八郷の里山(1)

 高い山から紅葉もこの八郷里山にも下りてきています。
遠くに行かなくてもこの里山風景を見るだけでホッとします。

都会の雑踏に疲れた時、ぜひ一度「日本の里山100選」に選ばれているこの地に足を向けてみませんか?

そこには昔からどこにでもあった日本の田舎の風景もたくさんあります。



(写真はすべてサムネルです。クリックで大きな画像を表示します。)
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いつの間にか献上柿で有名になり高くなった柿など地元でもなかなか手が出ませんが、普通に街道沿いで売られている柿は安くても甘くて美味しいです。

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この時期はほとんどの柿農家も収穫を終えて、残っているのは少なくなりました。
この1角だけが残っており、道路沿いにお店を出して売っていました。

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柿のある里山も今は黄葉と残った柿の実が調和する風情を漂わせていました。

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柴間の「ギター文化館」です。
スペインのフラメンコギターの巨匠マヌエル・カーノの世界のギターのコレクションの寄贈を受けて、展示保管をするために1992年に建てられた施設です。

このドーム型の中央で演奏するとその反射音が中央に集まるため、世界のギター演奏家にも注目されている施設です。

しかし、この地元での知名度は今ひとつ足りません。

しかし、朝日トンネルが開通しましたので、少しずつ風穴が開いてくると思います。

今日と明日、この場所でことば座の定期公演が行われます。
「常世の国の恋物語百」の第31話「涸れた龍の涙」を初めてクラリネット奏者「橋爪恵一」さんとのコラボが実現しました。(詳細PDFは → こちら

12/1・2 の2日間行います。お時間と興味のある方はお出で下さい。
当日十分OKです。
午後2時開場、2時半開演です。

今回は東北被災地で津波などで汚れてしまった着物を洗濯して四角の布にしてつなぎ合わせた「タベストリー」を展示し、その中で演技をすることになっています。

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最近天気が悪く、紅葉もどんよりしてしまいましたが、里山は今いろいろな色に染まっています。

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山の左側が部原(へばら)集落で、この山の麓を通って、右側の峠を越えて真家地区に行く。
この道が江戸時代の筑波参拝の道「瀬戸井街道」だったと思う道だ。


里山の風情 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/01 10:20

八郷の里山(2)

 本日2本目です。

常陸大子はSL列車が走ったはずですが、袋田の滝は雪が降っていたようです。

こちらでも今日は昼過ぎまで冷たい雨が吹き付けるように降っていました。

この中、2時半からギター文化館で行われることば座の定期公演会に出かけたのですが、家を出る頃には雨が上がり、薄っすらと日も差してきました。

家から車で15分くらいで到着できるのですが、雨が上がった里山に下から雲が徐々に切れて山がとても綺麗でした。

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山崎南の交差点付近から筑波山と加波山方面を見たところです。
山の上にはまだ雲がかかっていますが徐々に雲が上がってきていました。

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前に「ギター文化館通り」と勝手に名づけた高台を走る通り(昔の宇都宮道、又は瓦会道と呼ばれていたと思われる)から対岸の山「鐘転山(かねころばしやま)」の黄葉が見事でした。
先程まで雨で何も見えなかったはずです。

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奥の山は「吾国山」(あがくにさん:ヤマトタケルがここに登って、ここまでが我が国だと叫んだとされる名前です)や「難台山」(なんだいさん:天狗小僧虎吉が最初に連れてこられた場所です。南北朝時代に激戦があった山でもあります。

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今日午前中に紹介した柿などの写真は、この下の道から写したものです。(ギター文化館の庭から風景)

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ギター文化館に到着したのが開演ギリギリでした。
第1部の公演を終えて、ギター文化館の喫茶室から外を眺めました。
いつもきても素敵な場所です。

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第2部は「涸れた龍の涙」です。
龍神山の龍を題材に書き下ろした脚本も、今回で4本目になりました。(龍は今回が最終章だそうです)

今、龍神山は龍が帰れない山になってしまいました。
1500年前よりここに住んでいた龍は涙を流していたのでしょうが、涙も涸れて、龍の生まれた何億光年も先の星に帰って行きました。

