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会津民家(3)

 会津民家の3回目です。

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馬屋です。入口の土間を入ってすぐ左手に馬小屋が家の中にあります。

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土間に大きな土釜が作られています。

今年はNHKでも「八重の桜」が放送され、会津の見直しが図られそうです。
戊辰戦争では最新式銃で戦った八重(後の新島襄の妻)に注目が集まりそうですね。

私の故郷に近い新潟の長岡に行くと、学校の遠足などでも会津に行くことが結構多いそうです。
野口英世記念館や会津城、飯盛山などでしょうか。

さて、新潟県長岡で有名な人といえば、小泉首相が挙げた「米百俵」の話や山本五十六もいるが、河井継之助(司馬遼太郎の「峠」の主人公で越後長岡藩牧野家家臣)がかなり有名な人物なのだ。

戊辰戦争で長岡城は一旦陥落したが、継之助の采配で奪還した快挙が人気を呼ぶのでしょうか。
しかし、流れ玉に当たり大怪我を負った継之助は城も再び奪われ、会津を目指して落ち延びたのです。
しかし、途中の福島県只見の塩沢で息を引き取りました。

会津とは仲間意識が今も続いているようです。

この長岡の牧野家の支藩が茨城の笠間藩の牧野家です。
しかし戊辰戦争で笠間藩は会津攻撃に加わっており、会津の味方をした長岡藩とは違っってしまいました。

昨年、中国で日本の大使の車の日の丸が奪われる事件が起きました。
この時1900年に起こった「義和団事件」を思い出された方もおられると思います。

私もまっさきにこの事件が浮かびました。西太后の清朝の時代ですので、この時とは明らかに違いますが、この事件については歴史の授業での記憶はほとんどありません。

昔、アメリカ映画で「北京の55日(55 Days at Peking)」で事件に興味をもちました。
映画はアメリカが作ったので、アメリカ中心でしたが、各国が北京で籠城して各自国からの助けを待って、55日間耐えたのです。

この時に日本の統率力の良さがひときわ群を抜いていたというのです。
この日本をまとめていたのが、会津出身の柴五郎でした。

この時の日本に感心した英国が、その後日英同盟を結んだのです。

私の上の娘が英国人と結婚しましたが、英国人はその時日本人とともに手を取り合ったのに、その後同盟を廃棄して日独伊の三国同盟を締結したことにより、裏切り者の日本人という印象を持たせてしまったようです。

英国は日英同盟を締結するまでどの国とも同盟はしていなかったのです。
私たち日本人もその頃のことももう少し理解しなければならないのでしょう。

柴五郎は戊辰戦争の時はまだ10歳だったそうです。破れた会津藩士と家族は青森に逃れて暮らしました。
柴五郎もこの中にいたようです。

前に柿岡曲馬団の春二郎について書きましたが、この春二郎の家族(荒川家)も会津から青森(陸奥)に移った家族だったそうです。(柿岡曲馬団の記事 → こちら)(春二郎の墓、善慶寺 → こちら

こんなことも考えながら、今年の大河ドラマも楽しんでみたいと思っています。

会津にある野口英世記念館には野口英世の母シカがアメリカの英世に送った手紙が展示されています。
これには感動を覚えます。母が子を想う気持ちがストレートに書かれていますね。
「早くきてくだされ!(会いたいので、帰ってきて欲しい)」と何度も繰り返し書いてあったように思います。

 英世はどのような気持ちでこの手紙を読んだのでしょうか。
明治時代ですからアメリカは遠いですよね。船で行くのですから・・・・。

私も昔子供の頃に、横浜の港に父の知り合いの渡米する船を見送ったことがあります。
港で色とりどりのテープを投げ合ってテープの両端をお互いに持ち合い、ちぎれるまで握りしめていたものでした。
いまでも船旅には似たような習慣が残っている場所もあるようですが、外国行くのは遠かったんですよね。

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風土記の丘近辺 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2013/01/17 19:21
コメント
戊辰戦争など
今年のNHK大河ドラマは絵づくりを細部まで丁寧に作っていて感心します。近代なので知ってる事は多くごまかしをしたらすぐに分かってしまい、ドラマの価値自体疑われることになります。
ところで戊辰戦争では官軍と言っても薩長で構成されていたのでしょうが、その十年後の西南戦争では廃藩置県と徴兵が行われたためか、石岡からも参加したようです。子供のころ父が近所の家を指して、ここのひいおじいさんは西南戦争に行ったんだよと言ったのを覚えています。
嗚呼、憧れのハワイ航路♪
アップダウンクイズでハワイに行ける!(飛行機ですが^^;)
子供の頃、ホントに憧れでした。

