石岡のおまつり(3)-おっしゃい隊

 どこの祭りにも最近はギャル系のお姉さん演じる調子を合わせた息のあった掛け声と踊りが増えてきたようです。
ここ石岡も伝統の行事とともに一種独特の踊りがありますので紹介しましょう。
こちらでは「おっしゃい隊」というそうです。どうも「わっしょい」のことのようです。

でも「すきならすきとおっしゃいよ」とか?

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何時もは何処にいるんだろうと思うほど、お祭りには人が増えてきます。

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もう、オジサンはこのパワーについていけませ~ん。

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ねえねえ お姉さんたち、何時もはどんな格好してるの?

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この娘たちは、3日間朝から晩まで元気です。
オジサンもパワーがほしい!

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夜になると更にパワーアップしてる!! 
   

石岡のおまつり | コメント(22) | トラックバック(0) | 2011/09/01 06:00

石岡のおまつり(4)-富田のささら

朝一番の更新としていましたが、記事が多いので、本日2本目の記事を載せます。

 石岡のお祭りの神輿の先頭に立って露払いをする茨城県無形民俗文化財に指定されている「富田のささら」を紹介します。

富田町に伝わる伝統の獅子なのですが、非常に変わった独特なものです。
「七度半の迎えをうけて出る」というもので、なかなか姿を現しません。
表したと思ったら、素早く神輿の通る道を一気に駆け抜けます。

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屋台は紺地にサッカーのシンボルマークでおなじみのヤタガラスを染め抜いており、ヤタガラスも神武東征の時に大和に入る道案内をしたという神話に基づいています。

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獅子は全部で三匹です。老獅子・若獅子・女獅子といいます。女獅子には角がありません。
屋台の上では独特な動きをします。
太鼓に合わせて、黒の獅子がクルリと1回転します。(中に芯棒が入っていて、これを人が回します)

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獅子頭は2本の角を持ち、黒漆が塗られており、目や歯は金箔で、のど部には軍鶏の羽で覆われています。

歴史的にも古く、江戸時代にはこのささらは登場していますが、はっきりしたことはわかっていません。
もともとこの富田町は江戸の宝永年間まで「馬之地町」といわれ、国中から府中に馬が集まってきていた時にその中心となった場所か、そのまとめ役などが住んでいたところと思われます。

「ささら」のこの三匹獅子は関東から東北にかけて多く見られ、それぞれ独特の文化があるようです。
石岡地区ではここ富田地区と三村地区に同じようなものがあり、三村地区のささらは享保年間にはじまり、富田はそれより古いと思われ、少なくても300年以上前に始まったものと考えられています。

また、茨城県のささらは主に「棒ささら」とよばれるもので、獅子に棒を刺して、その棒を回して、獅子をくるりと回転させます。この動きは独特で、他の地方の「ささら舞」とは違った文化を持っています。

秋田の角館周辺に「ささら舞」が民俗芸能として数か所で残っていますが、こちらは常陸国を統一した佐竹氏が秋田に移った時に伝えられたものと言われています。

従って、本当のささらの期限は室町時代くらいと考えられます。
このような民俗芸能のルーツを探るのなど面白そうです。

なお、ささらの名前の由来は手にもった竹の棒をささら(編木)といい、稲穂が擦れあう擬音を表す楽器になっているとのこと。
五穀豊穣や魔よけの意味をもつものとされます。
 
次は石岡独特の幌獅子を紹介します。
 
 

石岡のおまつり | コメント(10) | トラックバック(0) | 2011/09/01 18:10

石岡のおまつり(5)-幌獅子

 さて、幌獅子(ほろじし)というのはあまり一般名的ではないですね。
これは石岡の祭り独特の物なんです。
佐原大祭や川越氷川神社の祭りなどではやはり上に大きな人形をのせた山車がでますが、この幌獅子はありません。
少し狭いところでも通れますので、いいのかもしれませんが、他ではない祭りの風情が見られます。
午後3時に駅前通りで、この幌獅子が一斉に集まってのパレードが行なわれます。

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これが幌獅子です。
先頭は獅子舞いの獅子頭で、石岡のトレードマークのようになっていますね。
その後ろはいわゆる幌馬車の荷台部分です。
覆われる布は大概は2色のストライプ柄で、それぞれの町内で違っています。この色で区別できるようです。

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この獅子頭は約20kgくらいの重さがあり、これが一斉に町の中を太鼓や笛・鉦に合わせて激しく左右にくねらせながら踊るのです。
なかなか壮観ですよ。
ただ、若者が一人で中で踊るので、とても長くはもちません。数人が交代交代で必死です。
でもこれがやる方も楽しいようです。

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お~い、誰か変わってくれ~。と言っているかな?

