ゆりの郷レストラン「紫峰」

 今日風が強かったのですが「春一番」だったのですね。
今日朝から銚子に仕事です。やっと今戻ってきました。

やはり少し疲れます。名古屋にいる息子がアメリカ出張があり、成田に今日着いたので今週末家によるそうです。
もうすぐ到着です。これで我が家も賑やかになりますね。

なにしろ普段の人口密度が少ないので、1人増えても1.5倍です。

 さて、今日は石岡市八郷地区の筑波山の麓に日帰り温泉施設「ゆりの郷」の食事処の紹介です。

この春から夏にかけてリニューアルをしていましたが、この前の日曜日の夜に行ってきました。
なぜ夜かというと、夜7時になると少し入場料が割引になるからです。

もっとも休みの日は元が1000円なので割引でも800円です。東北など温泉どころでは500円程度のところが多いのでもう少し安かったら行く回数も増えるのですが。

昼間バタバタしていて、夜になって疲れたから温泉でも行こうかということで二人して出かけました。

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この中の食事処である「紫峰」という名前は筑波山の別名です。
リニューアル後に食事が美味しくなったという噂を聞いて一度行きましたが、今回で2回目です。

平日の朝から行ってのんびりしている方もいるようですが、まだ私の身分ではまだそこまで行けていません。
働いている人に悪いような気になってしまう貧乏性ですね。

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温泉に入る前に食事をして、温泉に入ってから帰ります。

名物は八郷しゃも(筑波しゃも)鍋ですが、前回食べたので今回はパスです。
常陸牛もあるのですが、これくらいの値段ならこの雰囲気で食べる気にはなれないです。

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7時半頃に行ったのですが、食事処はいっぱいで15分くらいは順番待ちでした。

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一杯飲むのならこのしゃものささみなども美味しそうですね。

私は車だし飲みません。家でも最近は飲むのをやめています。

飲んでいると多分ブログは書いていられないと思います。とっくに中断していたと思います。

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結局この日に食べたのは「若鶏(八郷産)のチキンカツ定食」900円です。
結構美味しかったですよ。
たしかにメニューも多く美味しいですね。

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食事が終わってからのんびり温泉に入ります。お休みところの部屋の入り口に掲げられたおかめなどの面です。

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ひな祭りに近いのでひな壇飾りも。

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こちらが温泉の入口です。ここの露天風呂は気持ちがいいですよ。
筑波山や月明かりに満天の星空はとても好きな場所です。

営業時間は夜10時までです。
また今度は平日昼間に来ようかな。暇があるはずなんだけど・・・・。

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食事処 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/03/01 20:25

子安神社

昨日は春一番ということで南風で暖かくなり、今日も気温はそれほど下がりません。
風は強いですがポカポカとした陽気に梅の花も誘われて咲きはじたようです。

でも日本海側には雪マークで吹雪いているようなこともニュースではいっています。

昨日夜に成田からの帰りに立ち寄ったという息子も早々と出張の議事録をまとめるので帰ると東京行きの高速バスに乗って帰りました。

大きな旅行ケースに重いほどの荷物。
「これ皆んなおみやげなんだ」
「家にはなにかあるの?」
「なんにも買ってないよ」
だそうです。

でも顔が少し見れただけで十分なんですね。どこの親もそんなものなのでしょう。

また、夫婦ふたりの生活に戻りました。

 さて、今日は1週間前に立ち寄った子安神社を少し紹介します。

石岡のとなりのかすみがうら市東野寺、西野寺にある「胎安(たやす)神社」と「子安神社」は、ともに古くからある対となった神社である。

近くをいつも通るのだが、ふと少し寄ってみようと思った。

立ち寄ったのは子安神社である。入口参道に野生の大きな椿の木がたくさんあったのを思い出したのである。

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ここは子授け祈願が多いが、

・子供が授かりますように!
・どうか無事赤ちゃんが生まれますように!
・子供が丈夫に育ちますように!
・家族が皆笑顔で過ごせますように!


