香取神宮(4)

 今日も下総国一宮、香取神宮の紹介4回目です。

昔の東海道がまだ横須賀から千葉県富津岬へ東京湾を舟で渡っていた時、都に近いほうが上手、遠い方が下手ですので、上総国国府は市原にあり、下総国府は市川にありました。

上総国一宮は市原の東側の九十九里の南側に位置する一宮町にある玉前神社であり、下総国は常陸国一宮鹿島神宮と並んで大変重要なここ香取神宮です。

カズサ(上総)はだいたい読み方は一定だけれど、下総はシモフサ? シモウサ?
どうやら正解はシモウサらしいね。まあ総=布佐=房(麻の事)などはみんな「フサ」って読むのに。
成田線にある下総松崎駅は「しもうさまんざき」と読みます。
最初にこの電車に乗った時には駅名に驚いたものだ。

香取神宮は、全国の香取神社の総本山であり、最強の武神の一人である「経津主(フツヌシ)神」を祀っています。
しかし、鹿島神宮の建御雷(タケミカヅチ)神に比べると、この経津主神は、少し下に従えられているように見えます。
これはどうも、国譲り神話には同じように登場しますが、経津主神が物部氏の祭神であったのではないかということと関係しているようです。

現地にはいろいろな説明はあまり置かれていません。
またホームページも詳しく書かれていないように思います。

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立派な楼門を入ると正面に拝殿とその裏に本殿があるのですが、拝殿は修理中のため工事用のシートがかぶせられて全容を見ることができませんでした。

この修理は5月頃から行われ、拝殿は夏いっぱいでその後本殿の修理が行われるといいます。
今は拝殿は終わって、本殿の修理中かもしれません。

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それでも拝殿内には入れます。正面に(神器の)鏡がおかれています。
しかし、国宝「海獣葡萄鏡」は宝物殿の中でしょうか?

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修理中ではありますが、修理の終わった柱や各種飾り付は一部が見て取れます。

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こちらは拝殿に向かった右手にある「祈祷殿」です。

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祈祷殿の奥の方に社務所があります。

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祈祷殿を正面から見たところです。

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拝殿の左手です。
朱色の建屋は「神饌(しんせん)所」(御供物を格納する場所?)で、その前に3本の杉の大木があります。
「三本杉」と呼ばれているようです。

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砂山。 このような砂山はあちこちの由緒ある神社に築かれることがあるようですが、一般的な解釈では「立砂」と呼ばれて、神様が降臨した場所をさすと言われています。
ここには説明がありませんが、同じような意味でしょうか。

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「練習艦かとりの錨(いかり)」
昭和45年から平成10年までの28年間、海上自衛隊練習艦「かとり」に使われた錨を名前にゆかり深いこの神社に奉納されたもの。横に∮3120と鋳込まれた文字があった。

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こちらは本殿。本殿はこの時はまだ修理工事はされていなかったが、この後行う予定になっていると聞いている。

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「元禄13年(1700)造営 重要文化財」 立派な造りである。

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香取神宮 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/11/01 18:45

1000回記念

 このブログも今回でとうとう1000回(815日)目の記事になった。

自分探しの旅の一つとして始めたこのブログの二つ目の目標が達成できました。

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最初の目標は「1年間欠かさずに何か書いてみること」、2番目が「1000件の記事を続けて書くこと」です。
そして次の目標は「3年間の連続投稿記録」です。これでブログは目標達成です。

でも、これは来年8月10日までやらねばならないといけないので、まだ大分ある。

”頑張れ! ファイト!”(汗)

