諏訪神社(鉾田市)
鉾田の街の中も大分廃れた感じとなってるなと、街を抜けるあたりに大きなショッピング街ができていた。
この道路の突き当りにあったのが、この諏訪神社のようだ。
今はここで少し道が曲がっているだけだが、昔の通りは正面がこの神社であったのだろう。
鬱蒼とした樹叢が広がっていた。
伝承によれば、貞観14年(872)7月27日、信濃の諏訪より勧請した。
ただし、記録は1750年代に火災で焼失し、詳しいことはわからない。
祭神は「建御名方命(たけみなかたのみこと)」「八坂刀女命(やさかとねのみこと)」で、これはまさに諏訪大社の神だ。
参道はかなり長く、両側の木もかなり古いようだ。
人が歩いたところが沈んで、樹木の根が浮き上がり、傾いた木がその年月を物語っている。
この神社の境内には相撲土俵があったという。
また、この神社は安房郷(安房村、鉾田村、柏熊村、柏熊新田村、瀧浜村の5つの村)の総鎮守といわれたという。
例祭では、安房氏子中より毎年輪番で、男小児2名を選び、奉納相撲が行われたといいます。
本殿も格式にある立派な姿をしています。
神社の入口鳥居から鉾田市街地方面を見たところです。
このあたりは街中と違って、開発が進み、大型の店舗が並んでいました。
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この道路の突き当りにあったのが、この諏訪神社のようだ。
今はここで少し道が曲がっているだけだが、昔の通りは正面がこの神社であったのだろう。
鬱蒼とした樹叢が広がっていた。
伝承によれば、貞観14年(872)7月27日、信濃の諏訪より勧請した。
ただし、記録は1750年代に火災で焼失し、詳しいことはわからない。
祭神は「建御名方命(たけみなかたのみこと)」「八坂刀女命(やさかとねのみこと)」で、これはまさに諏訪大社の神だ。
参道はかなり長く、両側の木もかなり古いようだ。
人が歩いたところが沈んで、樹木の根が浮き上がり、傾いた木がその年月を物語っている。
この神社の境内には相撲土俵があったという。
また、この神社は安房郷(安房村、鉾田村、柏熊村、柏熊新田村、瀧浜村の5つの村)の総鎮守といわれたという。
例祭では、安房氏子中より毎年輪番で、男小児2名を選び、奉納相撲が行われたといいます。
本殿も格式にある立派な姿をしています。
神社の入口鳥居から鉾田市街地方面を見たところです。
このあたりは街中と違って、開発が進み、大型の店舗が並んでいました。
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