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千葉の難読地名(2) 匝瑳

 茨城の難読地名シリーズが終了して、今年は千葉県をとり上げると正月に宣言したのですが、まだ少しも先に進んでいませんでした。
日本語と縄文語も終りましたので、いよいよ着手してみたいと思います。
郵便番号簿で千葉県の気になる地名を拾い集めたら400ヶ所位になりました。
この中をこれから少しずつピックアップして全国の似た地名も調べながら、纏めて行きたいと思います。
目標は100回くらいになると思いますが、今年中に終るでしょうか?

当然途中でかけなくなることもあると思いますが、もしご興味ありましたら読んでいただければ嬉しく思います。

最初は
「匝瑳」<そうさ> 

千葉難読地名2

まあ読める人にとっては容易いのですが、何の縁もない地方の人にとっては読めない地名の代表でもあります。
銚子市より少し南側に隣接する「匝瑳市」です。
なぜこのような地名になったのでしょうか。

現在の匝瑳市は平成の大合併時に八日市場市と匝瑳郡野栄町が合併してこの市名になりましたが、元々「匝瑳郡(そうさぐん)」という郡名が平安時代中期の辞書「倭名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)」(和名抄)の下総国に記載されています。
ただ読み仮名(漢字)はなく、そうの字も少し違います。「迊瑳郡」と書かれています。

市のHPから「匝瑳」地名の謂れを載せて置きます。

「匝瑳という地名は、現存のものでは、奈良東大寺正倉院に伝わる庸調(ようちょう:朝廷に納めた特産物)に見られる天平13年(741年)の記録が最も古いとされています。

匝瑳という地名の由来は、平安時代前期の歴史書「続日本後紀(しょくにほんこうき) 」によれば、5世紀の終わり頃から6世紀のはじめにかけて、畿内(現在の近畿地方)の豪族であった物部小事(もののべのおごと)という人物が、坂東(現在の関東地方)を征した勲功によって、朝廷から下総国の一部を与えられ、匝瑳郡(さふさごおり)とし、小事の子孫が物部匝瑳(もののべのそうさ)氏を名乗ったと伝えられています。
匝瑳の語源については、諸説あって定まっていませんが、発音での「さふさ」という地名があり、「さ」は「狭」で美しい、「ふさ」は「布佐」で麻の意で、“美しい麻のとれる土地”であったとする説や、「さ」は接頭語で、「ふさ」は下総国11郡中で最大の郡であったことに由来するという説があります。匝瑳は、「さふさ」に縁起のよい漢字を充てたものと考えられています。
なお、漢和辞典によれば、漢字の「匝」は、訓読みで“匝めぐる”と読み、一巡りして帰るという意味があり、「瑳」は、訓読みで“瑳あざやか”あるいは“瑳みがく”と読み、あざやかで美しいという意味があります。」

となっています。

また、平安時代の匝瑳郡は、栗山川以北の九十九里浜沿いの平野部一帯で、匝瑳郡の中に18郷があり、その中の「匝瑳郷」が現在の匝瑳市や多古町、栗源町あたりまで含んだ地域であったと思われます。
延喜式に記載された神社名に「老尾神社(おいおじんじゃ)」があります。

また香取神宮の境内には「匝瑳神社」がおかれています。

この香取神宮境内に鎮座している「匝瑳神社」から匝瑳郡匝瑳村大字生尾の老尾神社(別名:匝瑳神社・祭神:阿佐比古命)に分祀されたと伝承されているようです。
また、老尾(おいお)神社の祭神である阿佐比古命は香取神宮の祭神「経津主命」の御子神ともいわれています。

匝瑳神社


また角川の日本地名大辞典には、

・「坂上系図」によれば坂上田村麻呂の子高雄は匝瑳九郎と称した。
・千葉大系図」によれば、千葉常広は匝瑳八郎と称して、下総国匝瑳郡に居住し、その多くの子孫は「匝瑳党」と称した。

という事が書かれています。


千葉の難読地名シリーズ最初から読むには ⇒ こちらから


千葉の難読地名 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/06/05 13:28
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