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海静寺(銚子)

 7月に天狗湯探しで立ち寄った本銚子(もとちょうし)駅近くの高台にある浄土宗の海静寺を紹介します。
この本銚子駅も奥まった狭苦しい場所にありますが、このお寺も今では車が始終通るような場所でもないため、あまり知られていないお寺のようです。

ただ銚子の東側の高台にあるため、銚子漁港(川口漁港)やその先の波崎の方まで上からは良く眺められました。

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通り横に寺の駐車場がありそこに車を止めてこの階段を上ります。

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上った所の正面に寺のコンクリートで造られたお堂(観音堂?)があります。
本尊の十一面観音菩薩像が祀られています。
この像はHPなどには
「往昔、常陸鹿島浦の海中より漁夫の網にかかって上がったもので、漁夫たちにより寄進されたものであると伝える」
と書かれています。

データによれば、寺の創建は江戸初期の1694年に幻譽鐵應上人が悪夢により創建したとありますが詳細はよくわかりません。

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このお寺の変わったところは寺の裏山に金比羅宮(神社)があり、神仏混清ということでしょう。


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特に金比羅堂(阿弥陀堂)の中には阿弥陀仏と大物主命が祀られており、現在でも金刀比羅大祭には、僧侶と宮司が一緒に祈祷しているそうです。

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この金比羅堂の横に一つの石碑が建っています。
「吉田東吾博士の終篇碑」
です。

吉田東吾博士は幕末に新潟県生まれであまり学校教育も受けられずに苦学の上教員免許を取得し、特に考古学や人類学、民俗学などに興味を持ち、北海道に渡りいくつも論文を発表します。
その後読売新聞社に入り、歴史考的な連載を手がけ歴史家として知られるようになりました。

その後13年かかって「大日本地名辞書」(11冊)を書き上げています。
日本歴史地理学会の創設者の一人だといいます。

この銚子は肝臓を患い静養先として選んだそうです。気候も温暖でよかったのでしょう。

大正7年1月から飯沼観音前の吉野旅館で静養していましたが、間もなく意識不明で倒れ、そのまま息を引き取ったそうです。
翌年にこの石碑がここ海静寺に建てられました。

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この金比羅堂のある高台の少し下った場所には小さなお宮があります。
両脇に狐像がおかれているのでお稲荷様なのでしょうか。

扁額には「三峯神社」となっています。
でも秩父の三峯神社って狛犬は神犬で狼(山犬)が置かれているのでこれも「狼」なのか・・・

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元々は狐像だと思いますが、左右両方ともに鼻の部分がありません。

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まわりには銚子の砂岩の石がいくつもあります。

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この高台からの銚子漁港と銚子大橋が良く眺められます。

銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/08/22 13:30
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