FC2ブログ

香取神宮(1)

今日は夕方からきれいな満月がオレンジに輝いていました。
オレンジ色の出始めの月は本当に大きいですね。
この頃になると、夜も早く暗くなるので特に綺麗です。

 さて、下総国一宮の香取神宮を数回にわたって紹介します。

香取神宮は鹿島神宮とともに今の霞ヶ浦への侵入口の両側を守る要の神社です。
この二つの神社に祀られている武甕槌(タケミカヅチ)、経津主(フツヌス)は、日本最強の武人神と言われています。
このため、全国の剣道などの武術競技の人達のお参りも断たないところです。

昔、霞ヶ浦が湖ではなく内海であった頃は、この2つの神社(神宮)がとても重要な意味を持っていたのだと思います。
あまり有名になると私のブログ目的からズレてくるので、どのように紹介して良いかわかりません。

この神社を訪れたのは7月中旬過ぎです。あれから3ヶ月以上が過ぎてしまいました。
せっかく撮った写真も色あせてきますので、内容はともかく写真だけでも見ていただきたいと思います。

IMG_3547s.jpg

香取神宮駐車場のところから神社鳥居の前までお店が続きます。
平日だったので車も少なく、お店からの呼び込みも少なめでした。

「お帰りにどうぞお寄りくださ~い。(ニコニコ)」といった具合です。
でも僕は帰り道はすぐ人の通らないような方向に降りてしまったので店の前は通りませんでした。

IMG_3549s.jpg

鳥居はいくつあるか知りません。大きな立派な鳥居です。
確かもっと前の道路入口の通りにもあったと思うし、利根川そばにもあったような記憶があります。
これは鹿島神宮も同じですね。

この鳥居の入口左手に木の立派な看板が立てられています。
 「定
   車・馬を乗入る事
   魚・鳥を捕える事
   竹・木を伐る事
  右境内において禁ずる」

この先は昔からこの掟が守られてきた神宮の森です。
  
IMG_3551s.jpg

両脇の木々の茂る中を玉砂利のひかれた広い参道が本殿まで続きます。

IMG_3553s.jpg

この参道の途中左手に鳥居が見えてきました。「護国神社」および「要石」への道がここから別れます。
要石が見たくてきたところもありますので、ここから左の昇り道へ。

IMG_3555s.jpg

この道の少し入ったところに「要石道」の石柱がありました。
となりの看板は「千葉県指定天然記念物 香取神宮の森」(昭和49年3月指定)説明です。

IMG_3556s.jpg

道はそのまま護国神社に入ります。護国神社の一の鳥居です。

IMG_3557s.jpg

本道の参道とは違いこちらは山道です。 7月も時期はもう遅いのにまだ紫陽花が咲いていました。

IMG_3558s.jpg

山道を少し登ると開けた広場に出ます。広場の入口に二の鳥居があり、その奥に護国神社がありました。
昭和21年9月に建てられたものだそうです。終戦の1年後くらいです。
この護国神社の脇を入ったところに要石があります。

IMG_3559s.jpg

こちらが要石。石柱の柵で囲まれた要石は鹿島神宮のものと似ています。

現地の説明には
「香取、鹿島の大神、往古この地方尚ただよえる国であり 地震が多く地中に住みつく大鯰魚(おおなまず)を抑える為地中深く石棒をさし込みその頭尾をさし通した。香取は凸形、鹿島は凹形である。
  伊能穎則(ひでのり)
  『あづま路は香取鹿島の二柱うごきなき世をなほまもるらし』 」
とあります。

伊能穎則は伊能忠敬と同じ佐原の伊能家の出の江戸後期~明治始の歌人・国文学者ですが、香取神宮の宮司を勤めています。

IMG_3560s.jpg

これが要石です。鹿島よりはっきり上に出ていると思いませんか?
なにこれ?状態ほどではないですね。

IMG_3561s.jpg

要石の場所から今来た方向を振り返ります。
護国神社が左手先にあります。

IMG_3562s.jpg

要石の場所からそのまま進めば、林の中を通って香取神宮本殿に行けます。
途中に石灯篭の上の部分がたくさん置かれていました。
皆地震で落ちてしまったものでしょう。
石岡の総社宮でもたくさん落ちました。お墓と同じで、頭が重いものは崩れやすいです。

さて、香取・鹿島の要石は地震を押さえつけている大石と言われていますが、東日本大震災にはさすがの神も叶わなかったのでしょうか。鹿島神宮では大鳥居がばったり倒れてしまいました。