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どうだ、おれの方が格好いいだろう。
どの子の頭をかじろうかな?

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主にこの幌獅子も駅前通りや、中町・香丸通りがメインですが、最初に回るところが大体決まっているようです。
中町の通りから府中酒造さんの前を通り、北向観音のところから金丸寿通りを進みます。

写真の後方に見える屋根が「富田の北向観音」です。 

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府中酒造さんの石蔵(国の有形文化財)のわきを行きます。石岡の祭りの良さはこの風情かもしれません。

 
 

石岡のおまつり | コメント(16) | トラックバック(0) | 2011/09/02 06:10

石岡のおまつり(6)-石岡ばやし

 やはり石岡のおまつりを彩るのは山車の舞台で演じられる「石岡囃子(ばやし)」だろう。

昭和55年に、山車囃子と土橋の獅子囃子および土橋の獅子舞いが文化財の県指定無形民俗文化財の指定を受けました。
もともと石岡ばやしというものはなく、ここの「三村地区」および「染谷地区」に昔から伝わる囃子をこのお祭りにとりいれたものです。

そのため、各15名程で結成されている囃子連が24連くらい存在し、染谷流と三村流の流れが別々に踏襲されています。
またこれとは別に太田三楽斎の城のあった片野地区には排禍囃子がつたわっており、柿岡地区にも祇園祭で演じられる囃子があります。

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きつねの舞い(曲は新馬鹿(しんばか))

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おかめ踊り(曲は四丁目(しちょうめ) )

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ひょっとこ踊り(曲は仁羽(にんば) ) 一番多い。

このほかに、撒喜利(さんぎり)という曲があり、山車の出発の時のみに演奏されるといいます。

では続きをお楽しみに。
 

石岡のおまつり | コメント(8) | トラックバック(0) | 2011/09/02 18:23

石岡のおまつり(7)-本神輿

 石岡のおまつり1日目は「神幸祭(じんこうさい)」といい、常陸国総社宮から神様(御霊)がその年の年番になった町に設けられた御仮屋に本神輿(みこし)に乗ってやってきます。

行事は午後2時に花火の音を合図に祭りが一斉に始まります。

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まつりの開始の合図(花火)の音を待つ各町内の幌獅子。
総社宮の参道から境内にかけて、たくさんの幌獅子と見物客でいっぱいです。

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出発の合図を聞いた幌獅子が神社の鳥居をくぐって街に繰り出します。
合図は花火で知らせますが、神輿と供奉(くぶ)行列が動き出すのが合図になります。

しかし、その前に神様が神輿に乗り移らねばなりません(神事)。
これは先ほどの写真の先にある茅葺の随身門の奥の境内で行なわれています。

人がいっぱいで、この神事を見落としましたが、翌日の午後の明神神輿でも行なわれていましたので、後ほど2日目の行事の中で紹介します。

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神輿の担ぎ手は白装束に烏帽子をつけ平安時代を思わせますね。
皆、担ぐ前に並んで、巫女さんよりお神酒でお清めします。

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ここ総社宮の神輿には皇室と同じ「菊のご紋」(正式な16弁)が付けられています。
明治30年の製作です。

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かなり重そうです。しかし重量は?
神様をお乗せしているので内緒のようです。

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もう汗びっしょりですね。この神輿は街中を2時間かけて練り歩き、年番の町(今年は総社にもっとも近い土橋町)の御仮屋に到着します。
 


石岡のおまつり | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/09/03 06:30

石岡のおまつり(8)-供奉行列

 総社宮境内より神輿が町へ繰り出します。これは神輿を囲むように供奉(ぐぶ)行列という隊列を組んで進みます。
多くの見物客は街中に入ると幌獅子や山車に囲まれるためあまり行列がどのように組まれているかはわからないくらいです。

実際は
「富田のささら」-「露祓獅子」-「祭太鼓」-「真榊」-「猿田彦」-「社銘旗」-「比礼鉾」「祭礼委員会」-「四神旗」-「氏子会長」-「錦旗」-「唐櫃(からびつ)」-「神輿」-「巫女」-「宮司」-「神官-「前駆」-「氏子」「年番役員」-幌獅子(年番順)となっているそうです。