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そうなんだよね。

こんなのって全くの自己満足だよね。

「1年間の皆勤賞」「1000回続けたら良いことが起こるかも」「石の上にも三年!」

武者小路実篤の「馬鹿一」みたいなのって今ではもう陳腐化したことばだよ。

コツコツやることなんか馬鹿らしくてやっていられない時代になっているのは分かっている。

でも。

自分が書いていることに少しでも関心を持つ人が どこかに一人でもいてくれたらそれでいい。

普段あまり振り向かれることのない場所に行ってみて「ハッ」とすることがないかな。

そうするとね。

「何か書いてくれ!」って言われてるみたいなんだ。

なんだかな~

こんな気持ちは、家族の事などあまり振り向かず、毎晩遅くまでガムシャラに働いてきた若い時には感じなかったよ。

今はこんな時間が持てることに感謝だ。

まだまだ第二・第三の自分探しの旅の途中さ。

きっとまた新たな自分が見つかるかもしれないから。

これからも 明日に希望を持って次の目標を目指して行きたいな(♡)。
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あいさつ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2012/11/02 18:23

香取神宮(5)

 1000回目の記事を間に入れましたが、香取神宮の記事も5回目となりました。とりあえず最後です。

楼門をくぐり、この門につながった壁のしたには拝殿などを眺められる長椅子も置かれています。

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拝殿は修理中で布が被されています。向こうに見えるのは神札授与所でその奥が宝物館です。

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この神札授与所前の境内には御神木の大杉があります。

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楼門の左手奥には「木母杉」があります。

楼門外側の反対側に水戸光圀が寄進し手植えした桜が植えられていましたが、こちらの杉は神木の杉よりも古く、貞享元年に光圀が参拝した時に、その大きさに感銘し、他の杉に比べて最も老木の杉であったため、この宮地ですべての杉の母であるとして「木母杉」と命名されたといいます。

しかし、当時は四丈五尺ほどの太い杉であったが、現在は枯れてしまい、寄生した他の樹叢が大きく枝を広げ上に伸びています。

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本殿はやはり装飾も綺麗で威厳があります。

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本殿の東側には校倉造りの「宝庫」がありますが、震災の影響でしょうか、縄で傾くのを支えているようです。
奥に見えるのが「宝物館」です。ここに250円切手に使われている木の狛犬が保管されているのだと思います。

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興味深い境内社がいくつかあります。これは「匝瑳神社(そうさじんじゃ)」です。
千葉県に平成の合併で匝瑳市が誕生しています。
ここから旧・匝瑳郡匝瑳村大字生尾の老尾神社(匝瑳神社・祭神:阿佐比古命)に分祀されたと伝承されます
「匝瑳(そうさ)」という名前はとても興味深い名前で、ここ総(ふさ)の国にもたらされた布(麻)(布佐)でも狭布佐(さふさ)=美しい布の意味があるようです。
残された記述では、5世紀末から6世紀始めに、畿内の豪族であった物部小事(もののべのおごと)が、坂東を征服し、勲功によって下総国の一部を与えられ匝瑳郡(そうさごおり)し、その子孫が物部匝瑳(もののべそうさ)氏を名乗ったことが始まりとも言われているそうです。

ここ香取神社にこの「匝瑳神社」があることは注目しても良いと思う。
また匝瑳市にある匝瑳神社(老尾神社)はこの香取神社の匝瑳神社から分祀されたようです。
老尾(おいお)神社の祭神である阿佐比古命は香取神宮の祭神「経津主命」の御子神とされているようです。ということはやはり総(ふさ)の国は物部氏の領地だったのでしょう。

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もう一つ気になる境内社「鹿島新宮」です。祭神は鹿島神宮の祭神「武甕槌命(たけみかづち)」と 天隱山命(あめのかぐやま)です。どのような神様なのでしょうか?

「匝瑳神社」と「鹿島新宮」の中間に子安信仰の祭神である「木花開耶姫命(このはなさくやひめ)を祀る「櫻大刀自神社」があります。

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内側の境内の外側には六所神社などもありますが、帰りに神社の森の外側にある道に出ました。
そこにあったのが「姥山神社」です。祭神は一言主命です。

調べてみてもわからないことがたくさんありますが、これくらいで一旦終りとします。
最後に参道を離れ、神宮の山を巻く道を歩いて見ました。
ここも高台になって神社を祀るのにふさわしい場所だったのでしょうね。

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香取神宮 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/11/03 18:01

いしおかサンド(2)

 石岡市内の「まちかど情報センター」に立ち寄りました。
入ると目の前に美味しそうな「いしおかサンド」がショーケースに入って目の前に!

