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茨城の難読地名(その54)-小堀(取手市)

難読地名54

シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

小堀 【おおほり】 取手市

小堀(おおほり)の渡しとして有名な場所です。

平凡社の茨城の地名には、小堀(おおほり)村は、利根川北岸に位置する井野村の飛地で、明治17年(1884)に独立して小堀村となった。また明治40年代の利根川改修によって村域は利根川の南岸となった。とあります。
また、江戸時代初期には井野新田といわれ、利根川の水運の基地として小堀河岸(おおぼりがし)が栄え、船頭などが500人もいた船頭のたまり場になったそうです。

昔は利根川がこのあたりで大きく蛇行していて、川の改修によって蛇行していた川の北側にあったこの河岸が改修したら南側に成ったというものです。

今は、利根川の少し離れて南側に「古利根沼」があり、この沼と利根川に挟まれた位置にあります。
そして、ここには川の名残、また堤防が決壊した時などにできた小さな沼(お堀)があり、そのお堀を「おっぽり」と地元の人達が呼んでいて、それが「小堀=おおほり」となったといわれています。

また利根川を利用した江戸まで物資を運ぶ水運においては、この小堀河岸は大きな役割があっといいます。
利根川を上流の関宿まで大きな船が航行するのが困難な季節(水量が少なかったりして)があり、このようなときには、この船着場で底の浅い高瀬舟に荷を積み替える場所として使われたそうです。

また現在もこの場所には利根川の両岸を結ぶ渡し舟が運行されています。
これは南北に分断されてしまった小堀村の住民有志で始めたものだったようですが、今も定員7名ほどの小さな船ですが、1日7便(1時間に1本程度)が運行されています。(平成30年現在) (自転車も載せることが可能)

取手の名前については、ここに武将大鹿太郎左衛門の砦があったことによるとされています。
また大鹿の名前も、平将門の子孫で承久の乱に功績のあった織部時平の愛馬白鹿をこの地に埋葬したことに由来すると伝えられています。

茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/06 05:19

潮来の北部「川尾池」

 潮来と言えば水郷にあやめでしょうが、北部に大生(おおう)、築地(つきじ)、古高(ふったか)という結構古い場所があります。
水郷地帯は江戸時代の水運と芸者などで江戸の文化も伝わった町ですが、大生などは古代の多氏などが住み着き、開拓され、古墳時代ころに栄えた場所。 その中間部は潮来郷校や延方など教育も熱心に行われたが、幕末の天狗党の爪痕が今も深く残る。

茨城の難読地名を調べていて、「古高(ふったか)」などが気になった。

そして地図を見ていて、築地団地の脇に「川尾池」という比較的大きそうな池があった。

百聞は一見にしかずであるので、近くに行った時に寄り道をして見に行った。

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池は一面、睡蓮の葉に覆われていました。

P8030002s.jpg

結構広いのですが、誰もいません。
池をぐるりと廻る周遊の道路は草で覆われて通行不能です。

P8030003s.jpg

まあ釣り人がたまに来るくらいなのでしょう。
池の直ぐ上は築地団地で住宅が立ち並んでいます。


潮来地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/06 16:26
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