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懐かしき三渓園

 私は幼い頃から小学1年までいた。
場所は本牧で、三渓園のすぐ近くだった。
小学校はこの庭園のすぐ隣にあった「間門(まかど)小学校」へ1年間通った。

子供の頃はこの三渓園は出入り自由で、子供達の遊び場だった。
トンボとり、ザリガニとりなど日の暮れるのも忘れて、門がしまってしまったこともあった。
そんな時は、年長の子供らの案内で、なんとか脱出できたようだが、どうやって出たのか?
あまり記憶に無い。

さて、年をとるとこんな子供の頃が無性に懐かしくなる事がある。

この三渓園は、ご存知の方も多いが、実業家の原富太郎(原三渓)が明治末期から造園してきた庭園を昭和28年に横浜市に寄贈されたために、市の公園となった。
寄贈後、ここは「財団法人 三渓園保存会」が管理運営を行っている。

そして、この財団設立50周年の2003年にある写真集(アルバム)が発行された。
「三渓園・戦後あるばむ  -今と昔、変わらないこと・なくなったもの-」

今から20年近くも前のものだが、昔、手にとって見た記憶があり、古本で検索してヒットしたので取り寄せた。

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このアルバムには、昭和30年前後の写真をいろいろな方面から集めて、沢山掲載されている。

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これらの写真を見ると、自分の子供の頃にタイムスリップしたかのように記憶がよみがえりとても懐かしくなる。
今ではこの三渓園から海の海岸線ははるか遠くなってしまったが、当時は公園の直ぐ先は海で、少しばかりの海岸も広がっていた。
これは隣の間門小学校も同じで、校庭のすぐ先は海に降りることが出来たし、また隣は木々の茂った山でもあった。

私が小学校1年生のときはこの山で山火事があり騒ぎとなったし、運動会には山から取ってきたカラスウリの実を足にこすり付けて少しでも早く走れるようにおまじないをした。

しかし、根岸から本牧あたりは埋め立てられ、海岸ははるか遠のいてしまった。

そして、小学校には海が遠くなった事で、学校内に水族館ができたと聞いている。
なんとも変ってしまったものだ。
その当時の海岸線は、今はその位置の上を高速道路が走っている。

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これらの写真は昭和30年頃が多い。
私が小学校に入学した年でもある。
ここに写っている子供達と自分の昔の姿が重なって見えてくる。

自分も年取ったものだと感じてしまう。




子供のころ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2022/06/08 14:11
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