思わず一つずつ買って来ました。

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買ったのはこの三つ。

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左の二つは柿岡の土田製菓さんの「クリームドーナツ」
二種類あり、一つはイチゴ、もう一つはブルーベリーです。石岡産のイチゴジャムとブルーベリージャムを使っているそうです。

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こちらは同じ柿岡の老舗の菓子店銅山堂さんの「収穫の月」です。
「春夏秋冬のフルーツを使ったクリームやアイスをそば粉を使ったダックワーズでサンド」と書かれていました。

このサンド美味しいです。今までにない食感がいいです。
そば粉が入って、そばの実を乗せた生地にブルーベリーとクリームアイス。
冷凍庫に保管しておかねばならないのが売りにくいですが、一度食べてみてください。

石岡産の生地はそば粉を使い、中にサンドされているのはブルーベリージャムを上下に乗せたクリームアイスでした。

早速柿岡のお店を見に行ってきました。
この柿岡街道(県道7号線)の旧宿場町沿いの短い通り沿いに今回のいしおかサンド加盟店が4件あるんです。

旧石岡市内もお菓子屋さんはとても多いのですが、旧八郷町の中心地である柿岡もたくさんあります。
それも皆美味しそうなんですよ。

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土田製菓店さんです。八坂神社のすぐ近くです。
同じ建物の中に「FUJIYA」「土田製菓」「新宿中村屋」の三つの看板が並んでいました。

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こちらは銅山堂さんです。
この店はこのあたりでは名前は知れていて、オリジナル菓子作りでいろいろな賞をとっているようです。
有名なのは「小判石クッキー」かな?

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柿岡の市街地の通りも趣のある家が多いです。
銅山堂さんのとなりもかなり古い門構えの家です。

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いしおかサンド | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/11/04 16:50

諏訪大神(千葉県東庄町)

 香取神社を5回に分けて紹介してきましたが、周辺で少し気になるところを紹介していきたいと思います。
まずは、香取神宮から銚子の方に利根川を下ると小見川(現香取市)を過ぎて、少し銚子寄りに「笹川」駅があります。
ここは香取郡東庄町です。
国道356線(利根水郷ライン)の「東庄交番前」の信号の手前に大きな神社があります。

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かなり明るく広い境内です。諏訪神社と呼ばずに「諏訪大神(だいじん)」と呼ばれているようです。
正面が拝殿です。

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神社に書かれている「由緒沿革」を下記に抜粋します。

 当社は御創祀は大同二年、坂上田村麻呂将軍が東夷征伐の砌、武運長久、海上安全を祈願し、勧請されたと伝えられ、以後承平二年、下総国守大江維時(これとき)の社殿造営、元暦元年、源頼朝の社領寄進、文治元年、千葉氏の社領寄進、建久二年、東重胤(とうしげたね)の社殿造営、社領寄進がありました。享保二年、神階正一位に叙せられ、明治四十二年郷社に列せられました。

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坂上田村麻呂の大同二年の創建はどこまで事実かはわかりません。
この時期にたくさんの神社ができています。
でもその後の発展に多くの歴史が眠っていそうです。

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この神社の祭神は諏訪大社の祭神「建御名方命(たけみなかたのみこと)」と事代主命(恵比寿さま)、大国主命(大黒さま)です。
この地を開発してきた大和朝廷の皇室にゆかりの神社です。

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本殿の造りも香取神宮、諏訪大社、出雲大社などと同じ流れを汲んでいるようです。

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神社境内にある「神楽殿」と「相撲土俵」

春(4月)には伝統の神楽(笹川神楽、十六座)が奉納される。

秋(7月)には地域の力自慢やちびっこによる相撲大会が行われ、伝統の山車の引き回しも行われる。

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「神楽殿」です。春の例祭で県指定無形文化財の笹川の神楽が披露されます。

