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千葉の難読地名(19) 日在、日秀、日当

≪日在  ひあり≫ いすみ市
≪日秀  ひびり≫ 我孫子市
≪日当  ひなた≫ 長生郡白子町(南・北)


千葉難読地名19


千葉県内の「日(ひ)」から始まる地名を探してみました。

≪日在  ひあり≫ いすみ市

ここは「日在海岸」としてむかしから有名で、多くの著名人も訪れています。
・山本有三 ・・・ 「真実一路」を近くの旅館に宿泊して書いた。
・林芙美子 ・・・ 「放浪記」の中で、日在海岸の情景を記している
・森鴎外 ・・・ 日在地区内に別荘を建て、小説「妄想」に近くの光景を描写
    その他、有名人の別荘も沢山あった。(平凡社 千葉県の地名)

 ここは、元大原町で、戦国期に「ヒヤリ」の地名があった。「ヒヤリノ円明寺」などと書かれている(平凡社 千葉県の地名)
江戸期は「日在村」とか「日有村」などと記載がある。
地名由来としては
・紀伊国日高の字体くずれで、紀伊・和泉などの上方漁民の移住を裏付けるもの(夷隅風土記)
・昔貴人がこの地を通った時、まだ太陽が在ると言った
・「ひび(皹)・あり(有)」で亀裂(浸食による谷)のある土地という意味
などの説がある。

(ヒアリ、ヒヤリ 地名)
・静岡県浜松市天竜区日明 (ひあり)
・埼玉県加須市上樋遣川 (ひやりかわ) 樋遣川村(ひやりかわむら)があった。
・兵庫県淡路市ヒヤリ峠        (ひやりとうげ)

地名を漢字で考えてしまうと意味が不明な事が多いので、ヒアリ、ヒヤリで検索してみました。
意味はやはり不明でしたが、ヒヤリ ⇒ ヒアリ の流れだと思われます。

≪日秀  ひびり≫ 我孫子市

下総国相馬郡のうちにあり、古くは「日出村」と称し、元禄5年(1692)新木村から分村し「日秀村」と改称した。(角川 日本地名大辞典)
日秀村の南、手賀沼の北に「日秀新田」があるが、ここは江戸期からの手賀沼開発によって成立した新田村と思われる。(角川 日本地名大辞典)

調べてみると、日秀(ヒビリ)地区には「将門神社」があり、多くの "平将門"伝説があります。このため地名由来のもこの将門に関するものがあります。

1) 手賀沼を臨む台地から日の出を拝んだことに由来
2) 古くは「日出(ひいで)」と呼ばれ、それが「ひいび」と転訛し、 「日秀」の文字があてがわれ「ひびり」となった
将門伝承では
3) 天慶三年(940)に将門が戦没するや、その霊が対岸の手賀沼村明神下より沼を騎馬にて乗り切り、湖畔の岡陵に登り朝日の昇天するを拝したことによる
4) 将門の遺臣である日出弾正なる者がこの地に隠栖(いんせい)したことから、日出(ひいで)村と呼ぶようになった
などとも言う。

ただ、日出村(ひいでむら)の表記は元禄15年(1702)の水神社の石祠にも記されているが、それより前の寛文12年(1672)の庚申塔には「日秀村」と刻まれているとある。
角川の地名辞典には「旧高旧領」に「日秀村新田」と記載があるが、誤記か。などと書かれている。
恐らく1702年に誕生した「日秀村(ひびりむら)」よりも以前から「日出」「日秀」の両方が使われていたのではないかと思われる。

将門神社の西にある「日秀西遺跡」(県立湖北高校用地近辺)が学校建設時に発掘調査ガ行われ、縄文時代から平安期の遺稿が見つかっています。この中に官衙の建造物の跡が見つかり、8~9世紀の古代郡衙(ぐんが)跡と考えられています。
千葉県内初の「和同開珎」の銀銭が見つかっています。(角川日本地名大辞典)

≪来秀  らいしゅう≫ 鴨川市

「日秀」と似た地名「来秀」がありましたので、紹介しておきます。
読みからは普通の音読みで「らいしゅう」です。
江戸時代初期は「太尾(ふとお)村」に含まれていましたが、元禄6年(1693)に分村して「来秀村」が誕生しました。(平凡社 千葉県の地名)
地名の由来としては「くり(抉)・ほ(山頂)」の転訛で山頂付近が崩れたことを指したものか」との説がありました。

≪日当  ひなた≫ 長生郡白子町(南・北)

 文禄3年(1594)の上総国村高帳に「南日当村」「北日当村」の記載がある。
周辺の低湿地の開発は天文期(1532~55)に行われたが、水害被害も多く、土地が砂地のため悪米の場所であった。

地名も恐らく日当たりの良い場所への願いが込められたものか?

その他、「日」のつく地名として以下のものがあります。

・千葉県山武市日向台 (ひゅうがだい)
・千葉県松戸市日暮 (ひぐらし)


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千葉の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/06/19 04:58
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