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善光寺楼門と西連寺仁王門

 石岡市の八郷地区にある建造物で国の文化財に指定されているのは2つだ。
一つは佐久良東雄の生家と善光寺楼門である。

この善光寺を説明するのは後回しにして、この楼門と呼ばれている仁王門と行方市にある西連寺(最近はゆり祭りで知られるようになった)の仁王門にとても似た特徴がある。
これは専門家などによって語られる場合が多いのだが、少し写真などを使って比較してみたい。

まず石岡市太田にある「善光寺楼門」である。国の有形文化財(建造物)に指定されている。

文亀元年(1501)にこの先の山(月光山)に寺が建設されたとされる。
その後、元禄14年(1701)11月に現在地に移され、この門だけが当時の姿として残された。

最初は2階建ての楼門とする予定で造られたが、2階部分の建設を諦めて、1階の仁王門となった。
屋根裏を見ると上層部の軸受けと上層回縁の腰組、旧小屋梁、組物などの一部が残されているという。

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ここからは西連寺の仁王門です。

現地に置かれている説明板より

「仁王門は、天文12年(1543)建立されたもので、もとは三間一戸の楼門であった。天正4年(1576)の修理後、寛政年間(1769~1801)に楼門の二階部分を取毀(とりこわし)して山門(一階建)となった。
その後、安政七年(1860)に現在地に移築され、仁王門に改められたものである。」

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この善光寺の門と西連寺の門は、ともに2階建ての楼門として建設が予定されたが、善光寺は建設を諦め1階建てで終わるも「楼門」として国の認可を受けた。
一方、西連寺の方は最初2階建ての仁王門として建設したが、移築した時に1階建てに変更してしまった。
しかし、こちらは「仁王門」として国の認可を受けたものである。

分かりにくいですね。年代は善光寺は室町時代中期(1501年?)の建設であり、西連寺は室町時代後期(1543年?)の建築とされています。

善光寺楼門の屋根は八郷の茅葺き屋根保存会で吹き替えや維持管理がなされているようです。



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八郷地区 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/12/13 19:01
コメント
No title
おはようございます。

ほぞ組というのでしょう・・・ほぞとみぞで 釘などを使わずに作るこの建築様式が とっても良く分かりますね。
笹子トンネルの例ではありませんが 釘等を使えば必ず金属疲労などが生じますが 同じ材質の組み合わせで精度の高い そして美観滝にも優れた様式で日本人の知恵の深さを感じますね。

色も塗られていないので却って風雪に耐えた重みや枯れた感じが見飽きることない魅力となって惹かれますね。

千社札も 比較的見えにくい処に張られているのもよかったですね。

こうして取り上げて頂かないと見過ごしてしまいがちな地味な建物が Romanさんのブログのお蔭で記録されてゆくのは 大切な事であり尊いことだと思います。

なるほど
今までそういう視点で見たことがなく、この比較は大変為になりました。
今朝のTV放送で、閉館した赤坂プリンスホテルが、最上階から順にまるで
縮んでいくように美しく解体が進んでいることを知りました。
言の葉ISさんに同意で、日本人の建築&解体の知恵に万歳です(^^)
言の葉IS様
コメントありがたく頂戴しています。

> ほぞ組というのでしょう・・・ほぞとみぞで 釘などを使わずに作るこの建築様式が とっても良く分かりますね。

このように昔は釘やボルトなどを使わずに立派な建物を作っています。
こうした建造物もその後装飾用の彫刻などが目立つようになり、陰に隠れてしまいました。
神社仏閣を手がける宮大工の人はみな知識があるのでしょうが、私たちには教えていただかないとわからないですね。

この門のことを調べていて、真ん中のカエルが足を踏ん張ったような形の「蟇股(かえるまた)などのことを知るようになりました。

> 笹子トンネルの例ではありませんが 釘等を使えば必ず金属疲労などが生じますが 同じ材質の組み合わせで精度の高い そして美観滝にも優れた様式で日本人の知恵の深さを感じますね。

技術進歩で長いトンネルもできるようになりましたが、金属疲労が起きるのを検査で防ぐはずであったのに、検査をする人の金属疲労がこの国に蔓延しているようで気になります。
日本人の技術はそんなものではないはずです。
原発などのおごりや危機意識が薄れて事故につながる。困りものですね。

> 色も塗られていないので却って風雪に耐えた重みや枯れた感じが見飽きることない魅力となって惹かれますね。
> 千社札も 比較的見えにくい処に張られているのもよかったですね。

良いところに目をつけていただきました。嬉しいです。

> こうして取り上げて頂かないと見過ごしてしまいがちな地味な建物が Romanさんのブログのお蔭で記録されてゆくのは 大切な事であり尊いことだと思います。

とても嬉しい言葉です。ありがとうございます。
言の葉ISさんの昔のブログなどを読み返したりもしています。
またこちらも訪問させていただきます。
お忙しいところをありがとうございました。
たすけ様
こんにちは。

> 今までそういう視点で見たことがなく、この比較は大変為になりました。

前からにになっていたのですが、やっと記事に出来ましたが、時間もなく中途半端ですみません。
でも、このようにコメントいただけるととても嬉しいです。
たすけさんの刈り取られた高エネ研の茅が屋根に使われるかもしれませんね。

> 今朝のTV放送で、閉館した赤坂プリンスホテルが、最上階から順にまるで
> 縮んでいくように美しく解体が進んでいることを知りました。
> 言の葉ISさんに同意で、日本人の建築&解体の知恵に万歳です(^^)

東京スカイツリーに昔の五重塔などの一番上にはめ込まれた重しの「露盤」の技術が使われたそうです。
地震でも倒壊することがない日本の塔の技術ですが、この使われる木の選定もかなり難しいようです。
年月が経って、割れたり反ったりするような変形をしないことなども技術のうちだといいます。
今残っている奈良薬師寺の塔などの中心に使われている木は樹齢が1000年以上の木でないといけないそうです。
たまにはそんな点も考えながら建造物も見てみたいですね。
でも見た目の美しさはやはり一番です。

これらは木造ですので火災で多くは消失してしまいました。
ヨーロッパなどの建造物とは違うのはやむを得ませんが、日本の建造物の美しさも世界に誇れる技術ですよね。
今日もお越しくださりありがとうございました。

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