文明7年(1475)、東常縁により、総社信州諏訪神社の神楽と混合した形で、笹川の神楽が誕生。猿田彦大神(天狗)、乙女の舞(おかめ)など16面によって構成されており、諏訪大神の春の例祭(第一土曜日)に、地元の住民によって境内の神楽殿で奉納される。(東庄町商工会HPより)

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「天保十三年七月廿七日(諏訪明神祭禮の日)」の石碑

笹川(岩瀬)繁蔵は相撲の元祖野見宿禰の碑を建立すると共に農民救済を名目として大花会を催した
上州武蔵の大前田英五郎、上州上野の国定忠治、奥州仙台の鈴木忠吉、奥州信夫の常吉、駿州清水の次郎長など天下に知られた親分衆が出席し空前の盛会であった。(天保水滸伝遺跡保存会)

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境内に立派な相撲土俵が作られています。

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ここで出羽海部屋の夏合宿が今でも行われているようです。

相撲にとってはここでの歴史を振り返ってみるととても大切な場所のようです。
「天保水滸伝」講談や浪曲では有名で名前は聞いたことがあっても、私を含め今では知る人も少ないでしょう。

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境内の一角にここ東庄町観光協会の建物があります。
「天保水滸伝遺品館」となっています。

ところで「天保(てんぽう)水滸伝」ってどんな話でしたっけ?
中国の水滸伝はまあまあ知っていますが・・・・

東庄町のHPより

「利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟」
浪曲や講談で有名な「天保水滸伝」は、土地を潤す利根川と共に、昔から語り伝えられてきた東庄が舞台の、笹川繁蔵と飯岡助五郎、二人の侠客の勢力争いの物語。

となっていますが、天保15年(1844)にあった笹川一家と飯岡一家の大乱闘「大利根河原の決闘」などが伝えられて国定忠治の話などとともに講談や浪曲で伝えられてきたもののようです。

まあこのような任侠話しは娯楽の少ない時代にそれなりに世の中に受け入れられてきたのでしょう。
利根の決闘では勝利した笹川繁蔵でしたが、その後賭場帰りに、飯岡側の闇討ちにあい殺害されてしまいました。
知らなくてもいい話かもしれません。

笹川繁蔵の碑はこの神社の裏にある「延命寺」にあります。



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小見川・東庄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/11/05 18:44

神崎神社(1)

 茨城県の旧稲敷郡桜川村や江戸崎町(現稲敷市)を稲敷散歩として紹介したことがあります。
この時は、古東海道の面影を追って「我孫子」-「布佐」-「龍ケ崎」-(信太郡)「稲敷市」-「美浦村」-「かすみがうら市」のルートを考えていた。

しかし、旧江戸崎町や桜川村を散策すると利根川を渡って千葉県(下総)側からの影響がかなり感じていた。
そして、香取神宮とともに気になる神社があることに気がついた。
それがこの神崎神社(こうざきじんじゃ)だ。

美浦村から国道125号線を東に走らせると、小野川を古渡(ふっと)でわたり、しばらく行くと阿波(あば)にアンバ様と親しまれている天狗の神社「大杉神社」があります。
この神社も全国の大杉神社の総本山で非常に興味深いのですが、そのまま進むと幸田の信号で県道と合流して左に曲がって、利根川沿いを走り、まっすぐ行くと銚子の方にでる。
しかし、左に曲がってすぐ右に曲がるとそのまま利根川を渡る神崎大橋に出る。
この神社はこの橋を渡った左手の森に鎮座している。

昔、総の国から常陸の国にわたってきた時にはこのあたりが常陸国への入口になったように思う。
この神崎神社という古社には何かあるに違いないという気がしていた。

常陸風土記の信太郡に次のような文章がある。(前にも書いたことがある)

諺に、「葦原の鹿の味は、腐ってゐるやうだ」といふ。
山の鹿の肉とは味が違ふ。だから下総との国境の狩人たちにも、獲り尽くされることはあるまい。

葦原は日本の昔の国のことをさすが、この常陸国も葦原と呼ばれていたとも解釈できる。
そして、そこに下総から狩人がやってくる。狩りの獲物はなんだろう。この鹿は?

