FC2ブログ

額田神社

 額田という地名が気になり地図を見ていたら「額田神社」が古そうな感じであった。
よく分からない時は行って見るに限る。

額田城の脇を北にクネクネとたどる昔の道が見てとれる。それが額田小学校に続いており、小学校のところから神社までとても長い参道が続いていた。

車ではこの道はたどれないので、街道を進んで、途中からこの参道に出た。

IMG_6502s.jpg

参道の両側には杉の木が並び、広い参道が神社へ続いている。

IMG_6504s.jpg

社務所の屋根は地震で壊れたのか、まだブルーシートが架けられていたが、鳥居も神社も影響はなかったようだ。

IMG_6505s.jpg

この額田神社は「鹿嶋八幡神社」というようだ。
この神社の本殿を見て、名前の由来が理解できた。

IMG_6512s.jpg


拝殿が一つで、本殿が二つある。
説明版のとおり、一つは鹿嶋宮で806年に鹿島神宮のタケミカズチを祀って創建された?

もう一つは八幡宮で源氏のお社だ。
ここでは八幡太郎義家(源義家)が東北に蝦夷征伐に出かけて時に戦勝祈願したとあるが、その後にこの地を支配した佐竹氏は、この義家の弟新羅三郎義光の長男が起こした氏族で、次男は甲斐武田氏だ。

佐竹氏も源氏の正統家柄というわけだ。でもこんな本殿は見たことがない。

IMG_6508s.jpg

こちらは拝殿。二つの神社が一つになっているが、お参りする人は同時に二つにお参りするのだろうか。

IMG_6509s.jpg

狛犬(阿型)

IMG_6510s.jpg

狛犬(吽型)。この他に説明では木製の狛犬1対と陶製の狛犬1体があるという。
昔の狛犬は屋外でなく屋内に置かれた木製や陶製のものであったようなので、これも見てみたいと思ったが、どこに保存されているのかわからなかった。

IMG_6511s.jpg

 拝殿の彫刻も見ごたえのあるものであり、歴史的に大切にされてきた神社と思われた。

この拝殿に掲げられた神社の扁額は「額田神宮」とある。神社庁では一般の神社は神宮を名乗ることができない。

ネットで次のような記事があった。
「徳川光圀公の社寺改革で、那珂市額田の八幡宮は全て吉田神社、鹿島神社等に改められた。この社だけ特別で、八幡神を残し、鹿島神と合祀して「額田神宮」とするよう徳川光圀公より命じられたが、神宮は恐れ多いので額田神社としたようである。約200年後、寛政3年(1791)に「正名論」を著わした水戸学の祖 藤田幽谷(ゆうこく)の弟子、会沢正志斎先生(字は伯民)が額田神社を訪れた折り、光圀の命を重んじて「額田神宮」の額を送ったと言われている。」(額田神社HP http://www.nukadajinjya.e-naka.jp/)

少し興味深い。

この神社の裏手にスクナヒコナを祀る「淡島神社」がある。なぜ同じ敷地に続いてあるのか?

IMG_6513s.jpg

スクナヒコナは大国主とともに国造りを成し遂げ、和歌山加太の淡島神社の粟の穂によじ登って、粟の弾力で常世の国に行ったと言われる。
その和歌山の淡島神社の末社である。

この額田を訪れることになったのは城里町(旧桂村)にあったとされる親鸞の大山草庵の寺「阿弥陀寺」がこの額田に移されたということを知って来たもので、この桂村の阿弥陀寺の隣に「阿波山上神社」があり、ここがスクナヒコナが祀られているのだ。

面白い関係だと思う。きっと額田の淡島神社が後なのだろうが、どこかで関係しているはずだ。

IMG_6515s.jpg

しかし、神社のHPによるとこちらは「女性のための神社」と書かれている。これも面白い。
縁結び、子宝の守り神だそうです。

一般には薬の神様、温泉の神様とされています。

IMG_6516s.jpg

IMG_6518s.jpg

額田神社をネットで検索してみると、出てきたのは伊勢の桑名市に額田神社があった。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 茨城県情報へ  ← よろしければクリックお願いします。


常陸大宮・太田 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/03/23 17:25
コメント

管理者のみに表示