ご長女様が英国人とご結婚...これも憧れます。
私、イギリスが好きなんです。
「あら?たすけさん海外へ行くのですか?」
「えぇ、ちょっと孫に会いにロンドンに。」
娘には英国人と結婚してもらい、この台詞が
言いたかったんですけどねぇ(^^;)

来週、娘は卒業旅行で初の海外旅行ですが
「どこ、行くんだ?」
「えっとね。ベトナムとカンボジア」
「遺跡を気球に乗って見てくる♪」

ハワイも欧州も眼中にないようです。トホホ・・
忠顕さま
こんばんは。

> 今年のNHK大河ドラマは絵づくりを細部まで丁寧に作っていて感心します。

この会津の民家をみているので比べたりしています。よくできていると感じています。
これからも楽しみにしていますよ。明日BSでまたアテルイ伝もやりますね。
NHKが大和朝廷(天皇)の反対側のことを描くのは珍しいですよ。

> ところで戊辰戦争では官軍と言っても薩長で構成されていたのでしょうが、その十年後の西南戦争では廃藩置県と徴兵が行われたためか、石岡からも参加したようです。子供のころ父が近所の家を指して、ここのひいおじいさんは西南戦争に行ったんだよと言ったのを覚えています。

石岡にいると天狗党の話はよく聞きますね。
鹿児島に行った時は西南戦争の関係が多かったように思います。
それには石岡からも参加したのですね。情報ありがとうございます。
No title
こんばんは~
母が会津坂下町で育ったので、僕も小さい頃に会津に行った事があります。

野口英世の本も母からプレゼントされて、何回も読みました
だいぶ記憶が薄れていますが、Romanさまの記事を読んでいたら、色々と思いだしてきて、
会津にもう一度訪れたいと思いました☆

古民家のお写真が当時の雰囲気を感じさせてくれますね (^^♪
Re: 嗚呼、憧れのハワイ航路♪
たすけさん こんばんは。 憧れのハワイ航路ですか? 懐かしい。 
たすけさんもそんな年ですか? まあ若くはないでしょうが・・・。

> ご長女様が英国人とご結婚...これも憧れます。
> 私、イギリスが好きなんです。

なぜこんなことになってしまったのかなどと思いますよ。
望んでいたわけではないのですが、親から離れたかったのでしょうね。
2番目が1年前に結婚して(相手は日本人です)オーストリアに2~3年ほどいる予定。

みんな親元を離れ、親は勝手なブログを書き、今年は一度くらいは行かねばね・・・。
あまり海外好きではないのです。仕事では何度か数カ国は行っていますが・・・。

> 「えぇ、ちょっと孫に会いにロンドンに。」

今年私の方は実現しそうですが、海外の方が面倒ですよ。

> 来週、娘は卒業旅行で初の海外旅行ですが

今は、みんな海外に行く人が多いですね。

> 「えっとね。ベトナムとカンボジア」

いいですね。すべて社会勉強になるようにしたらいいですね。
日本のこともよく知るきっかけにもなりますし。
井の中の蛙ではしょうがない。
かるがも@さん
こんばんは。

> 母が会津坂下町で育ったので、僕も小さい頃に会津に行った事があります。

坂下町は若松の少し先ですよね。やはり会津の精神を受け継いでいたのでしょうね。
車では磐越で新潟の方まで行ったことがあります。
五色沼も素敵でしたね。また行きたいです。
奥只見の方も行きたいです。

> 野口英世の本も母からプレゼントされて、何回も読みました
> だいぶ記憶が薄れていますが、Romanさまの記事を読んでいたら、色々と思いだしてきて、
> 会津にもう一度訪れたいと思いました☆

この母親の手紙はインパクトが大きいですね。
この記念館に親が子供に書いた手紙のコンクールのようなものをやっていたような気がします。
もう100年も前のことです。

> 古民家のお写真が当時の雰囲気を感じさせてくれますね (^^♪

嬉しいですね。この常陸風土記の丘(公園)に移築されても、私を含めあまり興味がなかったのです。
でも今回じっくり見ていたら、見所がたくさんあるんです。
テレビの画面を見ていても懐かしくなりました。
コメントありがとうございました。

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