いろいろな解釈ができそうだが、国境の場所として私が目をつけたのがこの神崎神社というわけです。

江戸時代にはこの下を流れる利根川は水運の大動脈であった。

  「ここは神崎 森の下 梶をよくとれ船頭どのよ
   主の心と神崎の森 ナンジャモンジャで気が知れぬ」

この神社下を流れる利根川を通る船の船頭には大きな森が目印となっていたのです。
ナンジャモンジャはこの神社にある大きなクスの木の名前で、水戸光圀の言葉でつけられたそうです。
こちらは後から写真でも紹介します。

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車の駐車場は神社の左手から回ったところにあるが、神社への入口参道は市街方面(東)に少しいった通り沿いにある。
ここに鳥居と一対の狛犬がいる。神社の拝殿にはこの階段を上って森の中を進む。

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森に入って少し行くと開けた広場に出て、左に境内社(三峯神社)があり、また拝殿まで石段を上る。

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この階段の途中に古びた狛犬がまたいる。この狛犬は気になる狛犬だ。
沖縄のシーサーなどに近い姿のように思う。

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右手の狛犬をアップした写真。

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左手の狛犬の姿だ。これはどちらが阿形か吽形かわからない。区別はないのか?

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階段を上りきったところにまた左右に狛犬がいる。こちらもかなり貫禄があるおもしろい形だ。

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これが拝殿です。右手に「なんじゃもんじゃの木」があります。(紹介は明日へ)

拝殿手前にも狛犬がいます。
4種類の狛犬がすべて違った姿なのも興味を引きます。

調べていたら欄干のところにも隠れたように狛犬が配されていたそうです。見落としました。

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神社の説明は上の案内板を読んでください。
白鳳時代については英語の方で673-685年となっています。

神社側の説明によれば「白鳳二年二月朔日、常陸国と下総国の境、大浦沼二つ塚より現在の地に遷座した。」となっています。
大浦沼がよくわかりませんが、利根川と新利根川に挟まれた中洲(茨城県側)に大浦と東大沼という地名が見られるのでこのあたりなのでしょう。
この中洲ではあまり高いところはないと思います。

そこの小山に下総と常陸の境界として神社が祀られたのではないでしょうか。

そしてここから現在地に移された神社も平安時代ころは「子松神社」と呼ばれていたようです。

祭神は天鳥船命(アメノトリフネ)、少彦名命(スクナヒコナ)、大貴己命(オオナムチ)、面足命(オモタル)、惶根命(カシコネ)です。

少彦名が祀られていることに興味が湧きます。また天鳥船は船の安全を祈って祀られたのでしょうか?

昭和10年にこの神崎の森は千葉県の天然記念物に指定されています。
ナンジャモンジャの木は国の天然記念物です。

(明日へ続きます。)



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香取地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/11/06 18:51

神崎神社(2)

 今日は立冬だそうですね。
朝はかなり霧が濃くたちこめて幻想的でした。気温が上がったのでしょうか?
比較的昼間は暖かかったですね。私はどうも体調不十分です。
まあ、早めに暖かくして寝たいと思います。

 さて、神崎(こうざき)神社の2回目です。

神社の森は昔はすぐ下を利根川が流れていたと考えられますが、今は川の土手に新しい利根水郷ラインの道が走っています。昔の水郷ライン(356号線)は神社脇から街中を走り、佐原で合流します。

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神崎神社の拝殿。三つ巴の紋がついてます。 これは火災よけ?