人のエゴが無くならない限りこの国には住めないと・・・・。

窓から見える鐘転山に龍が天に向かって立ち上っていく様子が見えたのでした。

今日の公演はよかった。

柏木さんのダンスはすごいですね。さすがに伊藤道郎の門下生です。
今日は親友のモデル「山口小夜子」の追悼の舞も見せていただきました。

いつまでも心から離れないと思います。ありがとうございました。

明日も公演があります。ご希望の方は2:30開演(3000円)です。

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里山の風情 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/01 18:22

常世の空を泳ぐ大龍

 昨日はギター文化館で小さな龍が山から上っていったが、今日は朝から晴れてここ常陸国の上を一杯に龍が泳いでいた。

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家の近くから空を撮った。これは本当に龍だ。

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普通のレンズでは入らないので貼り合わせてみた。
クリックすると拡大します。

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恋瀬橋(6号国道)から石岡方面を見たところ。

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これは反対側。

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恋瀬橋より左側が筑波山。右手前の山が真ん中を削られた「龍神山」です。

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筑波山はこのあたりからがもっとも姿が良い。

 ○ 白雲の蒲團の中につゝまれてならんで寐たり女體男體 (正岡子規)

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霞ケ浦の自然 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/02 14:44

ことば座定期公演

 本日2本目の記事です。

 昨日今日の2日間石岡市柴間のギター文化館で聾唖の俳優「小林幸枝」さんのことば座定期公演が行われました。

この会のサポータも少ししているので少し紹介させて!。

会のホームページ作成などをサポートさせていただいています。

今回の公演内容をスライドにしています。よければクリックして見てください。

なお、今回BGMは公演の内容と関係のないものです。クラリネット奏者の橋爪恵一さんとピアノ演奏の山本光さんの演奏はともに素晴らしかったのですが、ここで載せることができませんでした。
イメージと違ったBGMとなってしまったと思います。ここにお詫び申し上げます。

クラリネットの音色はこのギター文化館のドーム型のホールによく合います。
ギターだけでなく、ピアノやクラリネットなどもみな素晴らしい音でした。
(ここに再現できないのは残念です)

 1、「恵みの詩」  → こちら

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  モダンダンスの柏木久美子さんと手話舞の小林幸枝のコラボレーション
  「人はさらさらと流れる言葉を聞いたとき、心もさらさらと流れ出す」

 2、「二つの祈り」  → こちら

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  日本のダンスの草分けである伊藤道郎の門下生、柏木久美子さんが道郎のナンバーを舞います。

 3、「小夜子の夜」  → こちら

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  亡き友・山口小夜子を追悼して、綱谷厚子の詩(朗読:しらゐひろぢ)「小夜子の夜」を舞う。

 4、「涸れた龍の涙」  → こちら

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  ことば座定期公演「常世の国の恋物語百」第31話 です。

  二千年に亘って常世の国を見守ってきた龍神山の龍が自分の星に帰る。
  「この国に流す涙は枯れてしまった」

<お知らせ>(石岡近隣にお住まいの方へ)

出前落語「東屋夢助」(北海道函館からの出前落語です)
12月4日(火)19時開演  無料です。 昨日開催が決定しました。興味のある方はどうぞ。
(20-30人程で満杯です)
場所:みんなの広場(石岡市府中1丁目4-8)

出前落語



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ことば座・風の会 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/02 17:29

善慶寺(石岡市柿岡)

 2~3日前に常陸大宮市の長倉宿を紹介して、すぐ次にこの記事を書く予定でしたが、ことば座の紹介記事が入り少し空いてしまいました。

長倉氏は源氏の新羅三郎系列の佐竹氏直系(佐竹行義)の次男(?)が1317年に長倉に来て城を建てたことから始まる氏族です。
そして、この長倉城を建てた時に現在「蒼泉寺」の建っている場所あたりに現在石岡市柿岡にある善慶寺を建立したと言われている。