親の願いはいつも一緒です。

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孫が無事生まれますように!

遠くに行ってしまった娘ですが、無事生まれることをお願いしました。

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この立派な龍の彫刻の下にある神紋の「笹竜胆(ささりんどう)」は源氏のマークです。

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拝殿前の御神木は既に上の方はありませんが、かなりの太さです。いつまでこの状態が残せるでしょうか。

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参道の椿の木は花がほとんど咲いていませんでした。つぼみはありましたので咲くのが遅れているのでしょう。
(撮影は1週間前です)

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参道に椿の木があるのは珍しいですね。この花を本当は見に来たのですが・・・・。

さて、明日は胎安神社の祭礼があります。久しぶりに出かけてみようかな。

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(上の写真:3月3日の写真を追加でUPしました)

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志筑・かすみがうら地区 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/02 13:30

胎安神社(春の祭礼)

 3月3日はひな祭りであるが、かすみがうら市の胎安(たやす)神社の祭礼日だというので出かけてみた。
昨日紹介した子安神社の祭礼は9月で、こちらは3月と春・秋に分かれて祭礼を行っている。

この神社の由来などはよくわかっていないが、子安神社が鹿島の神(タケミカズチ)を祀り、こちらの胎安神社は香取の神(フツヌシ)を祀っている。
そして両方共に笹竜胆(ささりんどう)の源氏の紋を使っている。

謂れも八幡太郎義家が前九年の役、後三年の役で蝦夷征伐にやってきた時にここで祈願したり、神社や橋を修理したなどと言われている。

しかし、この近くの志筑(しづく)藩である本堂家が佐竹氏が秋田にいったために、逆に秋田からやってきたが、これが源氏の家系であるいうことで、笹竜胆の家紋を掲げており、神社も本堂家により庇護されたのとも関係しているかもしれない。

この両神社の間を通る道も「鎌倉街道」(地元の人は茨城県で国体が開かれた時に整備されたので、国体道路という)とこの両神社では呼ぶ。

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(サムネルです)

祭礼は午前9時から午後3時の間に行われます。
祈祷を希望される人が記帳を済ませ、拝殿の中で神主よりお祓いを受け、玉串を奉納します。

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もう少し多くの方がこられるのかと思いましたが、9時に祈祷にこられた方は10人くらいでしたでしょうか。

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境内では氏子さん達により甘酒が振舞われていました。
9時前に行くと神主さんから優しく甘酒を勧められましたが、車だと断ると、お酒は入っていないとのこと。
でも遠慮しました。

この神社は前に行った時も祭りではなかったのですが、お茶のホット缶をいただいたこともあります。
あとから考えると戌(いぬ)の日だったのかもしれません。

子宝に恵まれ、安産と言われる犬にあやかってのことだと思いますが、戌の日にも祭礼が行われています。

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ここは全国的のも珍しい「胎安神社」といいます。
八幡太郎が蝦夷に行くときにこの神社で妻の安産を祈願し、無事に生まれたので、その後、都に戻ってからこの神社に寄進をしたと伝わっています。

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屋台は昔はたくさん出たらしいですが、今は2つだけです。前の時も出ていたように思いますので、最近はこの状態なのでしょう。

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神社の裏手、本殿脇に「子持ち松」という御神木があります。
根元に大きな石を抱き込むように育っていた樹齢500年くらいの松でしたが、明治時代に枯れてしまったそうです。
今は根元部分だけを残しています。

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入口の随神門。左右に像が祀られることが多いのだが・・・。

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神社に向かって右側には「日光宮」

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左側は「八幡宮」となっています。それぞれに武者絵が描かれています。

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そして真ん中上には龍の絵が描かれていました。

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志筑・かすみがうら地区 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/03 11:47

高浜いづみ荘へ

 高浜の霞ヶ浦湖畔の宿「いづみ荘」は一般向けに食事のできる食堂を併設している。

下調べにランチに出かけた。

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メニューを見ると目当てのうなぎは随分高くなった。
やはり今年は霞ヶ浦でのうなぎ漁は極端に減ったからだろう。
また注文を受けて30分くらいは待たねばならないという。

