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つらつら思うこと(2)

 前回つらつら思うことというタイトルでパスカルの「考える葦」やロダンの「考える人」などのことをなんとなく書いた。

このタイトルでは、日頃なんとなく気になっていることを時々綴っていきたいと思っている。

最近の話題では、柔道の暴力問題がある。
18日に全柔連は理事会で現職の理事長はじめ執行部の続投を決めた。

やはり何も分かっていないと感じたのは私だけではないだろう。
もちろん会長がやめればいいというのではない。

この問題の発端は、オリンピックなどの強化選手の練習で起こった。単なる学校での暴力教師の話とは違う。

一流選手の指導者がこの体たらく(為体)であったことがとても驚きだった。
それなのに・・・何も変わりそうにない。

こんな指導法は大いに反省しなければならない。
体が強靭で、スポーツの試合では強いが、頭の悪い指導者などはこの世界では通用しない。

オリンピックで最近柔道が勝てないのも頷ける。前々回あたりのオリンピックの時ころから気になっていた。
勝てないのは選手の精神力の鍛え方が足りないからなどというように聞こえてきていたから。
世界と競争するのに、未だにこの精神論で、がむしゃらに鍛えて勝とうとしている。
やはりおかしいよね。

指導者には一流の指導法をもっと勉強して、指導者としての資格も必要なのではないか。
当然、メンタルトレーニングや栄養管理など必要最小限の知識がないものは指導者などにするな。

それなのに全柔連の理事会では、学校の部活のレベルを超えるものすら感じなかった。

 また、気になるテレビコマーシャルがある。

グレーゾーン金利で過払いとなったカードローンの回収おまかせという「○○○○法律事務所」のものだ。
もともと法律が曖昧でこんな金利おかしいとは思っていたが、グレーゾーンなどというわからない名前で許可してきた国もおかしい。

この払いすぎ金利分を取り戻してあげるという一見素晴らしいことをやってくれそうに思うが、法律事務所などといっても弁護士など誰もいない。司法書士のグループだ。

過払い金については簡単なソフトが有り、個人でもやり方さえ覚えたら申請できる。
受け取った方が悪いのだから、それを返すのは受け取った方の責任でやらせればよい。
このような中間の手数料を過払いの人たちから取り上げてやる必要があるのだろうか。

儲かるのは、この中間業者と広告収入のあるテレビ会社などだ。こうしたカード会社もいつの間にか銀行と一緒になったりしている。
下手したら、過払い金はほとんど債務者には戻ってこないかもしれない。中間業者の手数料に消えてしまう。

何でも申請主義で、申請しなければ何もやらない・教えないというのは、年金の申請でよくわかった。
やはりこの国はおかしいよ。

人の税金をどう使おうと自分たちの勝手?
この田舎にいると、聞こえてくるのは自分たちの有利なようにお金を回すことばかり。
これも身近な人たちに情報は先に行って、一般庶民の知らぬうちに自分たちの税金が使われているのだろう。
普通の庶民は自ら申請することも知らない人が多いんですよ。

おとなしい真面目な人がバカを見るような世の中にはやはり住みたくないな。

 さて、今回は「人の独立」ということを考えてみた。

福沢諭吉が福翁百話とは別に「福翁百餘話」として19編の話を書いている。
この中に、その最初の章に「人生の独立」ということが書かれている。(こちらで電子版を読めます)

その内容を大雑把に要約すると

「人生の独立などと文字で書けば難しそうだが、深い意味はない。他人に厄介にならないことに過ぎない。
父母の手を離れて一人前の成人男女となったならば、他人はもちろん自分の両親に対してもこれを煩はすのは独立の本位に背くものだ。
この独立には心の独立と、身体の独立の二つのものがある。
「身体の独立」とは親や他人の物質的な援助を受けずに、自分の力で解決していくことであり、「心の独立」とは、社会の処世において自分の考えを持ち、それを言い行って満腔豁然(まんこうかつぜん)洗うが如くにして秋毫(しゆうごう)の微も節を屈することがない姿を言う。
しかし、この心の独立を成し遂げるには、まず身体の独立が先になされていなければならない。」

要は、親を含め他人に衣食住の世話になっていては、いくら自分の考え方を主張しても心の独立は得られないというのです。

まあ、生まれながらに平等というが、鳩○○○(ぽっぽ)などのことを考えると、ちっとも平等ではない。
しかし、母親から多額の小遣いをもらって、いまだこの国を危うくするような発言や行動をしているからこまったもだ。

この意味では身体の独立が逆の意味で出来ていないのかもしれない。

さあ、春めいてきて庭の花々も一斉に咲き出しました。

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スイセン

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椿もこちらの木は少し小さいが大きな花をいくつも咲かせている。

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こちらは別な椿の木ですが、赤い花と白い花があります。
1本の木に別々の色の花がつくんですね。真っ白い花もあります。

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ヒヤシンス?

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馬酔木(あしび)の花は、もう2ヶ月以上咲いている。となりの梅の花はもうほとんど散ってしまった。

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つらつら思うこと | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/03/21 19:13
コメント
考える力
運動部の体罰は昔だけでなく今でもいくらでもあるようですね。旧陸軍内務班のような考え方が官僚組織の意識を通じて全国民に残っている気がします。‘上’の者は‘下’を支配する、人のカネや税金で飲食してセコイと思わない。そんな意識が国会議員から町役場まで、そして一般の会社にまで見られます。その大もとはどうやら論語的教えか、などと考えます。中国の官僚腐敗ほどひどくはなくとも論語は功罪両面あるような。
そんな日本で大事なのは子供たちにセコくなく、それこそ凛として生きる力を与えること。自分の孫などに陋習に流されない、考える力を与えたいものです。
Re: 考える力
忠顕さま

運動部で体を鍛えれば、健全な精神も養われるという考え方は確かにありますね。
それが論語につながるかどうかはわかりませんが、最近の論語ブームも問題かもしれません。
水戸講道館などでも子供達に論語を教える活動があるようですし、合気道なども同じ流れです。

企業等でも昔から運動部の人たちを積極的に採用し、営業などに多く活用してきました。
そして、考えるよりも体力勝負。情報を得るのもまさに夜討ち朝駆けが必要などとの考えはまだあります。
高給クラブにお客を接待して、こっそりと情報を教えてもらう。おかしなものですね。

たしかに新聞社・テレビ局・お役所など、みな同じような土壌がありますね。

> そんな日本で大事なのは子供たちにセコくなく、それこそ凛として生きる力を与えること。自分の孫などに陋習に流されない、考える力を与えたいものです。

同感です。このように育てるのは難しいですよね。

確かに体も鍛えられればそれも必要ですが、もっと科学的な根拠に立脚したやり方が求められると思います。

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