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(サムネルです)

これが神社で有名な国の天然記念物である「神崎の大グス」=なんじゃもんじゃです。

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名前の由来の説明は上の説明文を読んでください。

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(サムネルです)

かなり大きいです。途中で切ったそうですが、そこ脇から今ではこんなにも大きな木になっています。

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(サムネルです)

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こちらが本殿。

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この神社はこの森の頂上に作られたものです。
いつからこの山にあるのかはよくわかりませんでした。
平安時代かもしれません。

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明治40年に火災にあった跡が見て取れます。

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香取地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/11/07 19:09

神崎神社(3)

 神崎神社(こうざき)のある神崎町は隣の香取市や成田市とは合併しない小さな町です。
合併した隣接の市の面積は10分の1以下で、人口も6~7千人程度です。
そして、この町には成田線の「下総神崎」駅があります。
この駅は成田線が開業した明治31年から昭和32年まで「郡駅(こおりえき)」と言いました。

香取神宮や佐原からは30km位は離れています。香取郡の東端に位置します。
今でも「郡(こおり)」という地名が残ります。

神崎神社を巻くように東側の道をはいると駐車場があり、こちらからも登ることができます。
その駐車場手前に神社がありました。

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「八坂神社」と書かれています。

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昔はやはり天王社と言っていたようです。

スサノオとクシナダヒメを祀る神社とも書かれていますが、これも明治維新の廃仏毀釈で八坂神社に改称した時にこのようになったのでしょう。
昔は牛頭天王を祭っていたのでしょうか。
あちこちの神社で同じような事象が見受けられます。

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神崎神社の雰囲気に合わせたためか、かなり凝った屋根構えです。

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上の神社境内の隅に置かれた歌碑
「新酒のかをり・・・・・・・・??」

この地も酒造りが盛んだったのでしょう。

調べてみると元禄二年(1689)創業の酒屋(鍋店株式会社)がこの神崎(神崎酒造蔵)にあり、成田山新勝寺の前に店を出していた。(清酒「仁勇・不動」)
酒造蔵見学もできるようです。

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駐車場からの参道です。こちらは車がはいれるようになっているのでしょう。

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昨日紹介した狛犬のいる階段手前にある境内社「三峯神社」です。

さて、この神崎町は千葉県香取郡ですが、利根川が県境になっています。
そのため橋を渡るとそこは茨城県になります。

すぐそばに十三間戸(じゅうさんまど)という地名が、川のこちら側と向こう側にあります。
これは利根川の流れを変えた時に町が分断されてしまったようです。

茨城県側は河内町となっていますが、この河内町昔の地域として千葉県(下総国)だったところと常陸国だったところが混在しているようです。

どうやら県境がこのあたりで行ったり来たりしています。

十三間戸という変わった名前が気になりますが、ここには室町時代の仏像が残されています。
また「間戸(まど)」は今の窓の意味で、日本は昔は柱の間を仕切るのは格子戸や襖戸などで仕切っていました。
十三間戸というと、十三の仕切られた部屋が連なる長屋風の建物があったのではないかと名前からは想像されます。

室町時代に奈良に鎌倉時代に作られた北山十八間戸(けんと)がありますが、これはハンセン病(ライ病)患者をここに隔離して救済するための施設でした。

何か関係しているのか?

今のところ全くわかりません。また調べてわかったら報告したいと思います。

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香取地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/11/08 19:17

小松寺-平重盛の墓(1)

 今日はニュースで日本直販の破綻の話をしていた。
儲かっていると思っていたが、違ったのですね。

今日昼間、久しぶりに家にいたら、理由のわからないテレビ局という人から電話があった。
このブログで本を出しているのを見て、それをテレビショッピングで紹介したいというのだ。
本ではなくDVDだと思っていたようだが、よく聞いてみれば出すのは有料らしい。

たくさん売れるわけのないこんな本やDVDなどを見つけて電話してくるのだから、こんな話に飛びつく人もいるのかもしれない。
もちろんお断りしました。「出すだけの広告料を取られて終わり」で終わるのは目に見えている。

やはり日本全体に思ったより景気が悪いのかもしれない。
借金してお金をばら撒いて、一時的に数値を上げ、ごまかしている。
新たな仕事を生み出さずこのままなら何時になっても浮上しない。