1590年常陸国をほぼ統一した戦国武将「佐竹義宣」のより長倉城主「長倉義興」はここ柿岡(現石岡市)に2320石を所領して、移り住んだ。

その時にここ柿岡城(現柿岡小学校敷地)の麓に善慶寺を移転させたという。

そのため、この長倉氏(佐竹)の菩提寺となるわけだが、長倉義興は些細なことで佐竹義宣に逆らい、慶長4年(1599)常陸太田の正宗寺に幽閉され、1600年4月に死んでしまった。
この当時の状況では毒殺された可能性が高そうである。

これで柿岡の長倉氏は滅んでしまうわけだが、同じ年に、佐竹義宣も家康により出羽石(秋田)へ転封になってしまう。

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現柿岡小学校。ここに柿岡城があった。今はセキュリティが厳しく、一般のひとの出入りが制限されていてこの上に置かれた説明看板を見ることができなかった。
そのため、昔撮った写真を下記に載せておきます。

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説明にあるように、鎌倉期に小田氏の氏族がこの柿岡を領して柿岡氏と称した。
その後、小田氏が滅びると真壁の梶原政景がやってきた。
この梶原政景はとなりの片野の城主太田三楽斎(太田資正)の二男である。

石岡府中の大掾(だいじょう)氏が佐氏により滅ぼされた後にこの柿岡城に長倉氏はやってきたことになります。そして9年間しかいなかった。
一方石岡(府中)は、やはり佐竹義尚が支配し、菩提寺は清涼寺です。(その前にあった清涼寺は1590年の府中陥落の時に消失しています)
こちらも佐竹氏が秋田へ移ったために、実質的には10年ほどしかいませんでした。

さて、江戸時代の柿岡ですが、三代将軍家光の乳母として知られる春日局(稲葉正成の妻)の子供である稲葉正勝が5000石で入っていたが、1623年に真壁5000石を加増されて柿岡藩1万石の大名となった。

この稲葉正勝は徳川家光に可愛がられていたため、次第に大大名になっていきます。
まずは父の後を継いで真岡藩4万石の大名になります。

柿岡藩はこれで真岡藩に組み込まれて廃藩(1628年)となりました。柿岡藩は5年間で消滅しました。

その後、家光に従って稲葉正勝は老中になり、小田原藩8万5千石を得て移り(1632年)、真岡藩は小田原藩の飛び地となり、後に天領(1783年)になりました。

柿岡は正勝が小田原に移った時に天領となったようです。(確認していません)

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こんもりとした台地の上に建つ柿岡小学校の麓に善慶寺はあります。

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長倉氏は滅びましたが、今も善慶寺(禅寺)は落ち着いた雰囲気のある寺として守られていました。

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現地に建つ本堂修復記念碑に書かれていた寺の由来を下記に転載します。

「善慶寺の由来(禅宗 曹洞宗)」
 延元元年(1336年)長倉義春公が現世の安穏を願い大円宗覚禅師(佐竹行義公の三男三好丸)を開山の師として長倉に善慶寺を建立する。文禄年間(約400年前)長倉義興公柿岡城主に任ぜられ長倉家の菩提寺を柿岡に移し本尊釈迦如来を安置す。文禄年間仏殿・法堂・鐘楼・方丈の建立をする。
八世住職益室大和尚のときなり。寛文3年(1660年)本尊の光背文珠普賢獅子像を新造す。文政13年(1830年)現存の本堂新築 天保2年須弥壇内陣彫刻欄間新設す

となっていました。コメントは特にしません。

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歴代住職のお墓のようです。たくさんありますね。お墓を載せるのは失礼とは思いましたが、長く続いてきた証として載せてみました。

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実はこの寺を見学した目的の一つがこのお墓です。
亀の背中に墓石が載っています。この地震で大丈夫だったのでしょうか。

このお墓がサーカス集団「柿岡曲馬団」の柿岡春次郎の墓だと思います。
確か青森出身で荒川春次郎だったと思います。(前に紹介した記事 → こちら

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善慶寺のすぐ裏手(本来は街道からはこちらが表)には古びたお堂がありました。
いつごろ建てられたものなのでしょうか。

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普通神社には奉納額が置かれていますが、これはお堂の板壁に書かれたもののようです。
何箇所か似たようなところも見た記憶がありますが、ここには特に書かれたものは置かれていませんでした。(八郷町史あたりには載っているかもしれませんが見ていません)

