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横利根閘門

 この横利根閘門(こうもん)は以前一度紹介しているが、詳しく見てこなかったので、今回改めて紹介します。
霞ヶ浦が水運で発達していた頃、霞ヶ浦から常陸利根川を下って銚子近くで利根川に入って利根川を関宿(千葉県野田市)までさかのぼり今度は江戸川を下って江戸まで物資を運んでいました。

この常陸川から利根川に入るルートを短縮させるために、二つの川を結ぶ横利根川が作られました。

そして利根川の増水した時に霞ヶ浦が逆流して洪水を起こすのを防止するためにこの横利根閘門(こうもん)が作られました。
大正3年~10年まで7年間もかかって完成したのです。

霞ヶ浦の明治から大正にかけての大改修事業のシンボル的な水門(煉瓦造閘門)です。
この水門は現在も現役で、保守・部品交換もされて維持管理されています。
平成6年には開閉の自動化が行われました。

もうほとんど使われることは少ないけれど、国指定の重要文化財に指定されている貴重なものです。

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レンガ造りはやはり趣があります。
この場所は公園にもなって桜の木もたくさんあるので、お花見の頃はきっと賑わうのかもしれません。

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水門は2箇所あり、こちらは常陸川側の水門です。
もう一つ利根川側にも水門があり、船舶はこの前後の水門の間で一旦止まって、水位を調整して進みます。

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利根川側の閘門から利根川へ入りますが、ここにもう一つ大きな水門が見えます。
この水門は上下に動く今普通に使われている新しい水門ですが、横利根閘門は前後に開閉します。

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利根川側の閘門です。
このようにくの字に折れたように前後に開きます。

IMG_5593s.jpg

利根川側の閘門の位置から常陸川側の閘門を見たところです。
この間に船が入り、水位の調整をします。

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霞ケ浦水運 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/23 18:13
コメント
大正時代ですか
それも、現在国の重要文化財になっている。
お晩です、Romanさん。
確かに見た印象は本当に古い!
でも当時としては相当近代的な装置だったんでしょうね。
今も使っているのですから。
昔は洪水というのが国家の一大災害だったようでして
過去の人達は洪水防止のために
そうとう努力されたんでしょうねえ。
歯車がかっこいいです。
kozoh55さん
今日もお越しくださりありがとうございます。

昔の建造物も実用もありますがこのようなレンガでつくられたのに感心してしまいました。
東京駅もレンガ造りですね。強度もあり、景観も素晴らしいですね。
このような場所が意外に知られていないのです。

> 確かに見た印象は本当に古い!
> でも当時としては相当近代的な装置だったんでしょうね。

公共事業も後々に歴史として残るような配慮をしてもらいたいと思います。
ヨーロッパなどの中世の建造物が今も残されているのはとても素晴らしいです。

> 昔は洪水というのが国家の一大災害だったようでして
> 過去の人達は洪水防止のために
> そうとう努力されたんでしょうねえ。

霞ヶ浦沿岸も昭和になってからも洪水に見舞われてきました。
土浦や高浜(石岡)なども何度も被害を受けました。
いまは全く被害がありません。
しかし、銚子側の水門を開けずに海水が入らなくなってから
湖が汚く息苦しくなりました。
この水門をコントロールして開け閉めすることも今後の大きな課題だと思います。

> 歯車がかっこいいです。

このような金属部品もきっと格好良くなるように配置されているのでしょうね。
好きな人にはたまらないですよね。

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