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石岡の泉町

 今日はまた真夏の暑さが戻ってきてどこへいってもグッタリしてしまう。もう数日すれば秋も期待できるだろう。昔もこんな暑い年はあったのだろうか。昨日杉並木のことを書いたので、今日は手前の泉町の話をしたいと思う。この泉町は旧水戸街道(現県道52号線)が中町(旧府中宿)を通り国分寺(千住院)のところで右折し杉並、行里川(なめりがわ)方面に進むところにできた宿場町で昔は新宿(あらじゅく)といった。府中宿とはつながっているので水戸街道の出口にあたっていた。鉄道がない時はここに山王川が流れ、橋がかかっていた。これが泉町にかわったのは宝永年間(1701~1710)頃といわれ、徳川綱吉の時代である。名前の由来は火災にあわないようにとの願いが込められていたという。また文献などでは和泉町と書かれたものも見られる。またこの町に3月2日~5日まで馬市がおこなわれていたという。
無題
常磐線をまたぐ橋(いずみ橋)の欄干には国分寺の七重の塔と筑波山の想像イラストが書かれていた。
橋は常磐線と山王川にも跨っていると思うのだが、ここで川が地下にもぐってしまっているようである。昔は川遊びができたという山王川は柏原池から流れてくるが、その源となる龍神山があの姿ではきれいな川の復活は望めないであろう。ホタルの棲める川にしたいとかいうが・・・・。
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橋(いずみ橋)の歩道に貼られたタイル。日本橋から21里となっている。
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千住まで19里
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新宿(亀有)まで18里
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松戸(矢切りの渡し)まで16里
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小金(本土寺)まで15里
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我孫子まで13里

普段車で通過してしまうのでゆっくりと歩道を歩く機会がなかったので気がつかなかったが、きれいにできている。歴史的にどうかを考えると何故?などと思う点もあるが、これもまた楽しである。

地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/11 17:24
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