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このお堂の向いている方向(写真を撮っている背中側)には柿岡の八幡宮があります。

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もとの入口の方に戻って1枚。右手の高台に柿岡小学校。左手手前の方が善慶寺です。
この周辺も桜の木が多く、春には一斉に咲いて美しい場所です。



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八郷地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/03 19:12

雲照寺(石岡市瓦谷)

 1年ほど前に「瀬戸井街道」と言われた江戸時代の筑波参詣の道を追いかけたことがあった。(こちら

瀬戸井というのは古河の少し西側の群馬県千代田町にある地名だが、ここと水戸をつなぐ街道が瀬戸井街道である。

前回は石岡市の瓦会から水戸までのルートを追いかけたのだが、今度この瓦会から柿岡を通って筑波山の風返峠への道「県道42号」を少し車で走ってきました。

途中瓦谷地区で見た「雲照寺」がかなり雰囲気の良い寺でしたのでまず紹介します。

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(写真はサムネルです)

寺の山門です。古びた門と手前の紅葉に落ち葉がとてもいい雰囲気です。

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(写真はサムネルです)

この門は内側の両側に小屋根がありますので「高麗門」です。
江戸時代に部家屋敷などの門として使われました。石岡の陣屋門も同じ様式です。
小屋根の脇は本来は人が隠れられるような場所として考えられたものだと思います。
外を覗く窓も付いています。

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(写真はサムネルです)

山門を入ったところに梅の木がたくさん植えられています。
この梅の咲く時期にまた来たいと思います。

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寺の本堂です。常明山寶聚院(ほうしゅういん)雲照寺。真言宗豊山派です。

文明2年(1470)に慶阿闍梨によって葦穂村(今の足尾山の麓)に建てられたという。

その後、天文年間に兵火で焼失したが、片野城の城主の太田三楽斉(太田資正)が再建したといいます。

その後昨日書いた柿岡城に来た長倉(佐竹)遠江守が修理したとされるが、慶長年間(1596~1614)に廃寺となった。
しかし、元和2年(1616)に宥岳上人が現在地に再興したとされます。
この宥岳上人はどのような人かは調べたけれどわかりませんでした。

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(写真はサムネルです)

弁財天堂です。昭和60年に法隆寺の夢殿を模して再興したものです。
桐紋が扉についています。昔からこの紋が使われていたのかは不明です。

この寺はこの前後に庭園や各堂宇などを新築したようです。

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(写真はサムネルです)

遠くの山と寺の堂宇や梅や楓の美しい寺でした。
私も今回初めて訪れましたが、驚きました。全体の美しさではかなりのレベルにあたります。

この寺の歴史もかなり古いようですが、途中で廃れた時もありよくわからないようです。
加波山神社などとのつながりや京都醍醐寺三宝院の末寺などとの記述もありますがよくわかりませんでした。



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瀬戸井街道 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/04 20:34

出前落語

 昨日は石岡市内の場所を借りて急遽落語の出前をお願いしました。
昨日は少し疲れたので、書き溜めていた記事をUPし、落語は今日の更新となりました。

東家夢助(あずまやゆめすけ)さんという落語家の方で、北海道函館から日本各地に落語の楽しさを伝えたいと出前落語をされています。

柳家小さんの弟子となって7年間の修行し、前座名:柳家栗之介から二つ目:柳家小三太として活躍するも、真打前に芸に行き詰まり落語をやめて北海道函館に移り住みます。

 しかし、その後函館でも落語を披露して皆の喜ぶ顔や、町の元気になることに少しでも力になればと出前落語を始めました。

今では四国・九州まで呼ばれたところに出張して落語を届けているそうです。

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会場の準備を当日行いました。私は夜だけ少し手伝っただけですが・・・。

高座を準備して、座布団と椅子を並べました。

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夜7時から開演です。20分前くらいですが、まだ2~3人です。

石岡ではギター文化館で毎年出前落語を7年程続けて行ってきたそうです。
今回も川越、石岡、姫路の三ヶ所でやるために、やってきてくれたのです。
そして土曜日の日に、この日なら空いているというので急遽お願いすることになりました。

場所(みんなの広場:更生保護女性の会)をお借りして、セッチングして、ビラを作り街を歩く人や知り合いに頼んだりしました。

席は30人ほどで満席になります。いったい何人くらいの方が来てくれるのでしょうか?

