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銚子での芭蕉と一茶の句碑(浄国寺)

 銚子駅近くで少し時間があったので、公園の案内板に書かれていた松尾芭蕉と小林一茶の碑があるという「浄国寺」へいってみることにしました。

浄国寺は銚子駅からすぐ南側の少し奥まった住宅街にある浄土宗のかなり敷地の広い大きなお寺でした。

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入口には「2つの句碑」の案内看板が置かれていました。

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山門をくぐるとすぐ左手にかなり古い無縁仏(墓標)がぎっしりと並べられていました。
そして少し本堂の方に進むと左手に芭蕉の句碑がおかれていました。

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芭蕉は鹿島紀行で鹿島や潮来へは来ていますが銚子には来たかどうかはわかりません。
ただ門人もいたようですので来たかもしれませんが、この浄国寺に来た記録はありません。

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この「枯枝に からすのとまりけり 秋の暮れ」 または 「枯枝に 烏のとまりたるや 秋の暮れ」 という句は、芭蕉は何度か書き換えながらいくつもの書物に残しています。

鹿島神宮の要石の脇にもこの句が石碑としておかれています。

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あたりはお寺の墓地の一角ですが変わった墓を紹介しておきましょう。
上の写真は「歯の供養塔」です。

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こちらの写真は「酒佛 鈴木玄庵」となっており、鈴木玄庵という医師の墓で、徳利、お猪口などをかたどった墓石です。

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一方一茶の句碑はすぐ側には無く、何度も探してしまいました。
本堂裏の墓地の一番奥です。

ここは 望西台と呼ばれていた場所で、かつて日観亭という庵があり、俳人たちが集まっていたといいます。
小林一茶は1817年5月27日に潮来から船で銚子に入り、6月1日に俳友桂丸と李峰の三人でこの浄国寺を訪れています。
一茶の日記には「一晴 南風 返田浄国寺登望西台 桂丸 李峰同」と記されています。

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「此臺の清風たゝちに心涼しく西方仏土もかくあらんと 本とゝす 爰をさること 遠からす 一茶坊」
と彫られています。

銚子 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/11/07 10:59
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