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千葉の難読地名(20) 廿五里、十三間戸

≪廿五里  ついへいじ≫  市原市

千葉難読地名20


千葉県には数値の入った地名がたくさんありますが、今回はその中で少し大きな数値の地名を拾ってみました。

1) >≪廿五里  ついへいじ≫  市原市

  戦国期には津比地(つひじ)と見え、江戸期には津以比地(ついひじ)、二十五里とも見え、また露乾地(つゆひじ)とも書いたと伝える。(角川 日本地名大辞典)
地名の由来は、鎌倉から25里の里程にあったことによるという伝承があるが未詳(角川 日本地名大辞典)

場所は養老川に面する低平地のため、しばしば洪水の被害を受けた。
この場所は川の渡し場があり、津比地(つひじ)郷と記録されており、地名の名は元は「築地(つきじ)」と同じ埋立地、それも津(湊)を作るために埋め立てた場所ではないかと思います。
その他、
・ 「す(洲)・ひじ(泥地)」の転訛で養老川の運んできた土砂の堆積地で泥湿地
ともありました。

この【つひじ】が何故江戸時代になって「廿五里=二十五里」と書くようになったのか。
・ 石が多く混じるゴリゴリした土地であったことから五里×五里=二十五里 ⇒ 廿五里 と変化したという説
・ 昔当地の東泉寺にあった繍仏(刺繍の仏像)が霊異を起こし、これを崇敬した源頼朝が毎月焼香の使いをよこした。その距離が25里であったという説
などがありました。
25里=約100kmほどですから、鎌倉までの距離も、古東海道のように東京湾を船でわたれば30kmほどしかはなれていませんが、陸路を行けば100km以上はありそうです。

2) ≪十三間戸  じゅうさんまど≫  神崎町

 ここは茨城県稲敷市(旧河内町)にある十三間戸  昭和41年(1966)に起立。もとは現茨城県稲敷郡河内町十三間戸字元野。地名は「じゅうさん(十三)・ま(間)・ど(処)」で長さの単位で何かが十三間(一間は約180センチなので約2340センチ)ある所という意味。

鎌倉時代に奈良に忍性が「北山十八間戸(けんと)」というハンセン病の保護施設を建てましたが、これは1間一部屋で18部屋の長屋敷の施設でした。

また我孫子の小字名ですが、「四間戸(しまど)」「十二間戸(じゅうにまど)」という地名があります。
この間戸(まど)はおそらく竈(かまど)の意味だろうといわれています。
その地区に生活する人々の所有していた竈の数=家の数 を表していたのでしょうか。

ただ、日本語の「窓(まど)」は昔は「間戸」と書いていました。
英語では風が通るところとの意味合いがありますが、日本の「間戸」はそこから庭や景色をながめるところという意味合いがあるように思います。

3) ≪十五沢  じゅうごさわ≫ 市原市
  文禄年間以降(1592~1596)に新生村から分村して十五沢村が成立。
地名は「もち(傾斜地)・さわ(沢)」の変化したもの。
満月=望月=もち=十五日であることから「十五」=「もち」は傾斜地を指す。

4) ≪十太夫  じゅうごだゆう≫ 流山市
  江戸期は十太夫新田。小金牧のうち上野牧の一部を慶安2年(1649)に新田開発して成立。
  地名は新田開発者名を採ったもの。
  現在はおおたかの森といった方が場所は分りやすくなったが、旧地名を残そうとしているようだ。

5) ≪五十蔵  ごじゅうくら≫ 南房総市和田町
 慶長年(1597)の検地帳では「五十倉村」とあり、正保郷帳には「五十(いそ)蔵村」とある。
全国に「五十」とつく地名はかなり多く、五十鈴、五十川、五十人、五十石などたくさん出てくる。
一般には五十は数値の中では大きな数値で、「たくさん」という意味で使われているようだ。

6) ≪九十根  くじゅうね≫ 大網白里市
 地名は砂丘・小丘などの連なった土地の意か。(角川 日本地名大辞典)

7) ≪万石  まんごく≫ 木更津市
 南北朝期~室町期は万石郷とみえる。また万国郷・万石村などともある。
江戸期は万石村と記している。
地名は小櫃川最下流域にあり、「はし(端)」の転訛での土地を指したものか。

<その他の各地の万石地名>(五万石、百万石などは除く)
宮城県石巻市万石町 (まんごくちょう)
秋田県湯沢市万石 (まんごく)
岐阜県大垣市万石 (まんごく)
岐阜県高山市朝日町万石 (まんごく)
京都府京都市西京区松尾万石町 (まんごくちょう)
熊本県熊本市北区清水万石 (まんごく)


8) ≪万木  まんぎ≫ いすみ市 
戦国期に万喜とあり、万騎とも書かれている。
江戸期は万木村、万喜村と両方の地名表現がある。
場所は夷隅川の中流に位置し、川が蛇行する様を「まき(巻き)」と表現したものか。

9) ≪萬歳  まんざい≫ ≪萬力  まんりき≫ 旭市
  萬歳、萬力ともに、椿海(つばきのうみ)を寛文年間(1661~1673)から新田開発したことで、新たに成立した村である。
地名に佳字を充てたものである。
開拓者の人々の思いが地名に込められている。

その他「五十土(いかづち)」(千葉市若葉区)は、No.13の「土」のつく地名でとり上げた。


千葉の地名シリーズ最初から読むには ⇒ こちらから


千葉の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/06/20 05:13
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