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大戸神社(香取市)

 鹿島神宮には元鹿島と言われる古社「大生(おおう)神社」を紹介しましたので、今度は香取神宮です。

香取神宮に対しての古社として考えられるのは「側高(そばたか)神社」と今回紹介する香取市にある古社「大戸神社」だと思う。

 ここを訪れたのは、昨年12月半ばです。忘れないうちに記事を残しておかないとわからなくなってしまいます。

大戸神社は成田線の大戸駅に近く、香取神宮の5kmほど西。 佐原の町が真ん中にある。
または、香取神宮から見ると東に息栖神社が有り、西にあるのがこの大戸神社がある。
これも見方を変えれば何とでも読めるが、かなりの古社である。

祭神は天の岩戸をこじ開けた「天手力男命」。創建は日本武尊が東征時に戦勝を祈願して建てたとされる。
明治6年に県社に列せられた。

香取神宮の第一末社であった。
しかし、神主、大禰宜なども別々にいて、領域を区別して取り仕切っていたようです。

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神社のある大戸はのんびりとした田舎町だが、古代の歴史を感じさせてくれる佇まいを見せる。
上の写真は神社の入口にある民家の柿の木。

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拝殿前の御神木の杉の木は樹齢600年ほどと言われています。

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スタジイの大木。

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拝殿です。
正応2年(1289)、明徳4年(1396)、寛文4年(1665)に社殿を造営したことが記録にあり、現在の社殿は宝永4年(1707)に徳川将軍綱吉によって改築されたものと伝えられています。
江戸時代には香取神宮の御朱印地1,000石の内から100石を分配されていたという。

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かつては祭事も年間45回も行われていた記録があります。
明治中期に奉納された大絵馬2枚。

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天の岩戸神話をあらわしたもの

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宝物殿です。この神社の特徴とも言える県指定有形文化財「羅龍王面」「納曽利面」などの特徴ある古面が伝わって残されています。
「羅龍王面」は嘉歴3年(1328)3月在銘があります。
また和鏡3面(鎌倉、室町時代)、千葉県の伝世品で最古と考えられる「籠目太刀(かごめのたち)」1口などがあります。


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(大戸神社HPより借用)上が「羅龍王面(らりょうおうめん)」、下が「納曽利面(なそりめん)」。
ともに鎌倉時代の作とされ舞楽に用いられたもの。

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本殿です。

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神楽殿です。
拝殿手前の建屋にこのような神輿がガラス越しに見えました。
元禄十五年(1703)8月の銘がある神輿です。
この神楽の奥から昭和63年に刀剣が発見され、平安時代末期のころのものと切られているそうです。

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境内末社18座(道祖神三社・浅間神社二社・水神大神・高房神社・白幡神社・稲荷大神二社・大天神社・側高神社・神明神社・豊受皇大神宮・日大神社・疱瘡神社・足尾神社・日吉神社)

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「縁結夫婦杉」
この下が繋がった夫婦杉は香取神宮にもあったし、側高(そばたか)神社にもあったような気がする。

さて、香取神宮はタケミカヅチと同様に武人である経津主(ふつぬす)大神を祀る。
こちらの神もやはり春日大社(藤原氏=中臣氏)にも祀られている。

鹿島神宮のタケミカヅチが多氏一族であったが、この香取神宮のフツヌシは物部氏だ。

するとこの大戸神社は? これはもう二つは融合してしまったのか?
ヤマトタケルが建てたというのだ。

まだまだわからないことが多い神社です。またゆっくりと調べていくのも楽しいかもしれません。



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香取地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/02/07 18:51
コメント
No title
なかなか立派な神社ですね。縣社の格付けを受けたり、年間45回も祭事が行われていたり、神社としての活動も相当に活発だったのでしょう。能面や太刀など残されているものをみても、素晴らしいもののオンパレードです。
時代が移り華やかな時代は過ぎ去り、いまはひなびた神社にしか見えない。そのことが残念な限りです。
AzTakさま
こんばんは!

> なかなか立派な神社ですね。縣社の格付けを受けたり、年間45回も祭事が行われていたり

この神社の歴史を見ると鉄道などない頃にはこの場所でもそれなりに華やかだったと思います。
香取神宮と別にこちらにもかなりの数の巫女さんなどもいたのでしょう。

でも今のこの地はかなりひなびた雰囲気がします。
霞ヶ浦の水運が昔はかなり盛んだったのでしょうね。
今は東京からも遠く、寂しいですね。
場所は佐原の少し手前ですが、佐原も伊能忠敬と小江戸の雰囲気で何とかもっています。
でもやはり都会からは遠いんですよね。

> 時代が移り華やかな時代は過ぎ去り、いまはひなびた神社にしか見えない。そのことが残念な限りです。

でもそんなひなびた神社も僕は好きです。
逆に華やかすぎるのはどこか嘘くさくて好きになれないところがあります。
天邪鬼なのかもしれませんね。

コメントありがとうございました。

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