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大乗妙典

 石岡市の染谷地区に「大乗妙典日本廻国供養碑」という一風変わった石板が残されている。

IMG_5840S2.jpg
(サムネルです。クリックで拡大します)

前にも紹介したが、その時は表面が苔むして読みづらかった内容が、綺麗に洗われてよくわかるようになっていましたので紹介します。

上の写真がその供養碑というものですが、上下左右に「北」「南」西」「東」の方向が記され、上の段に「奉納」「大乗妙典」「六十六部」の文字が書かれています。

下段右側には「元禄七年十月六日」、その左側に「須賀田庄右門」の文字が刻まれています。

IMG_5840s3.jpg

そして中央には日本地図が刻まれており、国の名前がそれぞれに書かれています。
「みかわ」「みの」「いせ」「いが」「さぬき」など平仮名で書かれているようです。
残念ながら皆を読むことができませんでしたが、当時(江戸時代)の国の名前などと付き合わせてみれば読むことはできそうです。

IMG_5837s.jpg

これは今から300年以上前の江戸時代の初期、元禄7年(1694)にこの地の「須賀田庄右門」という人が、六部(正確には六十六部)となって、法華経の経典を背負って全国を行脚して奉納して回ったのです。
そしてついにその全国を回ることができた記念にこの碑を建立したものと思われます。

六部(ろくぶ)については前にも記事を書いていますので参照してください。(→ こちら

元々は僧侶が托鉢などをしながら、その土地の家などに泊めてもらったりして回っていたのでしょうが、次第に一般人でも行う人が増えてきたのでしょう。

その人たちは恐らく托鉢などではなく、潤沢な路銀を手にして回っていた人もいたのかもしれません。
具体的な話はここには書かれたものはありません。

ただ、この染谷地区の少し高台となったこのあたりを「六部台」ともいっていたといいますので江戸時代といえどもこの全国66カ国の行脚は簡単にはできない大変なものだったと想像されます。

でも、石岡の人でもこの碑を見たことがある人はごくわずかしかいないだろうと思います。

六十六部の碑は全国の道の辻や寺の境内などに残されており、この近くの寺などでも境内を探すとよく見かけることがあります。



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石岡市内 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/01/21 19:04
コメント
これはすごいですね
お晩です、Romanさん。
私も最初は何か落書きかなあという感じでしたが、
拡大してみたら、日本地図ですね、たしかに。
本州、中国、四国、九州たしかに描かれてます。
元禄時代にこの図で何を伝えたかったのでしょうねえ。
こののち、伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」が完成されて、今のセクシーな日本地図が出来るんですもね。
こういう碑文みたいの、好きですね。
入谷の書道博物館に秘蔵されている、石の碑文
各種をおもいだしました。
お陰様で、私のブログが1周年を今日迎えることが
出来ました。
みなさんのおかげです。
今年はぜひ石岡に突入いたしますので
今から楽しみなのであります。
よろしくお願いします。
kozoh55 さん
コメントありがとうございます。

> 私も最初は何か落書きかなあという感じでしたが、
> 拡大してみたら、日本地図ですね、たしかに。

この頃には正確ではなくても日本地図はできていたのでしょうね。
そんなことを想像させてくれます。その全国を回るのも大変だったでしょうね。
歩くか、一部は舟を使ったのでしょうね。
それもこんな片田舎の場所の人が・・・などと思いました。

> こういう碑文みたいの、好きですね。
> 入谷の書道博物館に秘蔵されている、石の碑文
> 各種をおもいだしました。

そうですか。入谷に博物館があるのですか。
この写真の場所は個人所有の墓地のようなもので、小さなお堂があるだけです。
博物館にでも置いた方が良いとも思っていますが、こんな姿でひっそり置かれているのも
探す楽しみがあっていいのかもしれません。(笑)

> お陰様で、私のブログが1周年を今日迎えることが出来ました。

それはそれはおめでとうございます! これからも記事・写真楽しみにしております。

> 今年はぜひ石岡に突入いたしますので今から楽しみなのであります。
> よろしくお願いします。

ぜひお越し下さい。ご連絡いただければご案内もしますよ。

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