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千葉の難読地名(15) 名都借 (流山市)

≪名都借 なずかり≫ 流山市
「なずかり」「なづかり」などとどちらの表現もあるが、郵便住所は「なずかり」である。

千葉難読地名15


室町期からある地名で「名都狩」と書いていた。
読みとしては「ナトカリ」と書かれたものが多い。

中世の城跡「名都借城跡」がある。
この城は、古河公方足利高基に敵対する弟足利義明の属城であったといわれている。

また元禄郷帳では「ナトガシ」と訓が付されているという。

地名由来としては
地元では、「天武天皇の皇子の末裔が関東に下り、現在地に借りの都を置くとした事から名都借(なづかり)と言われた」となっている。
まあ、この説は諏訪神社付近で昔の製鉄跡が見つかっていることなどでいろいろ考えだされているようですが、歴史的な裏付けや昔呼ばれていたときの呼び名からすると、あまりあてにはならないでしょう。

そのほかには
・なづ(泥、水に浸かっている田)・かり(切り取られたような崖、崩壊地形)」で地辷り地という意
・「夏刈り」が転じた
などがありました。

ではこれ以外にはどのような由来が考えられるのでしょうか? 謎があると考えるのも楽しいものです。

1)まず、一般に「狩」とか「借」など「カリ」と付く地名の多くは「刈り払われたような急斜面」に付く地名とされています。
 これは以前茨城の地名にあった「借宿(かりやど)」地名を調べて、全国にたくさん「狩宿」「借宿」「刈宿」「苅宿」などの地名がありました。この時の宿(やど)も宿場の意味ではなく、谷戸などと同じ湿地地形を表わしていると考えられるものでした。
2)「名都」はどのような言葉から来たのでしょう。
 そのヒントは前回の成田市にある「奈土(など)」地名にあるように思います。
 そこには「なだ(浸食地)」の転訛で浸食地を指すとありました。
 この流山市の隣りの柏市には「名戸ケ谷(などがや)」があり、近くの茨城県龍ヶ崎市のは「奈戸岡(などおか)」があります。

やはり、上記の地形を表した言葉が地名になったと考えるのがもっとも説得力があります。

【など】 ⇒ 【名都】 ⇒ 【なづ】 (なず)

また「流山」の地名の由来(赤城山の方から山が流れてきた?)もどこかで関係しているかもしれません。

千葉の地名シリーズ最初から読むには ⇒ こちらから

千葉の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/06/16 05:29

千葉の難読地名(16) 神余、神々廻

「神」と付く地名 その一

≪神余  かなまり≫ 館山市
≪神々廻  ししば≫ 白井市
≪神門  ごうど≫ 佐倉市
≪神代  かじろ≫ 市原市


「神」のつく地名の中から気になる地名を集めてみました。(次回にも続く)
読み方もそれぞれ違っていて難しいですが、いくつ読めましたか?

千葉難読地名16


1、≪神余  かなまり≫ 館山市

戦国期にすでに「神余郷(かんのあまりごう)」が存在していた。
巴川上流域に位置し、弘法大師廻国説話に係わる塩井戸がある。(角川 日本地名大辞典)

地名の由来は、大日本地名辞典などでは、安房坐(あわにます)神社の封戸神戸(かんべ)郷の余戸として別置したものと見ている。また、この地は巴川の上流域で、古墳時代後期の相ノ沢三ツ塚古墳や栗ノ前横穴古墳群のほか、神割遺跡・山口遺跡など古墳時代から奈良・平安時代の遺跡があり、下流域に神戸郷が比定されるなど、・・・・(平凡社 千葉県の地名)

