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日本語と縄文語(28) 南の果ての縄文語地名-アカ(阿嘉)

 今回は沖縄の西にある島につけられた名前の検証です。

沖縄那覇の西約40kmに浮かぶ慶良間(けらま)諸島にある「阿嘉島(あかしま)」、およびそのさらに西の久米島に残された地名「阿嘉(あか)」が古代の縄文人によりつけられた名前ではないかという事です。

akashima.jpg


海がとてもきれいで、今でもあまり観光化されていない楽園とも言われています。

この「阿嘉(あか)」は何を示しているのでしょうか?

このヒントは北海道の東北部、現在はロシア領または占領されているたくさんの島がある「千島列島」に昔住んでいた千島アイヌの言葉にあります。

千島列島


江戸時代前はこの千島列島にも多くのアイヌ系民族が暮らしていました。
旧ソ連から追われ、北海道へ逃げ込んだこれらの人々は北海道に住むアイヌとは少し違った言葉をしゃべっていたようです。
千島アイヌ語と呼ばれますが、今ではほとんどしゃべる人はいなくなって死語となったとも言われているようです。

これらの言葉を研究する方もおり、【aka】は崖(がけ)を指す言葉だそうです。

これまで何回かで、出てきたように【a われらの+ka 上方】が語源となったのか?

久米島の阿嘉(あか)は髭水(ヒゲミズ、ヒジミジ)という滝がある場所で、元の部落は三方が絶壁となる下にあり、一方が海に向かって開けている地形だという。
また慶良間(けらま)諸島の「阿嘉島(あかしま)」も、島全体をながめてみると絶壁をなしている。

これからも「アカ」が地形語の「絶壁」を表しているのではないかと推測される。

いっぽう日本列島にもアカと付く地名は多く、赤薙(なぎ)山(栃木県)、赤面山(栃木県)、赤城山(群馬県)、赤倉山(栃木県)、赤谷川(群馬県)など、栃木・群馬県(毛野国)に多く見られる。

また、茨城県も守谷市の赤法華(あかぼっけ)(現在は赤法花)もホッケ、ボッケなども崖地を表すアイヌ語系の言葉だが、このアカの意味が不明で、地元の説明などでは「平将門が城を築いた際、場内より見る当地域が唐土の赤壁に似ていたことからついた」とする伝承を述べています。

もちろん将門がここに城を築いたというのも伝承です。

探せばきりがないほど似た地名が存在します。

ただ、今の地形から考えても崖地というには少し異なる場所も散見されるため、もっと別の意味があるのかもしれません。
【waka (わっか:水)】から w が抜けて aka アカとなったことも考えられ、水に関した地名の可能性もあるようです。

それにしても千島列島にすんでいた千島アイヌ語で、この南の島の地名が解読できるとしたら、これらの人々はどのような交流や人の移動があったのでしょうか?

これらのこともこれからいろいろ研究されてくるのでしょう。
ただ、今ではこの千島アイヌ語を話す人はほとんどいないようですので今後の研究は困難になってくるのでしょうね。

私たちも北のはずれと南端の島に同じような言葉、地名があるということは、ちょっと頭の片隅にでも置いておいてもいいでしょう。

さらに少し追加すると、「奄美(アマミ)」は琉球国土創生神(アマミキョが降り立ったといわれ、穀物の発祥の地とされる場所であり、アイヌ語の【amam 穀物】が語源ではないかという。
(稗(ひえ)、粟(あわ)、稲(米)などを指し、麦や豆は入らない)

鹿児島では酢のことを「アマン」という。

また、福井・志賀・奈良・広島・愛媛・長崎・宮崎などでは酢は、「アマリ」になる。

青森や秋田では「アメル」という。

これらの方言と言われるものは、はすべて縄文語と言えるのではないか。

鹿児島方言辞典では、「アマン」の説明は次のようになっている。

「酢(す)を「アマリ」といいそのなまったことばが「あまん」。どうしてアマリというか。それは米の飯などのあまりをつぼの中に貯えて作るという説や酢っぱくなる前に一度あまくなるという説などがある。」

・・・・まあ苦し紛れに説明しているのがバレバレですね。






日本語と縄文語 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/05/30 19:20
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