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蚕養神社(2)_館山神社(日立市川尻)

 6号国道の日立市の旧十王町に入る堺にこんもりとした小山があり、この山を一部削り取って6号国道の建設がされたと思われる。
国道は坂をゆっくり登ってゆくが、右手(東)に昨日紹介した蚕養神社(こがいじんじゃ)と小貝浜緑地が広がり、左手(西)に館山神社の看板が見える。

蚕養神社側に神社の社務所があるが、これは館山神社の社務所でもあるようだ。
道路の両側の神社は一体に維持管理されていると思われます。

蚕養神社を見に来たついでに立ち寄ってみたのだが、結構興味を持つ事柄があった。

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この館山神社だが、戦国時代?に館山館という城があった場所らしい。
6号国道で山が削られてしまったので、城がどの程度のものかはよくわからない。
すぐ裏手が豊浦中学校があり、この学校あたりが城の遺構なのかもしれない。

上の写真の右側階段の上に館山神社があり、左手の半分位の長さの階段上には白山神社という境内社が祀られている。その他にいくつか境内社がみられる。

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館山神社の入口鳥居の階段入口に昭和3年作られた狛犬が置かれています。
なかなか特徴のある顔ですね。

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館山神社の拝殿です。 素朴な造りです。

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館山神社本殿です。

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拝殿前に置かれた狛犬です。こちらは昭和14年製だといいます。

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白山神社です。こちらは館山神社の上り階段の途中からも行けるように、館山神社の境内社となっています。
こじんまりした祠ですが、この神社を調べてみると、意外に面白いのです。
この白山神社は文明年間(1472)に俊意法印によって勧請されたもののようです。

そして、日立市川尻町に伝わるむかしばなし「伊福部岳の雷神」の話(茨城いすゞのいばらきの昔ばなし→ こちら)話に関係していたのです。

この川尻町に伝わる「この地方で雉を食べなくなった」話は、この白山神社が「お雉さま」として祭られてきたことによります。 
 
この話は常陸国風土記の逸文に出てくる伊福部山の話しと同じである。

概略は
 妹が伊福部の神(雷)に殺されたので、兄は仇を討とうとする。しかしその居場所がわからない。
するとそこに、一羽の雌雉が飛んできて、肩にとまります。
兄は麻糸を巻いた積麻(へそ)の端を雉の尾につけたところ、雉は飛んで伊福部の岳に飛んでいきます。
兄が積麻をたどっていくと、雷が寝ている石屋にたどり着きます。
この雷が妹の敵と悟った兄は太刀を抜いて雷を斬ろうとします。
しかし、雷は命乞いをします。
「もし助けてくれれば百年後まで子孫に落雷のおそれがないようにします。でももしこれに反したら病気になり不幸が訪れるでしょう」と言うのです。
兄は雷を許してやり、それからこの地方では雉を大切にして雉を食べないようになったと言うのである。

この伊福部の神の話は、どこの場所であるかは定説はありません。
その候補として、「八瓶山」、石岡市(旧八郷町)上曽(葺山?、きのこ山)、旧十王町伊師浜に天然記念物のいぶき山イブキ樹叢がありこれを伊福部山とする説などがあるという。

この川尻にある白山神社は最後の伊師浜のすぐ手前である。

一方クレフシ山も今では水戸市の朝房山と定着しつつあるようだが、私のいる石岡の龍神山もその話がある。
山も市が民間(砕石業者)に売り払ってしまったのでは、いくら主張しても虚しくなるだけである。

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豊浦中学校がすぐ裏手(高台)にあります。

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さて蚕養神社としてはここ以外にたくさんあるのでしょうが、会津若松にある「蚕養國神社」は大きさでも有名ですね。

会津の神社は「日本一社」をうたっています。日立の神社は「日本最初」です。
日本一社を歌っているのはつくば市神郡にある蚕影山神社ですね。

今日は節分ですね。昔は年越しの行事(旧暦)だったらしいですね。

恵方巻も関東でもすっかり定着してしまったみたいですね。
どこに行ってもたくさん売っていましたし、飛ぶように売れていました。

大阪人はきっと商売上手なのでしょうね。

私には何が何だかわからないけど縁起物ということでこれからお付き合いでいただきます。
え~と 南南東を向いて・・・。

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養蚕・織物関係 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/02/03 18:45
コメント
狛犬づくしですね
いやあ、悪そうな顔をした狛犬ばかりですね。
特に昭和14年の作品は、
ワルの親子が並んでいる感じでしたよ。
上の狛犬は、本来の姿(を知っているわけではありませんが)のような気がしました。
更に古いのですね。
こういう狛犬達を見ていると、
勝てないのを覚悟しつつ
romanさんと「狛犬勝負」してみたく
なります。
(包丁人味平のようにやたらと勝負にしたがる体質)
今度、私がネタを貯めたら勝負しましょう。
お互い5頭選ぶとか(笑い)
3月には石岡に登場予定をしております。
今から、楽しみなのであります。
kozoh55 さん
> いやあ、悪そうな顔をした狛犬ばかりですね。

そうみえますか? どのような意図をもってこのような顔になるのでしょうね。
地方や年代により狛犬もかなりいろいろな種類がありそうですね。

> romanさんと「狛犬勝負」してみたくなります。
> (包丁人味平のようにやたらと勝負にしたがる体質)
> 今度、私がネタを貯めたら勝負しましょう。
> お互い5頭選ぶとか(笑い)

あらあらこんな勝負もありですか。顔の悪いのやユーモラスなのを探しておきます。

> 3月には石岡に登場予定をしております。
> 今から、楽しみなのであります。

それはすごい。楽しみです。

3月は花粉症の私にとって一番の苦手な時期です。
いつもおとなしくしています。
でも来るときは一度お声をかけてください。案内できるかはわからないですけど。
No title
石岡育ちの日立市在住の者です。
この館山神社は以前から気になっていてやっと先月仕事の合間にちょこっと寄り道してきました。
館山神社の向かって右側に「聖徳太子」と書かれた石碑があるのですがこれは何を意味しているのでしょうか?何か所縁でもあるのかな?
KLF 様
こんにちは。

> 石岡育ちの日立市在住の者です。

ブログにお越しください光栄です。

> 館山神社の向かって右側に「聖徳太子」と書かれた石碑があるのですがこれは何を意味しているのでしょうか?何か所縁でもあるのかな?

そうですね。入り口鳥居の横に大きな石碑がありましたね。
あまり気に留めませんでした。
浄土真宗などのお寺ではよく見かけるのですが、ここは神社ですね。
おそらくとなりの養蚕神社がかかわっているのだと思います。
福島県に養蚕にまつわる「小手姫伝説」というのがあって、これが聖徳太子と密接なかかわりがあると言われているようです。
私もあまりよく知らないのですが、詳細は調べてみてください。
コメントうれしく頂戴しました。
でもこの記事ももう3年以上前になるのですね。思い出しました。
最近はそちら方面はほとんど行っていないです。

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