田中大臣の言うことも一理あるが、やることの順番がまったく違う。本末転倒だと思う。
現在の大学で中学生程度の復讐をしないと大学の学問に全くついていけない生徒がたくさんいるそうだ。
これなど卒業させても資格が価値がないものだから、就職もできない。
世の中にそんな若者があふれてくる。

しかし、これは大学の数を減らすことで対応するのはおかしなことだ。
基準を決めて、補助金を出さなくすれば済むことだと思う。
全くおかしなことである。

さて、愚痴やため息は命を削るカンナ(鉋)と言うようなのでいつもの話題に入ります。

 先日御前山から袋田の方に行く途中の城里町に平重盛の墓があると聞いていたので、立ち寄った。
場所は朝房山(常陸風土記に出てくるクレフシ山と言われる)の裏側、藤井川ダムの少し北側に当たる。

平重盛は清盛の長男で跡を継ぐはずであったが、先に死んでしまった。
もし生きていれば平家は滅びなかったかもしれないなどと言われてもいる。

各地に平家の落人伝説はあるが、ここもそのひとつに過ぎないのかもと思っていた。
しかし、ここに残されている話を聞いてみると、もしかしたら本当ではないかとも思えてくる。

小松寺の名前は重盛が六波羅小松第に住んでいて「小松殿」とか「小松内大臣」と呼ばれていたことに由来するそうだ。
この寺のある地域は「小松」と呼ばれている。
 
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県道52号線を水戸方面から北上すると最近できた「水戸サテライト」を過ぎて少しいったところが「小松」の信号がある。
その信号を左(西)に曲がって少し行くと大きなしだれ桜が2本見えてくる。

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ここが小松寺である。

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寺へはこの入口から石段を登ると、両側に木々が聳える長い参道が続く。

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参道を進むと先に立派な唐門が見える。

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唐門はこのように屋根が兜のような姿で格好が良い。
しかし、唐門(からもん)は鎌倉のお寺でよく見るようなので、鎌倉時代からあるのかと思っていたが、どうやら室町後期頃から造られ始めたようだ。

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(現地の説明板より)
唐門(両唐破風中爵門)
 京都小松谷にあった平重盛邸の勅使門を模造した建造物で、常陸大掾(だいじょう)義幹(よしもと)が建久二(1191)年に寄進したと伝える(寺伝)
特徴としては本柱が円柱、控柱が角柱で、柱の下に礎盤がある。柱の上部には精巧な籠彫が施されており、扉は桟唐戸である。建築様式上からは「向う唐門」という。

 昭和47年12月27日 町指定建造物に指定された。  城里町教育委員会

どうもこの説明はしっくりしない。 
唐門は安土桃山時代から江戸時代に多く作られているようで、日光の東照宮も唐門である。それも中国の唐のことではなく日本で考え出されたという。
きっと1191年に出来た時とは形が変わってきているのかもしれない。

問題は常陸大掾義幹(よしもと)だ。
彼は多気大掾最後の人物で、石岡ではなく屋敷は多気(つくば市北条)にあった。
前に多気太郎として大きな五輪塔を紹介した。(こちら

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ここに平重盛の墓がある理由は上の説明を読んでください。
信じる信じないはそれぞれの思いのままに!

重盛は清盛の死ぬ前に病でこの世を去った。42才だったという。

墓などは裏山にあったのでこの続きで紹介します。



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城里町 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/11/09 19:14

朝日トンネル開通

 昨日の小松寺の続きを書く予定でしたが、1本記事を挟むことにしました。
もし記事を待っていてくれた人がおりましたら、申し訳ありません。明日書きます。

土浦市小野と石岡市朝日との間にある朝日峠下を通る「朝日トンネル」(1784m)が11月12日(月)15:00開通となります。

それに先立って本日ウォーキングでトンネルを歩く催しが行われました。
あいにく昼過ぎまで用事があったので、午後2時ころに見に行ってきました。

今日の午前中は、今月から正式入会した「ふるさと風の会」(こちら)機関紙の印刷製本を手伝い、無料配布場所を新たに開発するために、このトンネル開通で近くなる土浦市の「小町の里」とつくば市北条地区の「北条ふれあい館」に10部ずつ置いてもらうようお願いに行きました。