霞ヶ浦のうなぎは、地元の料亭などにしか卸されていないようで、このようなお店でしか味わえないのだが・・・。
これは、またの機会に譲ろう。

縄文膳、鯉の煮物膳、川えび白魚かきあげ膳など美味しそうなものが並ぶが、今日は試しに来たのだから「かつごはん」という昔懐かしいようなネーミングのものを注文した。

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これは普通の「トンカツ定食」である。

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厚手の衣がカリッと揚がったトンカツをソースをかけていただく。
味噌汁の具はあさりだった。 漬物は白菜と大根である。
しっかり揚がっており美味しく頂いた。 終わる頃にご飯足りていますか?と・・・
男の人は足りないでしょう。おかわりどうぞとのことだったが、私の腹はもう十分満腹でした。

しかし、このいづみ荘はやはり魚かうなぎが名物だ。今度は鯉の煮物膳に挑戦しよう。

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帰りがけに羽成家(元醤油製造)に残っている赤レンガの門が地震で危なくなっているのを知って見てきた。

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この前の東日本大震災で大きなヒビ割れができている。
そのうち崩れてしまいそうだが、危ないが、今も玄関の門に使っているようだ。

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通りの反対側に残された醤油工場の煙突の方は特に被害はなさそうだ。
門は修復してぜひ保存してもらいたいが。行政もなにか補助できないのか?

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食事処 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2013/03/04 18:31

みみっちょ様

 石岡市から355線を小美玉市に入ったばかりのところに全国的にも珍しい耳の病にご利益のあるという神社がある。
耳守(みみもり)神社というが、通称「耳っちょ様」と呼ばれている。

近くを通った時に立ち寄ってみた

この神社のある場所は「栗又四ケ」(くりまたしか)という。まったく驚くような名前です。
四ケとは昔4つの村が合併して四箇村(しかむら)という名前になったのが箇をケとも書いていたのでいつの間にかこの名前が残った。大分今では田舎っぽい名前だが、これも文化の香りがする。

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この神社は石岡の人は大掾氏のことはよく話をするが、この神社については行政が異なっているので歴史の本に出てこない。おかしなものだ。

高浜が石岡ならばこのあたりも石岡の文化圏として続いていなければならない。

前にホームページに載せているがここでもう一度書いておきたい。

「第3代常陸大掾繁盛(平国香の直孫)の五男・五郎左衛門兼忠(後に飯塚氏)の千代姫が7歳になっても耳が聞こえないため、夫婦は熊野神社に娘の耳が治るよう願をかけたところ、満願を迎えた朝に千代姫の耳が聞こえるようになったという。

 しかし千代姫は33歳の時に、風邪を悪化させて明日をも知れぬ身となってしまった。その時千代姫は「われ亡き後に社を建てて、耳の病を守護せん」と言い遺して息を引きとった。千代姫の遺言に従って両親は千代姫愛用の鏡をご神体として社壇を設けて「耳守」と号して祭礼を続けた。

しかし、それから500-600年後の1590年(天正18)に大掾氏は滅び、一族である飯塚氏も同じ運命をたどった。このため耳守神社も無くなり祭礼も断絶してしまった。その後、地元の人たちが神社を建て直し、姫の命日の9月9日に祭礼も行われている。」

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但しこの頃の大掾氏は多気大掾氏であるので筑波山の尾根を超えた現在のつくば市北条または水守に屋敷を構えていた。
この千代姫もその近くにいたのだろうか。

しかしこの飯塚氏はこの社を守ってこの近くに移っていた。そして府中大掾氏に小川の園部氏が水戸の江戸氏に味方して反旗を翻したとき、この近く田木谷砦を築き、ここで警護にあたっていた。
しかし、その後の佐竹氏が勢力をもって府中を攻めてきた時に、この砦で敵を迎え撃ち全滅したようだ。

先月末にこの頃の遺構の発掘調査の現地説明会が行われた。
「取手山館」となっているがこの田木谷砦のことではないかと思う。(砦山=取手山?)

