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蚕霊山星福寺(神栖市)

 神栖町日川の蚕霊神社(これいじんじゃ)の参道を手前に延長していくと200mくらい離れたところに「星福寺」がある。この寺の正式な名称は「真言宗智山派蚕霊山千手院星福寺」となっています。

この寺のとなりに大きな保育園があり、寺が経営していると思われます。

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寺の入口の山門や石柱も比較的に最近立て直したものでしょうか。新しくてきれいです。
この寺がどのように蚕霊神社と関わっているのか、寺を見ただけではわかりませんでした。

でも位置関係から見ても 名前に蚕霊山と付けているところからもこの寺と蚕霊神社は昔一体だったと思われます。

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こちらが本堂です。

向かって左側に立つ像は「南無大師遍照金剛」ですので弘法大師さんです。

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寺の境内に墓地がありますが、この入口に近いところに古びた五輪塔や墓石が集まった墓所がありました。
お墓そのものの写真はあまり載せるのは控えたいのですが、恐らくここはこの寺の住職の歴代の墓だと思われます。

実はこの寺を蚕霊神社の関連した場所として紹介しようと思ったのは、南総里見八犬伝を書いた滝沢馬琴がこの寺を調査していた記録があるのです。
何故調べたのかというとこの寺に蚕霊尊があり、この像が各地に巡行されて各地で蚕産業が奨励されていたタメもあり、多くの地方の「お蚕様」信仰につながっているようなのです。

これはつくば市蚕影(山)神社にもにたような話があり、全国の蚕影神社が分社として建てられたということのようです。

確かに全国を調べると「蚕影神社」はたくさん有り、その総本山がつくば市神郡の蚕影山神社となっています。
しかし、こちらの蚕霊(これい)神社と同じ名前「蚕霊(こだま)神社」なども確かにありますが、それよりも富岡製糸などで有名な群馬県の蚕神社は、蚕影神社が40箇所以上あり、それより少ないけれど同じくらい「絹笠神社」があるのですが、この絹笠神の出処が不明でよくわからないらしいのですが、それがこちらの蚕霊神ではないかということらしいです。

この寺にあるという蚕霊尊はこの寺に現在あるという「馬鳴菩薩」のことだと言われています。

養蚕が各地で行われるようになったのは江戸時代で、西暦1800年代初めの頃からのようです。
馬琴が里見八犬伝を書いたのは1814年~1842年の28年間書き続けてものだといいますのですごいですね。

結果的にはこの書いているあいだに全国に養蚕は広まっていた時期でもあったようです。

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山門を潜ったところに置かれていた石像たち

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こちらは見ざる・言わざる・聞かざるの三猿が彫られています。
きっと「庚申塔」ですね。かなり古そうです。

人間の体内にいると信じられていた「三尸(さんし)」(三虫)。
今でも60日に1度の庚申の日に体を抜け出しその人の悪い行いを天帝に報告されているのでしょうか。

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これは山門の入口に置かれていました。
五輪塔のようでもありましたが、真ん中の丸い石版は時計の文字盤や方位盤のようにも見えました。
少し変わっているので写真に残しておきました。

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養蚕・織物関係 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/06 17:41
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