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太田善光寺(4)

 石岡市八郷地区太田にある善光寺を数回にわたって紹介しています。

 この壊れかかった寺は、「廃屋マニア」や「心霊ツアー」などに出てきたり、仮面ライダーファンなどによる映画撮影地ツアーなどに知られるのみとなってしまったようです。

しかし、なぜか前から「善光寺楼門」として室町時代の立派な門だけがポツンと残されているのが気になっていました。

そして、調べていくと本当はもっと重要な場所だったのかもしれないと考えるようになりました。
あまりにも具体的な説明がされずにいるような気がしてきたのです。
私は歴史学者でもないし、単なる最近流行になっている歴史好きなマニアの域は出ていません。

しかし、現地に出かけてそこにある風景や吹く風の音や匂いを感じていくと、知らず知らずに本当の姿が見えてくるように思えるのです。

そして、先月から入会した「ふるさと風の会」の会報に、この善光寺で昔行われていた「太田万灯祭」の記事を載せました。
詳細はそちらに1ヶ月以上前に書いてしまいましたので省きますが、写真を残しておきたいものがあるので少しだけ紹介します。

実は「万灯祭」と聞いて、土浦大畑にある「鷲神社(わじじんじゃ)の唐傘万灯祭」を想像していました。
この祭りを知る人もおそらく少ないと思いますが、回転する大きな唐傘に仕掛け花火を仕掛けて、少し離れたところから電線のように張った綱に導火線を巻いて点火します。

これが唐傘に火が移ると勢いよく花火が周囲に綺麗に飛び散ります。昔はこの唐傘がクルクル回って火花も回転して綺麗だったそうですが、これも危ないので回転はさせなくなったと聞いています。
また神社の名前は「わしじんじゃ」というのですが、本当は「とり神社」「おおとり神社」と読むのが正解なのかもしれません。でも地元ではわしじんじゃと言うそうです。

一方、こちら太田の万灯祭は今では行われなくなってしまい、どんな祭りだったのかが気になっていました。
それを、10月に訪れた時に、ちょうど地元の地区のお年寄りがたくさん集まって屋外で輪投げなどのゲームをされていました。

そして、この境内にある「太田田園都市センター」の窓やドアを開けて中を覗くことができたのです。

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善光寺楼門をくぐったところが広場になっており、地区の公園のようになっています。
当然昔は寺の境内であったと思われます。

手前の真ん中あたりに池があります。
万灯祭りは旧暦の6月14日(現在の7月末)にこの境内と、上の寺の周りで夜を徹して行われたそうです。
いわゆる盆踊りに近いものでした。

そこでうたわれる歌が「苗代(なしろ)の水の口 お池の松は姫の松」とくり返し歌ったのです。

もう一つ潮来節の歌がありますが、こちらは風の会の記事に詳しく書いたので省略します。

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こちらが「太田田園都市センター」です。公民館と同じようですが、大きくて立派です。
大広間と畳の部屋をつなぐ廊下があり、炊事場も備わっていました。

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裏山の寺に上る階段の途中から広場を振り返ってみました。
正面に藁葺き屋根の立派な楼門があり、右手が田園都市センターです。
地元の方の話では、この都市センターのある場所に昔(明治の頃まで)は善光寺という寺があり、住職もいたそうです。

この寺の住職の墓は、この階段の途中の(中段の)東側に並んでいるものがそうです。(下記)

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お墓の写真などを載せてごめんなさい。
この上の小田氏の五輪塔などとは異なっていることがよくわかります。
無くなってしまった寺はお宮といわれる現在の大きな寺と思われる建屋の下に位置していたのかもしれません。
下にあったのが善光寺で上のものが新善光寺などということも考えられます。

IMG_4658s.jpg

これが万灯祭りに使われた万灯のの模型です。

少し長くなりましたので、明日もう少し書きたいと思います。

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民族と芸能 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/17 18:43
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