壕を巡らしたような遺構が見て取れるという。

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前に訪れた時も神社にはたくさんの千羽鶴が吊るされていた。
耳の病に悩んでいる方は多いのだろう。
耳鳴りに悩んでいる方は結構多いように思う。

この神社は戦国時代に飯塚氏が滅んだ時に神社もなくなってしまったらしいが、今から30~40年前に地元の熱心な希望で再建されたようだ。

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この千羽鶴も前見たときより新しく多くなった。

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神社は無人ですが、御札は自由にもって帰れます。記帳のノートも置かれていました。

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青森から台湾まで広いところから噂を聞いてやってくるといいます。

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境内の古木の根元に子安講の石蔵が置かれていました。その隣には昔の衆議院議員「赤城宗徳」の石碑が建てられています。息子の大臣は絆創膏で少し評判を落としてしまいましたね。

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「上郷女人中」とありますが、この地元の女人講の方たちなのでしょう。
この近くに(栗又)上郷という地域があります。

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小美玉・行方地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/03/05 19:03

懐かしの仁王像に会いに

 大分日の出が早くなりました。今朝も眩しい太陽が輝いています。
遠くから山鳩の鳴く声が盛んに聞こえてきます。
昨日は啓蟄(けいちつ)で虫も顔を出す季節。朝、山鳩の声を聞くのも今年初めてだろうか。

昼間の気温予想は17度と暖かくなりそうだ。三寒四温でも徐々に暖かい日が増えている。
遅れていた梅の花も咲き始めるだろう。やはり春はいいな。


 小美玉市の栗又四ケの耳守神社に来たからには、その先にある石の仁王像に会わずに戻る手はない。

この像を「いしおか100物語」で読んで見に来た時の驚きをもう一度味わいたいと思った。

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(サムネルです)

もと寺の入口にあったというが、寺はなくなってこの像だけが置かれている。
地震で脇に建てられた片側の石板などが一部崩れてしまったようだが、仁王像は無事だった。

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初めての方は前に書いたこの像の説明をご覧下さい。(→ こちら

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ほとんど人も通らない。車が脇の道を時々通り抜けるが、雨の日も風の日もこうして外に晒されている。

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時間があればじっくり前に立って、像とにらみ合えば、何かを感じそうに思える。
なぜこんな素晴らしい像がこんなところにねむっているのだろうか。

昔、修学旅行で訪れた奈良の三月堂で日光・月光菩薩と対峙した時のように・・・

また、大学生の時に一人で奈良桜井の聖林寺を訪れた時の十一面観音と対峙して感じた仏像の持つ力強さを・・・。

ほとんど誰もまわりにいない時に、仏像と向かい合って静かに目を閉じ、そしてゆっくりと薄目を開ける。
仏像の後ろから光が射す。

ああまた奈良に行きたくなった。

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石仏たち | コメント(8) | トラックバック(0) | 2013/03/06 07:16

つらつら思うこと(1)

 昨日はやっとe-Taxで確定申告を送信した。
今年はいつもより少し面倒な申請が2件も多くあったので、少し時間がかかったのだが、去年に続いて今年もトラブルが発生した。
年に1回ではどうもうまくいかない。

去年は、ICカードとして住基カードを使うのだが、パスワードを別なものと勘違いして数回間違って入力したらカードがロックされてしまった。あわてて市役所に駆け込み解除してもらった。

今年のトラブルは、このICカードの有効期限が住基カードの表記は10年間なのだが、e-Taxの分は3年なのだ。
3年前に作ったので今年まで使えると思っていたのだが、1ヶ月前に期限切れであった。
今度も市役所へ駆け込んだ。係りのベテラン年配職員の人に話したが、有効期限まだ先じゃないか?という。
やっと若い職員さんが対応してくれて話が通じた。有効期限をまた今から3年間となって、500円取られた。
カードを作ったわけではなく有効期限をなにか操作して書き換えただけなのだが・・・。

