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千葉の難読地名(17) 神納、御子神、神久保

「神」と付く地名 その二

≪神納 かんのう≫ 袖ヶ浦市
≪御子神 みこがみ≫ 南房総市
≪神久保 いものくぼ≫ 八千代市
≪榎神房 えのきかんぼう≫ 茂原市


千葉難読地名17

5、≪神納 かんのう≫ 袖ヶ浦市

貞治元年(1362)の寄進状に「加納郷」と見える。また文禄3年(1594)に神納村との村名が記載されている。(平凡社 千葉県の地名)

地名は、
1)飯富の式内社飯富神社の加納田があった事に由来する
2)率土神社に神鏡(八咫鏡)を収めたため「神納」と称したことに由来する(率土神社縁起)
などあるが、地形語で「浸食された山麓沿いの傾斜地」などという説もある。

口碑によれば、源平の乱で、宇治川の戦いに敗れた摂津源氏の一党6名がここに逃れてきて帰農したのが草分けだという。
(角川 日本地名大辞典)

<神生 かんのう> 旧山田町(香取市)
 神尾とも書き、加納または神野が転訛したものと言われる。

<桑納 かんのう> 八千代市
 官能村などとも昔は書かれていた。
 神生、神納、神尾、神呪など皆「カンノウ」と読み各地に散見される。
 これらはほぼ同じ崖地などの地形語と考えられる。

<観音 かんのう> 佐原市
 地名は聖観世音を本尊とする真言宗観音院(廃寺、現在観音堂)の所在によるものか。(角川 日本地名大辞典)
 この地名も上の神納などと同じく地形語であったものが、地元に観音院があったために「観音」と書かれるようになったのではないか。

6、≪御子神 みこがみ≫ 南房総市(丸山町)

慶長2年(1597)に村名が見える。
古来から神社本宮の主神からその子供を神として分けて祀ることも行われてきた。
子神などを祀った所を「若宮」または「御子神(みこがみ)」と呼んでいるので、この地名もその流れでしょう。
御子神地区には「王子神社」が安置されていますのでこれに 因むものと考えてもよさそうです。

7、≪神久保 いものくぼ≫ 八千代市

古くは芋窪・神窪・伊毛窪とも書いた。室町期は伊毛窪村、江戸期は神窪村。
神久保地名になったのは明治22年

地名の由来としては
「いも(傾斜地の滑落土が堆積した)・の(接続詞)・くぼ(窪み)」=「いものくぼ」から変化したと考えられます。

8、≪榎神房 えのきかんぼう≫ 茂原市

元は「神房村(かんぼうむら)」といった。
地名の由来は、地元では日本武尊が子ノ神社に住んだことにちなんだとされている。(角川 日本地名大辞典)
また、神房村は桂村(桂郷)に含まれていたが、寛文10年(1670)に分村して誕生したという。
明治9年(1876)以前に「榎神房村」に改称した。(平凡社 千葉県の地名)

神房(かんぼう)もやはり崖の地形語からだとされています。


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千葉の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/06/17 07:00
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