時間10分前くらいに10人以上になりました。

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今泉さんの三味線に乗って、いよいよ小噺の始まりです。

少し話し始めた時に4~5人がやってきました。15人以上にはなったようです。
準備期間がほとんどなく、第1回目としてはまずまずです。
来ていただいた方本当にありがとうございました。

落語小噺の話の途中で、入ってきたので話が途切れてしまいましたが、そこは夢助さん。
ニコニコとして、来てくれて嬉しいとおっしゃってくれました。

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そうそう、中断の時の話の落ちは難しかった。
破れた蚊帳の話で「つるとかめがまいおどり・・」

やはり解説が必要です。
「鶴と亀が舞い踊り・・・・・」「破れた蚊帳を吊ると蚊メが舞い踊り・・・」
落語のオチはその場でわからなくても、後からジワ~と来ることもありますね。

後で、寝るときにフフフ・・ときたり・・・。

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すごく短い小噺をと言ってこんな話を・・・。

「ピンポン~」
「たっきゅうびんです」

すぐにはオチがわからなかった。 宅急便・・・卓球にかけたもの。
うん難しい・・・。

落語を難しいと感じてはいけませんね。
でもこの素晴らしい芸の話術に引き込まれていきました。

話を文章にしても面白くないのですが、話術はこれぞ落語なのです。

お客も男性が結構多かったからかもしれません。人情噺も聞きたかった・・・。

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1部を終わり、今泉さんの三味線。
青江三奈の「長崎ブルース」を三味線で新内流しで演奏してくれました。
これまた江戸の情緒がただよいます。

今の時代は早くなりすぎたし、人情も情緒もどこかに忘れてきてしまっているような。
それを思い出させていただいたように思います。
写真は押せるのはプロの方ではないので控えさせていただきます。

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2部の落語。
酔っぱらいが流しの屋台蕎麦屋にからむ話しでした。

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なかなかの名人芸ですね。

落語をこんなに目の前で聞かせてもらったのは初めてです。
昔、上野の鈴本演芸場に連れて行ってもらったことがあるが、久しぶりです。

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今回夜の8時まで1時間高座をお願いしました。
そして、そのまま夜行バスで姫路に発たれました。
どうぞお元気で、また来年もお願いします。

街の活性化についても、「何もしない」と嘆いてもいられませんね。
少しずつでも自分でできることから行動に起こさなければならないようです。

そんな気がしてきました。

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地域振興 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/05 20:36

西連寺大イチョウ

 行方市の常陸高野といわれる西連寺に樹齢千年近いイチョウの大木がある。
去年も出かけてきたが、12月に入り見たくなって午後少し遅かったが出かけてきた。

(写真はすべてサムネルです)
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入口側の常行三昧会(じょうぎょうざんまいえ)のおこなわれる常行堂と鐘楼の間にイチョウの木が見えてきます。

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2本のみごとな天然記念物に指定されているイチョウの木は樹齢千年ほどであるにもかかわらず枝ぶりも立派です。

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写真左側の「相輪橖(そうりんとう)」は元寇の役の戦勝を記念して弘安十年(1287)に建立したものと伝えられています。国の重要文化財です。

相輪橖の高さも10m程あるのですが、右側の大イチョウは高さ25mほどあるので相輪橖が小さく見えます。

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もうこの時期ですから落ち葉の季節ですね。写真は少し加工してみました。
落ち葉の雰囲気はやはり暗いのかもしれません。厳しい冬がこれからやってくる・・・・

もう40年以上前に、父が会社帰りにレコードを買って帰ってきたことがありました。
レコード店に入ったら、店員から「どんなレコードをお探しですか?」 と聞かれて
「ムードのある曲」と答えたら、店員が勧めてくれたと言って2つのレコードを選んでくれたそうです。
一つは「アルフレッドハウゼ楽団の曲」で、もう一つは「ジュリエットグレコのシャンソン」でした。

