです。
地元の人は名前がわかったとしても他所から来た人はわかりません。

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地元の人と話したりするときに通りに愛称があるととても身近に感じるものです。



石岡の街並み | コメント(14) | トラックバック(0) | 2012/04/06 19:06

石岡の街並み(9)

 今日は東京銀座にアンテナショップ「茨城マルシェ」がオープンしました。
まえの有楽町(銀座)の店(黄門マルシェ)より少し東京駅に近くなり、他県のアンテナショップも揃っているので前よりいいと思います。

そして、茨城食材を使ったレストランは夜11時までやっています。(売店は8時まで)
常陸牛も置いてあるし、何といっても「干し芋」がたくさんあるようですよ。

先程、石岡の温泉施設「ゆりの郷」に行って今帰ったところです。
朝日トンネルが開通し、これから良くなりそうです。
リニューアル後2度目なのですが、中にある食事のメニューが大分変わりました。

しゃも鍋セットと地元産豚のステーキセットを注文しました。(二人で)


 さて、石岡街中散歩を以前に少し載せましたが、少しずつ追加していきたいと思います。

(写真はサムネルです)
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石岡郵便局近くにある「関東鉄道労働組合」の建物です。
随分レトロな建物です。右側の円筒部分は新しく増設したようです。

関東鉄道の本社は土浦市真鍋にあります。

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なんでここにこんなレトロな組合の建物があるのでしょう。
それを探ると石岡の歴史も見えてきそうです。

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関東鉄道は「かしてつ」の愛称で親しまれた鹿島鉄道と明治45年に設立した常総筑波鉄道が昭和40年に合併してできました。

鹿島鉄道の前進は鹿島参宮鉄道で大正11年に設立され、石岡に本社が置かれていました。

この建物はその本社の建物と似ていますので、これが一部増設や修理して今の組合の建物として使われているのかもしれません。

労働組合の建物はこの石岡と水海道(みつかいどう)の2箇所にあるようです。
いつも朝はタクシーが何台も停まっていますが、この写真はいない時に撮りました。



昔の地図と比べてみましょう。

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上の地図は昭和10年頃のものです。
この地図では「鹿島参宮鉄道会社」となっており、現在の「石岡簡易裁判所」などや駐車場となっている場所もこの会社の敷地だったようです。

もう一つ隣に「石岡繭糸市場」と書かれている場所があります。
この場所は現在「石岡冷蔵」の場所のように思います。

この頃は石岡も現在のイベント広場やボーリング場のあたりには大手の「小口製糸」の工場がありました。
たくさんの女工さんもいたのです。

しかし、昭和10年頃は絹はだいぶ苦しくなっていたようです。
小口組(製糸)も神栄に変わった頃かもしれません。

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石岡の街並み | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/11/13 22:07

石岡の街並み(10)

 昨日に続いて石岡の街並みを紹介します。
今日は常陸国分寺入口にある「青柳新兵衛商店」さんです。

 旧国道355号線は石岡の旧市街を通る道であるが、この道は旧水戸街道の通りでもありました。
そして、国分町の信号の先に千手院という大きなお寺が有り、水戸街道は右に曲がり、泉町を通って一里塚があり、日光のような両側に杉並木が続く道になっていました。

そして、この国分町の信号より北側へは千手院を巻くようにして岩間や笠間の方にも道が続いていました。
その後、千手院は廃れてしまい、常陸国分寺の跡に国分寺という寺と千手院の山門が残されました。

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国分寺前の通り。お釈迦様の誕生日4月8に花祭りが開かれると、昔はこの通りも屋台が出ていっぱいになったようです。
今でもその名残が残り、境内にも、またこの通りにも少し屋台が立ちます。

正面が国分寺で、常陸国分寺の跡があります。
そしてその入口に大きな仁王門が建っていました。

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この仁王門は明治41年に火災で消失してしまいました。
そして国分寺の鐘伝説として銘菓「釣鐘最中」にもなった伝説の鐘は、江戸時代はじめころに雌鐘が盗難にあい(霞ヶ浦で眠っているといわれる)、残された雄鐘もこの火災で焼けてしまったといいます。

いまでもここに残っていればこの街のシンボルとして、奈良時代を想像する大きな手がかりともなったと思います。(この写真は石岡の歴史などに掲載されていますものをお借りしています)

国分寺の鐘伝説は石岡駅の下りホームにきれいなモザイク壁画があります。
前にホームページにアップしていますので → こちら  を参照下さい。

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今日の紹介する建物は、この国分寺前の通りの入口左側にある「青柳新兵衛商店」さんの建物です。

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大きな蔵がいくつもある立派なお屋敷です。今回の地震で大きな被害もあったようです。
蔵でクリスマスコンサートのようなこともやっていましたが、今年はどうなのでしょうか。

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今はどこまで商売をされているかはよくわかりません。
外にある街灯に取り付けられた看板が昔の名前を残しています。(「×印 青柳新兵衛商店」さん)

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一つ隣の街灯に残された看板です。「石岡食糧企業組合」とあります。
昨年くらいまで、屋敷の通りに面した建屋の屋根に大きく古びたこの名前の看板があったと記憶していますが、今は気がつかなかったのでなくなったのかもしれません。

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大きな門の入口には「剣道・合気道 指南青柳道場」という看板が掲げられています。

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屋敷の広さはかなり大きく、通り近くの石蔵も現在このように修理中のようでした。

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国分寺前の通りに曲がらずに図書館やイベント広場の方に進むと、このような赤レンガの塀が続きます。
1年ほど前まで、このレンガ塀の前はガレージとなっていて、レンガ塀をよく見ることができませんでした。
しかし、今回の震災でヒビも入り、屋根に使われた瓦もかなり損傷を受けました。
一番西側にあった一部の塀と通用門の場所を壊して、現在はコンビニができています。
こちらはまた後日に一部紹介します。

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(サムネルです)

この国分寺の入口が栄えたのは、昔馬市がここや泉町の方で行われたようです。
米俵を馬の背の両側にかけ、岩間方面や、柿岡方面などから府中(石岡)にコメを運んできたのでしょう。
そして、この「石岡食糧企業組合」などが、この米に関して取引をする企業の集まり的な場所だったのだと思います。



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(サムネルです。クリックすると大きな図を表示します。)

昭和10年頃の地図と対比しながら見てください。いろいろな違いが見て取れますよ。

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石岡の街並み | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/11/14 20:18
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