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つくば市北条(8)

 数日前まで書いていたつくばし北条地区の記事がもう少し残ってしまいましたので、もう少し載せたいと思います。

 筑波神社への江戸時代の門前町と思っていたこの北条地区だが、見方を変えてみると違った側面があるように思う。
もちろん筑波山には徳一法師が建てた「中禅寺」という寺があり、この寺を徳川家康が、東北の鬼門の守りどころと定め、3代将軍家光により、寺の修復や門、鐘楼などが次々と整備された。
この時に、この北条から寺への登山道が整備された。

この前まではもっと東側から登る道(徳一法師が登ったとされる)もあり、石岡側から登る万葉の頃からの「府中街道」などもあった。

江戸時代も今は忘れられてしまった、水戸からつながっていた「瀬戸井街道」がこの参拝の道でもあった。

明治になり寺が壊され、神社が残ったが、この遺構を残す「六所神社」などもあり、後に古い民家を移築した大御堂が筑波神社の脇に建てられ、中禅寺を引き継いだ形になっている。

私はこのブログで調べる前まで、このようなことなど知らずに、万葉歌碑などを眺めて、神社にお参りして、山に登っていた。

そして、家光が寄進した鐘楼と思われるものが「泉の子育て観音」にあることを偶然知った。
これは本当かどうかは知らないが、不思議でもない。

 さて、今日は昨日紹介した「無量院」の東となりにある「全宗寺(ぜんそうじ)」を紹介します。
最初こちらが無量院かと勘違いしてしまったが、かなり古い寺であった。

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 北条の市街から多気山の方に入り、上り坂となって右手に駐車場があったので、そこに車を止めた。
この駐車場が全宗寺の駐車場で、無量院へはV字の道を左に進めば、少し先に無量院の大きな駐車場があります。

この全宗寺は写真正面に見えます。

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しかし、全宗寺の駐車場から階段で登れるようになっています。
しかしこちらは階段の右側には「弘法大師一千百年御遠忌記念塔」と書かれた石碑が置かれています。

全宗寺は真言宗豊山派の寺で、駐車場から登る階段の左側の建物に大きく「熊野山弥勒院大師堂」と書かれています。

寺の開創は応永2年(1385)といわれ、小田氏の滅んだ天正年間(1573-91)に北条治高の家臣、蜷川全宗が再興して、寺の名前も全宗寺になったそうです。

どうも歴史がわからないが、ここ北条にいたのは小田氏の一家であった北条治高のようだが、最後は佐竹氏と同盟を結んだのか?

しかし、北条氏も治高が最後のようです。

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その案内の下にはご覧のような古びた石像などが置かれています。
一番右にあるのはやはり「種子=梵字」でしょうか。

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「不動堂」です。
本尊は本尊は波切不動尊だそうです。

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弘法大師さまでしょうか。

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苔むした狛犬が迎えてくれます。

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こちらは寺の「法堂」だそうです。

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寺の前の空き地にある墓地ですが、かなり古そうです。
ここにもいくつも五輪塔があります。
誰のものでしょうか?

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写真に写っている木は樹齢300年以上と推定されているスタジイですが、数年前の写真を見るともっと幹が太くしっかりしていたようです。
このままでは樹勢が衰えてしまいそうです。

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つくば市北条 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/09/24 20:50
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