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石岡の街並み(19)-宮下通り

 石岡駅から八間通りを直進して突き当たり角に「まちかど情報センター」があります。
そこの通りが旧国道355線で昔の水戸街道です。
突き当たり付近から左側が中町商店会の通りですが、少し進んですぐに右(西)に曲がる道が「神社通り」といいます。
観光でこられた方は多くの人はこの道を通っては、総社や民俗資料館の方に進みます。
そして正面突き当りに江戸時代には常陸府中藩(松平2万石)の陣屋が置かれていて、入口に陣屋門がありました。

下の地図では「実科女学校」となっていますが、これは今の石岡二高の前身の学校です。
ここに今は市民会館が建てられ、陣屋門を石岡小学校の校庭に移築してしまいました。

市民会館の入口には「陣屋門跡」の石碑が置かれています。

地図001
(地図はサムネルです。クリックすると大きな画像を表示します)


さて、今日紹介するのはこの神社通りより一つ南側の通り「宮下通り」です。

IMG_5112s.jpg

中町の昭和レトロな街並み手前から右に入ります。
名前の通りお宮=総社宮の下を通る道です。
石岡の街は高台にあり、総社も高台にあります。その総社の麓の入口に続く通りになります。
昔(江戸時代?)はこの総社の入口はこの下から登る道しかなかったようです。

IMG_5114s.jpg

信号を曲がってすぐ右側に駐車場となった空き地があります。(大地震後に駐車場になった?)
このあたりに昔映画館(第一国文館?)があったところのようです。

IMG_5115s.jpg

そのとなりがお寿司屋さん。水車の飾りが目を引きますが、2階は生活感ありますね。

IMG_5116s.jpg

その前が「玉川屋」さんという入り豆のお店です。この出店が中町の通りにもあったように思います。

IMG_5117s.jpg

この通りはすぐにクランクに曲がって下っていきますが、正面突き当りに見えるのはスーパー「タイヨー」さんです。
百円ショップも併設され、安さと品数で人気があります。
一時移転の話もありましたが、ここに残って助かった人も多いようです。

IMG_5119s.jpg

このスーパーも少し高台の方に店があり、下が駐車場になっていたりしますが、昭和10年ころの地図では「久保倉酒造」と書かれています。
こもブログを書くために地図を見ていて初めて知りました。

久保倉酒造さんは大和田三郎左衛門さんのやっていた「大徳」という酒を作っていたようです。
石岡にはたくさんの酒造会社があったようです。
昭和34年にこの中の数店舗が一緒になって「石岡酒造」(大衆酒:白鹿、大吟醸:筑波 など)を設立しています。

IMG_5120s.jpg

スーパーの入口には昔からあるけやきの大木が残されています。
このすぐ裏に「上池」という池がありました。
今では池はありませんが、去年だったか忘れましたが綺麗な公園に整備されました。
地元の人でないとこの公園も陰に隠れていて、あることも知らないのではないでしょうか。

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石岡の街並み | コメント(7) | トラックバック(0) | 2012/12/30 17:05
コメント
No title
こんばんは
とんでもなくお久しぶりで
申し訳ありません…(>_<)

いつも訪問してくださって
本当に有難うございます。

Romanさん、どうぞよいお年をお迎えください^^
NINA27さん
こんばんは。
子丁寧にありがとうございます。
いつもしっかりチェックさせてもらっています。
お仲間も増えて仕事もお忙しくなり益々充実してこられたみたいですね。
フイルム写真も挑戦ですね。これからのNINAさんの写真を楽しみにしています。
最近はRom専ですが。
来年もよろしくお願いします。
こちらはまだ無休を決めているのでもう1日あります。
コメントたいへん嬉しかったです。ありがとうございました。
坂道
またお邪魔します。
宮下の通りは恋瀬川に向かって下る坂道で、石岡から出てゆく通りという感じです。写真からもタイヨーから低い道路が見られますね。
 昔の道路は地形の傾きのままに作ったためか、真っ直ぐということがないようです。陣屋門に至る土橋通りは城に至る主要な道路だったのでしょうが、微妙に曲がっているのは宮下側に土地が傾斜しているためでしょう。
 上池の横の道は大雨のときは宮下へ大量の水が流れ下る道ですが、たしか大きな暗渠があったかと思います。
 総社の横の崖にはおみたらしと呼ぶ小滝があり、このあたりは水の流れもおもしろいという記憶があります。
忠顕さま

> 宮下の通りは恋瀬川に向かって下る坂道で、石岡から出てゆく通りという感じです。写真からもタイヨーから低い道路が見られますね。

今は355号のバイパス(一時は有料道路)が下を走っています。このあたりが最も石岡でも低地のようです。
宮下通りも昔からの道なのでしょうが、石岡から出て行くイメージなのでしょうね。

石岡の市街地はいつごろ作られた街立てなのか、かなり古い時代に考えられて作られたものだと感じています。
石岡駅のあたりは新しいのですこし印象も違いますね。

>  昔の道路は地形の傾きのままに作ったためか、真っ直ぐということがないようです。陣屋門に至る土橋通りは城に至る主要な道路だったのでしょうが、微妙に曲がっているのは宮下側に土地が傾斜しているためでしょう。

この土橋(つちはし)通り=神社通りは昔は総社の入口ではなかったようですね。
陣屋やその家臣たちが近くにいた江戸時代にはつながっていたのかもしれません。奉納相撲は行われていたとも言われています。

>  上池の横の道は大雨のときは宮下へ大量の水が流れ下る道ですが、たしか大きな暗渠があったかと思います。
>  総社の横の崖にはおみたらしと呼ぶ小滝があり、このあたりは水の流れもおもしろいという記憶があります。

情報ありがとうございます。おみたらしは今も水が流れています。1年ほど前に少しだけ整備したようです。
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鍵コメさま
お問い合わせありがとうございます。
メールアドレスの表記がありませんでしたのでここに回答いたします。
ここに掲載の地図は、江戸時代のものではありません。昭和初期(昭和10年?)にものです。
またどこで手に入れたかは忘れてしまいましたが、大きな地図をどこかで頂いたと思います。
はっきりしません。
市販されているものではありませんが、この地図が使われているのは「いしおか昭和の肖像」写真集の表紙裏に印刷されています。
また市内の「東京庵」(蕎麦屋)の壁にも貼ってあります。
残念ながら江戸時代のこのような地図は見たことがありません。石岡市史などに載っている手書きの図面くらいでしょうか。
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