これを利用している人が少ないのだろうか。田舎の市役所と言っては失礼だが・・・・

そういえば、石岡の観光案内の英文のパンフレットが置いてあったが、1部しかなかったので見るだけで元に戻してきた。

 昨日、今日と暖かい日が続いている。気がつくとあちらこちらで梅の花が一斉に咲き出した。

もう春である。明日はまた銚子に出かける。
 

 さて、パスカルは「人間は考える葦である」といった。
葦は風に逆らわずしなやかに反って強風をかわし、またしっかりと立ち上がる。こんな姿を人間の姿に例えたものというが、本当のところはわからない。手でも折ることだってできるじゃないか。

日本の国は「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と日本神話では表現されている。
葦は川べりや湿地帯に生える。
葦原中国とは高天原と黄泉の国(死者の国)とを結ぶ中間に存在する国というので、それは現実の日本国のことだとされている。昔から日本には葦がたくさん生えていたのだろう。
常陸風土記でも利根川から霞ヶ浦沿いの信太郡あたりの地帯を同じ表現をしている。

パスカルの表現では、葦は葦でも、人間は考える葦であるという。

考えないのは人間ではないということなのか。

また、上野に西洋美術館がある。これは松方コレクションを譲り受けて開設された美術館だが、ここの庭にロダンの彫刻がいくつか置かれている。

よく知られた「考える人」がすぐに目に飛び込んでくる。
この考える人とは何を考えているのだろうか?

この考える人の像の近くには、同じくロダンの「地獄門」というブロンズの門が置かれている。
ここに苦悩する人々などの真ん中の上部にこの考える人と同じ小さな像が描かれている。
この門には「ここを通る者は一切の望みを捨てよ」とあるそうだが、ロダンは考える人だけを別にまた作って「詩人」と名づけた。

 親父に中学の頃に連れて行ってもらったが、同じ姿であったのを見つけて感動したものだ。

やはり人間は考える動物だ。考える込む人は詩人なのだ。
さて、考えても結論が出ないときはどうするのか?

そんなことは簡単だ。分からなければ分からなくてもいい。考えることが大切なのだ。
分からなければ知りたいと思い、調べたり、教えを乞うたり、すればよい。
でもここで肝心なのは自分の考えでそれを理解し、決して鵜呑みにしないことだと思う。

それが考えることだと思っている。
他人の考えを聞いて、考えもせずに鵜呑みにしたんでは考えたってちっとも面白くない。

私はテレビのクイズ番組などもよく見ているが、これは娯楽だと思っている。
ちっとも知的ではないよね。知らないこともたくさん出てくるが、右から左に流れていくだけだ。

 最近の教育も少し気になることが多い。

今のあまり成績の芳しくない子供たちはすぐに答えを求めてくる。
塾などでも出来る子は教え方さえ教えれば自分から進められる。
でも出来ない子は全て教えてもらって勉強をやった気になる。

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 阿弥陀寺(那珂市額田)にて、梅の花はもう少しといったところだ。

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つらつら思うこと | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/07 20:06

塚原卜伝の墓

 今日は鹿島神宮に近い場所に眠る「塚原卜伝」の墓を紹介します。

NHKの時代劇ドラマで放送されているのでこの剣豪の名前を知る人も多くなったかもしれないが、私の年代では宮本武蔵が刀で切りつけたのをさっと囲炉裏の鍋蓋で防いだ少年本の内容の方がよく知っている。

もっともこの話は作り話で、卜伝は1489年~1571年(83歳)の人物で、武蔵は1584年~1645年(62歳?)と時代が合わない。

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鹿島神宮の神官の家系があった卜部(うらべ)家(吉川氏)の二男に生まれた。
この吉川氏は鹿島神宮の神官であったが、常陸大掾氏の一族である鹿島氏の家老でもあった。

後に吉川家から塚原家(平氏)に養子に入った。

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この墓のある場所には「梅香寺」という寺があり、そこに埋葬されたのだが、寺はなくなり、墓だけが小高い場所に置かれている。

