諏訪大神(千葉県東庄町)

 香取神社を5回に分けて紹介してきましたが、周辺で少し気になるところを紹介していきたいと思います。
まずは、香取神宮から銚子の方に利根川を下ると小見川(現香取市)を過ぎて、少し銚子寄りに「笹川」駅があります。
ここは香取郡東庄町です。
国道356線(利根水郷ライン)の「東庄交番前」の信号の手前に大きな神社があります。

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かなり明るく広い境内です。諏訪神社と呼ばずに「諏訪大神(だいじん)」と呼ばれているようです。
正面が拝殿です。

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神社に書かれている「由緒沿革」を下記に抜粋します。

 当社は御創祀は大同二年、坂上田村麻呂将軍が東夷征伐の砌、武運長久、海上安全を祈願し、勧請されたと伝えられ、以後承平二年、下総国守大江維時(これとき)の社殿造営、元暦元年、源頼朝の社領寄進、文治元年、千葉氏の社領寄進、建久二年、東重胤(とうしげたね)の社殿造営、社領寄進がありました。享保二年、神階正一位に叙せられ、明治四十二年郷社に列せられました。

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坂上田村麻呂の大同二年の創建はどこまで事実かはわかりません。
この時期にたくさんの神社ができています。
でもその後の発展に多くの歴史が眠っていそうです。

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この神社の祭神は諏訪大社の祭神「建御名方命(たけみなかたのみこと)」と事代主命(恵比寿さま)、大国主命(大黒さま)です。
この地を開発してきた大和朝廷の皇室にゆかりの神社です。

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本殿の造りも香取神宮、諏訪大社、出雲大社などと同じ流れを汲んでいるようです。

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神社境内にある「神楽殿」と「相撲土俵」

春(4月)には伝統の神楽(笹川神楽、十六座)が奉納される。

秋(7月)には地域の力自慢やちびっこによる相撲大会が行われ、伝統の山車の引き回しも行われる。

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「神楽殿」です。春の例祭で県指定無形文化財の笹川の神楽が披露されます。

文明7年(1475)、東常縁により、総社信州諏訪神社の神楽と混合した形で、笹川の神楽が誕生。猿田彦大神(天狗)、乙女の舞(おかめ)など16面によって構成されており、諏訪大神の春の例祭(第一土曜日)に、地元の住民によって境内の神楽殿で奉納される。(東庄町商工会HPより)

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「天保十三年七月廿七日(諏訪明神祭禮の日)」の石碑

笹川(岩瀬)繁蔵は相撲の元祖野見宿禰の碑を建立すると共に農民救済を名目として大花会を催した
上州武蔵の大前田英五郎、上州上野の国定忠治、奥州仙台の鈴木忠吉、奥州信夫の常吉、駿州清水の次郎長など天下に知られた親分衆が出席し空前の盛会であった。(天保水滸伝遺跡保存会)

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境内に立派な相撲土俵が作られています。

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ここで出羽海部屋の夏合宿が今でも行われているようです。

相撲にとってはここでの歴史を振り返ってみるととても大切な場所のようです。
「天保水滸伝」講談や浪曲では有名で名前は聞いたことがあっても、私を含め今では知る人も少ないでしょう。

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境内の一角にここ東庄町観光協会の建物があります。
「天保水滸伝遺品館」となっています。

ところで「天保(てんぽう)水滸伝」ってどんな話でしたっけ?
中国の水滸伝はまあまあ知っていますが・・・・

東庄町のHPより

「利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟」
浪曲や講談で有名な「天保水滸伝」は、土地を潤す利根川と共に、昔から語り伝えられてきた東庄が舞台の、笹川繁蔵と飯岡助五郎、二人の侠客の勢力争いの物語。

となっていますが、天保15年(1844)にあった笹川一家と飯岡一家の大乱闘「大利根河原の決闘」などが伝えられて国定忠治の話などとともに講談や浪曲で伝えられてきたもののようです。

まあこのような任侠話しは娯楽の少ない時代にそれなりに世の中に受け入れられてきたのでしょう。
利根の決闘では勝利した笹川繁蔵でしたが、その後賭場帰りに、飯岡側の闇討ちにあい殺害されてしまいました。
知らなくてもいい話かもしれません。

笹川繁蔵の碑はこの神社の裏にある「延命寺」にあります。



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小見川・東庄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/11/05 18:44
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