枯葉を見て思い出したんです。その父も28年前になくなりました。
肺の機能が低下して・・・。中村勘三郎が亡くなり、急に思い出してしまいました。

では個人的な選曲ですが、枯葉を二人の歌でよかったらお聞きください。

1)まずはイブ・モンタン。 若い時のものもありますが、晩年の方が味があります。世界で160万回も再生されています。



2)ジュリエット・グレコ。現在も80歳を超えても元気で活躍しており、日本にも時々来ているようですが、恋多き女性と言われた昔の映像で。



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霞ケ浦の自然 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/06 12:45

瀬戸井街道(13)瓦谷~柿岡

 今日は大きな地震で驚きましたが、被害もなさそうで一安心です。
まだまだ心配なことは続きそうです。

(今ロンドンにいる娘から電話があった。
向こうでも日本でまた大きな地震があったとニュースになったようだ。
なんでも早くなったね。)

 さて、今では埋もれてしまった筑波参詣の道「瀬戸井街道」の八郷地区内の抜けてしまった部分を追加します。
もう1年も前に紹介していたのですが、途中が歯抜け状態だったので、ルートを勝手に推論してみました。

昨年は部原(へばら)から水戸の手前までを主に紹介しました。
今回は部原から柿岡を通り筑波山への登り口である小畑までの道順を数回に分けて紹介します。

瀬戸井街道2

上記地図の部原(へばら)バス停より水戸方面は、少し今の自動車道より山側の峠越えの道を通り、真家から岩間に抜けて現在の県道30号線にほぼ沿うように水戸まで続いていました。
(前回までの瀬戸井街道は → こちら

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瀬戸井街道は真家地区を通って山越えの峠道を通って、この部原バス停あたりに出てきていたと思います。

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瓦谷バス停の前に「瓦会郵便局」があります。郵便局にとなりには立派なお屋敷が続いています。

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この瓦会のところの信号を左に行く42号線が昔の瀬戸井街道ではないかと思います。
信号の右手前に瓦会郵便局、その先陰に隠れているところに「日笠神社」(こちら)があります。
また、曲がり角の左側にはおそばの美味しい「まんまや」さん(こちら)があります。

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瓦会の信号を柿岡方面に左折すると、このような門構えの家が目立ます。結構大きな家が多いですね。

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少し先に、右側には先日紹介した「雲照寺」があり、その通りの反対側にはこのような旧家があります。

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家の蔵に付けられた家札には「平岡本」となっています。昔は何屋さんだったのでしょうか? 
この瓦会郵便局の北側を散策した時に牧場がありました。 その牧場も確か「平岡牧場」さんというようでしたので、平岡家の本家を表しているのかもしれません。

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途中右に新しそうな道が出来ていました。やはり角のお屋敷の塀は立派でした。

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この街道沿いも特に際立った町並みはありません。
筑波山や加波山の山並みなどを眺めながら道が続いていきます。
佐久大杉の方への道を右手に見て進みます。

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大きな運動公園があります。「八郷総合運動公園」です。昔桜の花を求めてここにも来たことがあります。

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右手に丸山古墳や佐志能神社などのある、古代の小山を巻くように進み、柿岡の街へ入ります。
左手の建物は旧八郷町舎です。現在の石岡市役所の支所となっています。
石岡市役所は今回の地震でかなり被害が大きく、機能はこの八郷の支所で肩代わりしています。

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それにしても立派な庁舎です。石岡の役場を立て直す話もありますが、この庁舎があるのですからこちらを本庁舎にしてもいいように思います。
この辺の話になると旧石岡市の人と旧八郷町の人とで考え方にかなり温度差がありますね。

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このあたりは大型スーパーなどもかなりあります。

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この庁舎の少し先に「如来寺」というお寺があります。
入口に古びた山門と親鸞の二十四人の弟子の第四番の寺だという表示があります。
弟子順位4番は「乗然房領海」です。

