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来迎院(美浦村)

 ことば座公演で「苅萱姫」(さくらひめ)を取り上げたというので、先日美浦村大須賀にある来迎院へ行ってきた。

 この話は昨年黒坂命の古墳といわれる「弁天塚古墳」を訪ねた時にこちらにも寄りたいと思って場所が分からずにいたのでした。

今回は地図を調べてあたりを探して分かりました。

このあたりは霞ヶ浦にも近く、低地に位置しています。昔の城や屋敷のイメージとは異なります。

でも、昔から人が住むには作物や魚介類等も豊富だったのでしょう。

今の道路や鉄道等の流れから見ると想像するのが困難になります。

さて、ここに伝わる苅萱(さくら)姫伝説は概略は次のような話である。

 「この地にいた豪族大須賀内記(平国香の部下といわれる)の娘である苅萱姫は、平国香の幼女に迎えられ、やがて平将門の妾となります。

しかし、平将門と国香とは争うことになり、将門は流れ矢にあたり亡くなってしまいます。

その後、この苅萱姫は実父大須賀内記のもとに帰ってこの来迎院で将門の子供を産みました。

その子供の名前が「信太小太郎文国」と伝えられています。文国の名も別名「守胤」ともいわれ、将門の第八子とも言われています。」

しかし、この話は色々な説もありはっきりしてはいません。

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この来迎院のある場所は「大須賀」の名前が残っています。そして霞ヶ浦に面した低地に広がっています。

来迎院は誰もいないのでしょう。静かに建っていました。

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天台宗のお寺となっています。

1000年以上前の将門の様子を知る由もありません。

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境内に残る石像はその後に作られたものでしょうが、時がゆっくり流れる場所でもありました。

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場所は、美浦村の湖岸近くを走る田の中を貫く道路の少し陸側にありますが、少し木々がこんもりとしていることがその場所であることが知れる程度です。
案内板等はどこにもありません。

でも掘り起こしたら何か昔の古墳や遺跡が出てきそうな場所でもあります。

でもそっとしておきたいですね。

今となっては真偽の程を知る術はないのですが、このような話がその土地に大事に受け継がれていくことが大切なのだと思います。

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阿見・美浦・稲敷 | コメント(2) | トラックバック(1) | 2012/06/18 19:32
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