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真剣勝負も19回しているが一度も負けず、傷ついたことも一度もなかったという。
しかし、よく語られているように勝負せずに勝つのが本当の強さだという。無手勝流と呼ばれているそうだが、これが晩年の武蔵の心境に近いものだったのかもしれない。

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テレビドラマの影響もあろうが、訪れる人は絶えないのかもしれない。
鹿島神宮や香取神宮は武人の神様と言われているので、剣道をやっている子供達や武道家の人の参拝が絶えないが、この昔の剣豪の墓も一度訪れて見て欲しい。

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鹿島神宮からはそれほど遠くないが「須賀」という地も交通は不便なところだ。
それにしてもこの墓が鹿嶋市の史跡第1号だという。

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この高台の墓の前はひらけており、見晴らしは良い。前の方の畑の先のこんもりとした森には神社があり、出世稲荷神社というそうです。



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鹿島地区 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/08 20:46

梅が一気に咲いた

 今日は5月から6月の陽気になりました。
北海道は吹雪で中国からは黄砂やPM2.5がやってきているといいます。
こちらも山の方は白く霞んでいますので影響があるのかもしれません。
私も花粉で目は痒いし、外には出たくないです。

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昨日少し咲きだしたと思っていた梅の花も、今日は一気に開花しました。
白い梅と赤い桃(梅?)の花があちらこちらで咲いているのです。
春を忘れていないのですね。

ですから、この梅の花は我が家の庭のものです。
午前中はそれほど目立っていなかったのですが、夕方にはもう満開に近い状態になっていました。

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山鳩もやってきて庭で何かをつつきながら歩き回っています。
こちらを警戒する様子もあまりありません。
バックは馬酔木(あしび)の花ですが、こちらはもうあまり元気がないですね。

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近場であまり知られていない梅の場所を探しに少しだけ出かけました。
ここは「常陸風土記の丘」公園の裏側です。
日本一の獅子頭も後ろから見るとこんな唐草模様なんですね。確かに「獅子舞い」は皆こんなだったですね。

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(サムネルです)

この風土記の丘の裏側の「鬼越峠(おにこしとうげ)」の梅林です。
全く手入れがされていないので、下には雑草や枯れ草がいっぱいで、梅がかわいそうです。

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(サムネルです)

せっかく綺麗に咲いてくれたのですから・・・・

龍神山に棲んでいて、時々村に出ては子供たちを拐ったりしていた鬼(茨城童子?)が都から源頼光が鬼退治に来ると聞いて、あわててこの峠を越えて逃げたとされる「鬼越峠」です。

鬼は逃げる時に手に持っていた大きな人を詰め込むための巾着袋を放り投げて行きました。
その袋の留め口に使っていた巾着石が貝地の畑の中にめり込んで残ったのだそうです。

大江山の酒呑童子と一緒にいた「茨木童子」(鬼)の話は、ここ石岡ではこんな話として伝わっているのです。

でも、「お荷越し峠」が鬼越峠になり、国分寺よりも古い茨城廃寺の七重塔の露盤が巾着石になってしまっているようです。

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近況 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/09 18:45

塚原卜伝-長吉寺

 一昨日紹介した塚原卜伝の墓のある所にあった寺は廃れてなくなった。
しかし、歩いてすぐ近くに長吉寺があり、こちらに卜伝の位牌があるという。

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赤い屋根の本堂。墓などがなければ田舎の小学校のようだ。
左手の建物はこの地区の公民館らしい。
また右手の高台の上に墓地があるが、これは地区の共同墓地になっている。

この裏手の山には戦国時代に「須賀城」という城があったというが、詳細も不明だ。

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真言宗豊山派 須賀山長吉寺という。この寺の本尊は「子安観音」だそうだ。

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古びた入口の山門脇に「子安観音像」が置かれていた。

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こちらは向かって左側の子安観音像。

門を入った右側に六地蔵と水子地蔵が置かれていた。

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鹿島地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/03/10 14:12
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