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塚原卜伝の墓

 今日は鹿島神宮に近い場所に眠る「塚原卜伝」の墓を紹介します。

NHKの時代劇ドラマで放送されているのでこの剣豪の名前を知る人も多くなったかもしれないが、私の年代では宮本武蔵が刀で切りつけたのをさっと囲炉裏の鍋蓋で防いだ少年本の内容の方がよく知っている。

もっともこの話は作り話で、卜伝は1489年~1571年(83歳)の人物で、武蔵は1584年~1645年(62歳?)と時代が合わない。

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鹿島神宮の神官の家系があった卜部(うらべ)家(吉川氏)の二男に生まれた。
この吉川氏は鹿島神宮の神官であったが、常陸大掾氏の一族である鹿島氏の家老でもあった。

後に吉川家から塚原家(平氏)に養子に入った。

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この墓のある場所には「梅香寺」という寺があり、そこに埋葬されたのだが、寺はなくなり、墓だけが小高い場所に置かれている。

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真剣勝負も19回しているが一度も負けず、傷ついたことも一度もなかったという。
しかし、よく語られているように勝負せずに勝つのが本当の強さだという。無手勝流と呼ばれているそうだが、これが晩年の武蔵の心境に近いものだったのかもしれない。

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テレビドラマの影響もあろうが、訪れる人は絶えないのかもしれない。
鹿島神宮や香取神宮は武人の神様と言われているので、剣道をやっている子供達や武道家の人の参拝が絶えないが、この昔の剣豪の墓も一度訪れて見て欲しい。

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鹿島神宮からはそれほど遠くないが「須賀」という地も交通は不便なところだ。
それにしてもこの墓が鹿嶋市の史跡第1号だという。

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この高台の墓の前はひらけており、見晴らしは良い。前の方の畑の先のこんもりとした森には神社があり、出世稲荷神社というそうです。



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鹿島地区 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2013/03/08 20:46
コメント
No title
こんばんは☆塚原卜伝の御墓ですか。興味深いところですね(*^_^*)
ひっそりとした高台、剣豪にふさわしいかも?!お寺はないのに御墓だけが残っているというのも、ミステリアスな雰囲気たっぷりです。

鹿嶋市内にあるのですね?
私もぜひ、訪ねてみなければ=3

VS宮本武蔵との対決のお話(鍋蓋で武蔵の剣を交わしたという)は私も訊いたことがありますが、確かに時代が合わないですね。TVドラマでは武田信玄の家臣となる山本勘助が登場しているところから、ますます”卜伝が活躍した時代っていつなの?”と時代考証について混乱している私です^^;
竹千代さん
こんばんは。

どうですか。テレビでやっているのでこんなのもありですよね。
地図に載っていたので面白いと思い載せてみました。
少し時代が古いので今まであまり脚光を浴びていなかったので面白いですよ。

> 鹿嶋市内にあるのですね?
> 私もぜひ、訪ねてみなければ=3

ぜひ一度行ってみてください。
鹿島神宮に行くときに立ち寄ってもいいですよね。

> VS宮本武蔵との対決のお話(鍋蓋で武蔵の剣を交わしたという)は私も訊いたことがありますが、確かに時代が合わないですね。TVドラマでは武田信玄の家臣となる山本勘助が登場しているところから、ますます”卜伝が活躍した時代っていつなの?”と時代考証について混乱している私です^^;

いろいろご存知ですね。戦国時代がお好きですか?

No title
ここもお寺さんが残っていないのですか。う~~ん、そういうものなのかなあ。

勝負せずに勝つのが本当の強さ…私は、情けないかもしれませんが、勝負せずに逃げるのが生き延びるコツかと思っています。子供の頃、日本刀を握ってみて、こんなものでやりあったら、生傷は絶えないんだろうなと思ったものでした。少なくとも、今の剣道のような動きなんて絶対に出来やしない。そう思いました。
AzTakさま

こんにちは。

> ここもお寺さんが残っていないのですか。う~~ん、そういうものなのかなあ。

かなり古いし、まわりに家も少ないので、檀家もなければ寺は維持して行けなくなってしまいますね。

> 勝負せずに勝つのが本当の強さ…私は、情けないかもしれませんが、勝負せずに逃げるのが生き延びるコツかと思っています。

真剣勝負で何人もの人を殺した。そして最後に到達するのはこの境地なのでしょうか。
私も負けるは勝ちといいつつ勝負せずに逃げますね。

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