(神余の弘法井戸)
その昔、土地の女性が1人の旅僧に小豆粥をもてなしたところ、その粥に塩気がないのを不思議に感じて僧がたずねると、貧しくて塩が買えないと答えた。すると、僧は川に降り、手に持った錫杖を地面に突き刺し、祈祷したのち引き抜くと、たちまち塩辛い水が噴出したとされている。以来、そのおかげで塩を手に入れることができるようになったという。その後、その僧は弘法大師だということがわかったそうである。巴川の川のなかに、やや黄色をおびた塩水が湧出しているところがある。地元ではこれを弘法井戸とも、塩井戸とも呼んでいる。この種の伝説は、「弘法清水」「弘法井戸」などというが、全国各地で、その土地の人々の真心に大師が報いたという形式の物語が発達しており、かつて、それを説いてまわった修験者など、密教系の宗教者の存在があったとみられている。(千葉県HP 教育委員会より)

2、≪神々廻  ししば≫ 白井市

神埼川の左岸に位置し、木下(きおろし)道が通る。
江戸時代始め頃にはこの地名はあり、「神々迫」とかかれているものもあるという。
読みも「シシバサマ」などと振られたものもあるという。(平凡社 千葉県の地名)
域内の花掘込には中世の神々廻城跡がある。(角川 日本地名大辞典)

地名の由来については
「17紀以前のこの地域の村名を示した古文書に「志しはざま」という表記があり、東西南北の四方向、四至(しいし/しし)に細長い谷津の狭間がある環境を表現したものだろう」と白井市の生涯学習課の方の見方がありました。
その他、鹿(しし)の狩り場であったなどの見方もあるようです。

3、≪神門 ごうど≫ 佐倉市

印旛沼南部の丘陵地帯に位置し、中世以来香取への交通の要衝で、中心部は十字路になっている。(角川 千葉県の地名)

地名の由来としては、
1.この地が香取神宮への要衝の地で、神の門への入口とみられていたことに由来する。
  または、ここから東方にあった宮本の山王神社への入口を意味したことによる。
2.ゴロゴロとした石が多い土地という意味。
3.「たき(高)と(処)」の転訛で急傾斜地という意味。
などがありました。

同じ千葉県内の「ごうど」「ごうと」地名には
・合戸(どうど) 富山町・・・護法戸村、御法土村などの表記も江戸時代初期にされていた。
・郷渡村(ごうとむら) 勝浦市
があります。それぞり地名由来ははっきりしません。

4、≪神代 かじろ≫ 市原市

戦国時代に「梶路郷」と見え、村上民部大輔の所望に任せて守護不入の地に定められている。(角川 日本地名大辞典)
中世の城跡(神代城跡)があり、村内に日本武尊の東征時に創建されたともいわれる神代神社がある。三大実録に記載された「神代神」はこの神社のこととされる(平凡社 千葉県の地名)

東庄町と干潟町には「上代」と書いて(かじろ)と読む地名があり、神代とも書いていた。
平安期の和名抄の下総国海上郡に「神代郷」という郷名がある。
この「神代」の意味は「神稲代」の略で、神に供する稲田の地で香取神宮の邑であったとされています。(角川 日本地名大辞典)

このため、この市原氏の神代(かじろ)も同じ「神稲代」の意だったのかもしれません。

ただ、「梶路」地名については和歌山県と大阪府の県境付近に「梶路」で「かじ」と読む場所があり、梶路峠、梶路谷などの地名がありました。こちらは少し意味合いが違いそうです。

その他の「神代」とつく全国の地名を探してみました。
北海道室蘭市神代町 (かみしろちょう)
秋田県仙北市田沢湖神代 (じんだい)
千葉県市原市神代 (かじろ)
富山県氷見市神代 (こうじろ)
石川県羽咋郡志賀町神代 (かくみ)
愛知県半田市神代町 (かみしろちょう)
兵庫県南あわじ市神代 (じんだい)
島根県雲南市三刀屋町神代 (こうじろ)
岡山県津山市神代 (こうじろ)
岡山県井原市神代町 (こうじろちょう)
岡山県新見市神郷下神代 (こうじろ)
岡山県新見市哲西町上神代 (こうじろ)
岡山県真庭市神代 (こうじろ)
山口県柳井市神代 (こうじろ)
福岡県久留米市山川神代 (くましろ)
長崎県雲仙市国見町神代 (こうじろ)

このように「こうじろ」と読む地名が多くありました。


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千葉の難読地名 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/06/16 21:35
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