しかし、富田のささらはいち早く駆けて行ってしまいます。(詳細は前回行いました)

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猿田彦と社銘旗。猿田彦はどこでも天狗ですね。神話に出てくる案内役です。

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四神旗や祭礼委員会、氏子会長などの列

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氏子や役員代表の人達

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巫女、宮司、神官の列

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唐櫃(からびつ)です。神輿のすぐ前を行きます。

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総社宮の太鼓の台座にも神輿と同じく菊のご紋がついています。

また次をお楽しみに。
 

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/03 18:47

石岡のおまつり(9)-奉納相撲

 石岡のお祭りの2日目(大祭)に常陸総社宮の境内で朝十時半より奉納相撲が行なわれます。
これは「茨城県高校相撲選手権大会」です。
まつりは基本として3日間ともに午後からはじまるとされていますので、午前中は見物客も少なめです。

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場所は境内の随身門脇の土俵です。
普段は使われることがほとんどありません。
この随身門は最近修理改修が行なわれたので、この写真よりきれいになっていますが、右大臣・左大臣の像は来年春まで保存修理のため持ち出されており今はありません。

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高等学校の相撲部の選手が集まります。

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茨城県は昔から相撲取りも多く、今でも相撲が盛んなようです。
皆驚くほどいい体をしています。

この相撲が終わると、午後から「明神神輿宮出し」の行事が行なわれ、

・巫女舞い(浦安の舞)
・染谷十二座神楽

が総社の舞台で披露されます。

めったに見られないものですので、時間が許せばこちらも是非ご覧になってから街に繰り出されたら良いと思います。

次回は「明神神輿宮出し」についてです。お楽しみに。
 

石岡のおまつり | コメント(6) | トラックバック(0) | 2011/09/04 06:27

石岡のおまつり(10)-明神神輿宮出し

 まつり2日目の午後二時頃から総社の境内で「明神神輿宮出し」が行なわれます。
一般の見物客の方はほとんどが知らない方が多いと思います。
この頃街中ではおまつり2日目がスタートされ、屋台も開店しますので多くの見物客はそちらに行っています。
また、午後3時には駅前通りにて幌獅子パレードが行なわれますので、それを待っている方が多いですね。

さてこの「明神神輿」って何でしょう?
初日に本神輿が、総社宮の神様をのせて御仮屋に行ってしまっています。
2日目は本神輿も神様も年番の町の御仮屋にあります。

しかし、神様はここ総社宮にも残っています。
神様は自分の身を分身させて本神楽に乗り移っています。

明神神輿は本神輿を修理するために一時使えない時があったので、その代役として造られた一回り小さい神輿です。
いつもは本神輿と明神神輿の2つは総社の境内に保管されています。
従って、本神輿を宮出ししたので、もう一つの明神神輿も宮出しするのです。
 
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昼から、明神神輿を境内に出します。

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神輿に飾り付けを行ないます。お祭りの町内会の代表などで行なうようです。

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開始時刻が近付くと、1台の幌獅子(頭に獅子頭で後ろに車のついた荷台に2色の縞模様の幌をかぶせたもの)がやってきました。
この幌の模様は「仲之内町の幌獅子」ですね。

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もう一匹の幌獅子がやってきて、総社の拝殿で祈願を済ませました。
この拝殿は狭いので、大きな獅子が拝殿で舞うのは結構大変です。
こちらの獅子は県の民俗文化財にも指定されている「土橋町の幌獅子」のようです。
「土橋町」も「仲之内町」の幌獅子どちらも神輿の露払の役目を担っている獅子です。

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いよいよ神輿に神様が移られる儀式が行なわれます。
白い幕で覆われて、神様は総社本殿から神主に伴われてやってきました。
見ていると、神主が中に入り、神様をおうつしするのですが、これは何処の神社でもたまに行なわれるように、「ウーウー」という唸り声が発せられます。(本神輿でも1日目に行なわれていると思います)
(まだ見たことのない方は、人も少ないので、2日目は良く見られます)

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最後に神主の祝詞が読まれます。

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この明神神輿はこの後、幌獅子とともに、町を練り歩き夕方戻ってくるようです。
戻ったところは確認していません。またはじめと同じような儀式が行なわれるのでしょう。

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この明神神輿は翌日見たらちゃんと元に格納されていました。

では次回は、この後に神社の舞台で行なわれる「巫女舞い」を紹介します。お楽しみ。
 
 

