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太田善光寺(5)

昨日の記事の続きです。途中まで書いていたのですが、長くなったので2つに分けました。

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昔行われていた時の写真が、この田園都市センターの部屋に飾られていました。

大きさはこの写真でわかりますね。大きなはしごを真ん中にして6mくらいの長さの太い竹の棒を数本と、縄を取り付けます。
はしごに2人が乗り、それを皆で持ち上げて、寺の周りを歌いながら3周するのだそうです。

これは、サラリーマンも増えたことや人手不足などで、昭和の後半にはいつの間にか行われなくなりました。

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田園都市センターの中の部屋に飾られた写真を撮らせていただきました。
ここに掲載する失礼をお許しください。
もう見ることができなくなったお祭りの写真です。この祭りの記録を残したいと思います。
いつか復活してくれると嬉しいです。

歌などからしても江戸時代から続いていたことは明らかだと思います。

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善光寺楼門の南側には田園が広がります。
この少し先の方には昔恋瀬川に荷を積み出す艀があったようです。

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西側の地区には大きな家も目立ちます。
今の寺の場所に移される前は、この上の(北の)方の高台に寺はあったようです。

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また、この少し南西側に「大足(おおだら」という地名が残されています。
水戸の方にも同じ名前の場所が有り、ダイダラボッチ伝説なども残されていますが、製鉄と関係があるような話も聞きますので、この地も大昔に海の水が入ってきていて砂鉄でも取れたのかもしれません。

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写真の真ん中が「善光寺楼門」です。奥に見える山並みは吾国山(518m)から難台山(553m)、愛宕山(305m)へ続く山並みです。

ところで小田氏が善光寺信仰をしていたのでしたら、善光寺仏と言われる阿弥陀如来三尊が祀られているのかと思いました。

しかし、ここに祀られているのは1寸八分くらいの小さな金の阿弥陀如来像だそうです。
三体ではなく1体です。
普段は個人宅(小田氏の子孫といわれる)の土蔵に保管されていて、この旧暦6月14日にこの田園都市センターにお寺さんを呼んで役員の方々が集まって、開帳されると聞きました。

昔はこれも眩しくて目が潰れるなどと木箱を開けなかったそうです。
金の如来様も見てみたいですね。

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帰る途中で、石岡府中酒造さんの「渡舟」の米の栽培地がありました。



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民族と芸能 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/18 18:41
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