また、12月1・2日に石岡市柴間のギター文化館で行われる「ことば座」の定期公演(pdf:こちら)の小さなパンフレットも貼ってもらうようにしました。

どちらも快く引き取ってもらいました。やはり筑波山を越えて東京寄りに連携範囲を広げないと、こちらの人たちがおとなしいのか、関心がないのか、さっぱり反応が薄い気がしています。

機関紙(会報)はネットで読むこともできますので関心があれば読んでみてください。
今月から私もひとつ記事を書いています。
ブログを書くのと比べると慣れないせいかまだ四苦八苦しています。

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まずは「小町の里」です。
今日はこのトンネル開通前のイベントでたくさんの人が訪れていました。

小野小町の伝説が残る里として、かなり遠くからもバスもやってきます。
石岡側にこの小野小町がやってきた北向観音があり、小町伝説が残されていますが、こちらは駐車場がなくとても困った状態です。
しかし、この石岡側の北向観音のあたり(仏生寺、小野越)の里山風景がとても好きです。
山桜がひらひら舞う時期は最高です。
トンネル開通するのですから小さくてもいいので駐車場くらい何とかして欲しいものです。

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小町の里は大きな水車が目印で、そば粉を引いているのかもしれません。蕎麦が名物となっています。
お米も北条地区と同じように美味しいですよ。
石岡はこの山の向こう側になります。

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ここ小町の里はもう一つ「パラグライダースクール」があります。
素人も指導を受けて空を飛べるようになります。(こちら

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こういう風に風を受けて飛び立つ練習をしています。
奥に見える少し高くなったところを走る道路の左手が「朝日トンネル」です。

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写真のコスモスの右手広場がパラグライダーの練習場で、正面が小町の里です。
そして、その奥の山は筑波山に続く尾根道(昔は有料、今は無料)が走り、途中から向こう側に降りれば石岡市八郷地区になります。

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これが、土裏側のトンネル出入口です。左手に小町の里があります。

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こちらは反対側(石岡側)の出入り口です。
今日はトンネルを歩くイベントが開催され、茨城県フラワーパークからこのトンネル入口までバスを走らせていました。

午後3時過ぎでしたので、歩く人も終わりの時間でした。
このバスが最後だったようです。

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さて、トンネル内部です。
左側の壁側は人がひとり歩けるくらいの幅があります。
右側には少し高くなった手すりがついた歩道?があります。一人で歩く幅はあるようです。

受付をしていた係りの人に聞いてみました。

今日の参加人数はどのくらいだったのですか?
・・・ 石岡側からの人数が大体2000人くらいです。

自転車はトンネルを走ることはできますか?
・・・ 走れるけど少し危ないかも・・・。

自転車用のレーンを付けてくれたらいいのに。
・・・????

ということで、自転車は通ることはできるけど、車道は危険があるかも。 とのことです。
脇の歩道を歩く人はほとんどいなそうなので、人がいなければ脇を走っても良さそうです。
1.8km弱の距離ですから、ゆっくる走れば大丈夫でしょう。
でももっと考えて欲しいですよね。
このあたりは今やサイクリングの人はいつもやってきていますので。

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トンネルから八郷方面を眺めたところです。このあたりの里山は捨てがたい魅力に溢れています。
日本の里山100に選ばれているところです。

今後のイベントですが、11月24日(土)に県立フラワーパークが無料開放されます。
そしてその前の広場でトンネル開通を祝して「しし鍋」や「筑波路そばまつり」などが開催されます。

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(サムネルです。クリックで大きな画像を表示します)

トンネル上の峠道を今日は通りましたが、この道も今は景色がいいです。
下に広がるのは八郷の里山です。下から霧が湧いてきていました。
奥に見えるのは吾国山から難台山などの山並みです。

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(サムネルです。クリックで大きな画像を表示します)

山も大分色づいてきました。



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地域振興 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2012/11/10 17:31
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