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寺の本堂の前にもう一つの山門があります。2階建てです。

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如来寺の本堂です。この寺には親鸞が法然ともども、たえず崇拝していた聖徳太子の像があります。
足が半紙1枚分ほど浮いているので「聖徳太子浮き足の像」といわれています。

この寺で私が興味深いと感じたのは、この寺ができたのは、霞ヶ浦南側の美浦村木原にあった草庵だったということです。
そしてその地に伝わる霞ヶ浦から親鸞が拾い上げた「阿弥陀如来像」を祀っていたと思われるのですが、この像は現在滋賀県野洲市木部の錦織寺に奉られているといわれています。

明日はこの先を少し紹介します。

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瀬戸井街道 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/07 18:28

瀬戸井街道(14)柿岡宿

 今日は午前中に会報「ふるさと風」の印刷・製本作業を手伝って、その足で朝日トンネルの先の「小町の里」と北条町内の「ふるさと館」に会報を10部ずつ置かせてもらってきた。

小町の里は駐車場も一杯で、車に自転車を積んでここからあちこちにサイクリングをするらしい人がたくさんいた。
八郷地区は本当に豊かでゆったりとした里山が広がる常世の国の楽園です。
サイクリングなど最適な場所であるにもかかわらず、今回出来た朝日トンネルには自転車レーンがない。
少し高くなったところに歩道があるので引いて歩くことはできるが、1.7km歩くのは少し長い。
車で走ってみて、車道を自転車が走るのはやはり危険だ。
本当にもったいない。

これから東京で毎年やっている仲間との忘年会に出かける。 今日の記事は早めにUPさせておきます。



 柿岡の街は八郷の中の中心であったところで、県道7号線(石岡~真壁)の道路に沿って昔からの街並みが続いている。
石岡に近い側から「下宿」「新宿」「上宿」と続いている。

柿岡を紹介するときにこの瀬戸井街道から見てみようとする人はほとんどいないだろう。
このように見方を変えてみるのも楽しそうだ。

柿岡2

中心部に新宿があるが、この柿岡の中心にあるのが「八坂神社」です。
神社の入口に柿岡の道路元標も置かれている。

この神社では毎年7月第3または第4日曜日午後2時から9時まで柿岡最大の祭り「祇園祭」が行われる。

この祭りの由来は、享禄年間(1528~1531)に、柿岡城主が那珂郡から神霊を八坂神社に移した日にちなみ行なわれる祭りとされています。

この時の柿岡城主は、片野に太田三楽(資正)が来る前ですから、まだ小田氏から別れた柿岡氏の時代です。
その頃に那賀郡から神霊を移したというのはどういうことでしょうか。
もう少しまた調べてみないといけなくなりましたが、とりあえずあとにしましょう。

話は飛びますが、ここは瀬戸井街道の話の途中ですので、県道7号線の主街道とはこの八坂神社のところで交差します。
そして新宿の町並みを通って、「柿岡上宿」の信号を左に曲がって行く道になります。

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昨年の祭り(7月)の時に撮った写真を載せておきます。
これが「八坂神社」です。お祭りの始まる少し前の写真です。

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柿岡新宿の通りに山車が出てきました。
通りの片側は屋台の店が並びます。

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この祭りは八坂神社の祇園祭です。
祭りのスタイルは「いしおかのお祭り」とそっくりです。
でもこちらの方が古いのではないかと思います。

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お囃子も伝統のものです。
今回写真にはとっていませんが、この祭りにはからくり人形が出ます。

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(からくり人形の説明はこの先の八幡神社の境内に置かれていました)

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神社の境内には大きなケヤキの木があります。

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神社の彫り物です。鷲でしょうか。
この神社も昔は「天王社」だったのでしょうか?調べていないのでわかりません。

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八坂神社の脇から奥に入る道が有り、裏手に回ると謎の建物を発見しました。
「正観音堂?」よく読めません。
古いお墓もあります。柿岡氏の菩提を弔っているのかもしれませんが、何も説明はありません。

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左手に小さな神社と境内社のような小さな堂宇が二つあります。

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左手奥の堂宇は「子安観音」右手には石の地蔵が置かれていました。

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瀬戸井街道 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/08 14:07
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