石岡のおまつり | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/09/04 18:31

正上内

さて、今日は石岡の祭りの記事の間に一つ記事を挟みます。

 台風は四国から中国地方から近畿地方に大雨を降らせ広い範囲に被害があっったという。
被害にあわれたところには心よりお見舞い申し上げます。
幸い、こちらの方は梨の収穫や巨峰の収穫にも問題なく雨も大したことがなかった。

今日は車の調子が悪く、見てもらう約束していた車のディーラに出かけてきました。

一日中、蒸し暑く、あまりスッキリした気分ではないが、車の悪いところもわかりホットして戻ってきた。
せっかく出かけたので、気になっていた「正上内」(しょうじょううち)という町にに行ってみることにした。

車を空地に置いて少し歩いてみたが、セミも最後の鳴き声をはりあげていた。
ツクツクボウシがたくさんに鳴いていた。でも「オシーツクツク」て鳴いていますよね。
「ツクツクホーシ」とは鳴かない。これがどうにも変だ。
つまらないことに関心を持ったものだが、夏を惜しむように「惜しーツクツク」て鳴いているのに・・・。

ヒグラシが夏の終わりのセミというイメージがあるが、夏には一番早く鳴き出す。

 さて、正上内という名前が出てくるのは平将門が1000名位の兵で3000人もいた国府の兵をやっつけ、常陸国府を奪い取った事件の時である。

もう1000年以上も前の大事件です。

将門が事件を起こすきっかけにもなった「藤原玄明(はるあき)」「藤原玄茂(ふじわらはるもち)」たちの一族の住んでいたのではないかと言われるこの正上内にある「権現神社」を見てみたかったのである。

将門記でも大悪人のように書かれている藤原玄明とはどんな人物だったのか。

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正上内は石岡から笠間へ向かう旧355線、笠間街道(笠間では江戸街道とよぶ)を石岡から県道7号線の下をくぐるところから先にある。
特に何も目だった特徴のものは無い。

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石岡一高の農園(第二)がありました。
園芸科が高校にあり、その農園でしょう。高校の農園としては広いです。梨畑などがあります。

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権現神社は県営アパートの少し先の355号線が坂を下った所から左に少し入ったところにありました。

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訪れる人はほとんどいないらしく、手入れはされていましたが、足跡はなく、私が歩いた跡だけが残りました。
神社もそれほど大きくは無く、各地の部落に残されたというような普通の神社です。

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屋根についているマークが少し変わっているので写真をとりました。

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この場所はもうすぐそこに新しくできた常磐高速道路のスマートインターチェンジの入口が見えます。

前に書いたのですが、佐竹義政の首塚のある大矢橋は目と鼻の先です。

やはり、実際に行ってみないとイメージがわかないものですね。行って良かったと思います。

正上内の名前の由来は常陸少掾(しょうじょう)が住んでいたところという意味でついた地名だと言われています。
常陸の国衙(現石岡小学校の敷地)には常陸大掾(だいじょう)が住んでいました。

掾(じょう)というのは役職で介の下の位ですが、段々と年代が進むと、常陸介は都にいてやってこなくなりますから、実質上の県知事のようなトップの役職になっていきます。
そして世襲のようになり名前まで「大掾氏」と呼ばれるようになっていったのです。

まだまだ知らないことがたくさんあるものです(将門時代などまったく良くわかりません)。

将門が常陸国衙を奪ったとき、ここ常陸国衙にはたくさんの絹が保管されていたといいます。
当時は大変貴重であった絹布が1万5千もあったと伝えられています。

 

   

地名 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2011/09/04 23:29

石岡のおまつり(11)-巫女舞

 おまつり2日目の総社宮で行なわれる行事を紹介しているが、今日は巫女舞である。
一般に「浦安の舞」という舞いが披露される。

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2人の若い巫女さんが「浦安の舞」を披露します。
なかなか優雅な舞です。
最初は扇の舞いから入ります。

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この浦安の舞いは昭和15年に「皇紀二千六百年奉祝会」に合わせて全国の神楽舞を合わせて作曲作舞されたものだといいます。
全国的に共通する舞いだそうです。

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少し緊張気味かな?
これは「鈴舞い」です。
浦安とは心の平穏を表すとされています。

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この時は「浦安の他にもう一つの巫女舞が披露されました。題名は忘れてしまいましたのでわかりません。

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なかなか厳かで心がやすまる気がします。

次回は同じ舞台でおこなわれる染谷佐志能神社に伝わる「染谷十二座神楽」を紹介します。
 

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/05 12:27
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