江戸の安政の大地震が起きたのは神無月でしたので、出雲に神様が言ってしまっていたと言い訳ができたのですが、今回ばかりは・・・・

さて、こちらの要石も水戸光圀が掘らせてみたが掘り出せなかったとの記述がありました。
鹿島ばかりでなく香取も同じ話があるんですね。
この二つがつながっているなどという話もありますが、今の技術ならどれくらいの大きさか測定したら分かりそうですね。
でもそっとしておいてくださいね。

記事は明日に続きます。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 茨城県情報へ  ← よろしければクリックお願いします。

香取神宮 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/10/29 18:38
コメント
No title
Romanさま こんばんは!
こちら静岡でも、綺麗な月が見えました。
光り輝いている月を見ていると、心が浄化する気がします。

香取神宮の記事を待ってました (*^^)v
参拝出来なかったのが、もう残念で、残念で…
もう興味深々で記事を読ませて頂いています。

さすが武神の神宮だけあって、お写真の鳥居、参道から力強さを感じれますね~ なんか興奮してきます。

香取神宮の要石は鹿島神宮よりもはっきりわかりますね!
見た目は普通の石なのに、何故、いつから伝説として言い伝えられたのか?
黄門さまが鹿島と同じように香取の要石周辺も掘らせたお話。 これも興味深いですね~

僕の頭の中で色んな事が想像されてきます。
次の記事もすごく楽しみです。ありがとうございました☆

かるがも@さま
こんばんは。

やはりお越しくださいましたね。
お約束していましたのでやっと載せました。(汗)

> こちら静岡でも、綺麗な月が見えました。
> 光り輝いている月を見ていると、心が浄化する気がします。
中秋の名月ではないけれど、これからの冬の月は本当は綺麗だと思います。
今日の月も雲もなく綺麗でした。

> 香取神宮の記事を待ってました (*^^)v
> 参拝出来なかったのが、もう残念で、残念で…
> もう興味深々で記事を読ませて頂いています。

そんなに待っていてくれたのですか?
一所懸命に記事も書かねばとは思いますがほどほどにします。

> さすが武神の神宮だけあって、お写真の鳥居、参道から力強さを感じれますね~ なんか興奮してきます。
> 香取神宮の要石は鹿島神宮よりもはっきりわかりますね!

そうですね。はっきりわかります。上にくぼみはない凸型ですので丸いただの石にも見えます。

> 見た目は普通の石なのに、何故、いつから伝説として言い伝えられたのか?
> 黄門さまが鹿島と同じように香取の要石周辺も掘らせたお話。 これも興味深いですね~

このような話はいつの間にか出来てくるんですね。私は信用していませんが。
黄門さんが掘らせるなどという罰当たりなことはしないと思っています。(笑)

> 僕の頭の中で色んな事が想像されてきます。
> 次の記事もすごく楽しみです。ありがとうございました☆

それと、東国三社のもう一つ「息栖神社」は前に記事を書いています。
よければ読んでください。
左のカテゴリの「鹿島香取地区」に入っています。
No title
興味はあったのですが、マイカーがあるでもなく、鹿嶋神宮や香取神宮に行く事はないだろうと思っていたので、今回の記事は大変有り難く拝見させていただきました。これは誰かを唆して、行かなくちゃいけないかな。
要石は今回の震災には力及ばなかったとありましたが、千葉や茨城には私の故郷福島などに比してそれほど大きな被害はなく、身を挺して護っていただいたのかもしれません。

続く記事も楽しみに待っています。
AzTak さま
こんにちは。

> 興味はあったのですが、マイカーがあるでもなく、鹿嶋神宮や香取神宮に行く事はないだろうと思っていたので、今回の記事は大変有り難く拝見させていただきました。これは誰かを唆して、行かなくちゃいけないかな。

やはり一度は行かれたら良いと思います。話のタネにもなります。
近くの佐原のお祭り(7月と10月)や伊能忠敬記念館などと合わせて考えられたらよいですよ。

> 要石は今回の震災には力及ばなかったとありましたが、千葉や茨城には私の故郷福島などに比してそれほど大きな被害はなく、身を挺して護っていただいたのかもしれません。

これも考えようですね。2回目の大きな揺れが茨城県沖であったため津波の被害こそ少なめでしたが
揺れによる被害は東北より大きなものがあったように思います。
未だに屋根の修理や、建て直しもかなりしています。
鹿行大橋が落下して死者が出ましたが、全般的に少なかったですよね。

鹿島大明神!と叫びそうになりましたよ。

> 続く記事も楽しみに待っています。

4回ぐらいに分けることになりそうです。
適当に楽しんでいただければと思います。

管理者のみに表示