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観音寺(潮来)

 先日いった潮来の記事が途中になっていました。
また続きを少し載せます。

潮来に来た一番の目的はこの観音寺に来ることでした。

「瑠璃光山観音寺」(真言豊山派)といい、寺伝によると徳一法師が大同2年(807年)に開創したとある。

徳一法師の寺はこのあたりにもあったのかと少し不思議な気がする。
何せ、筑波山周辺や会津には多くの寺が残存しているが、その他の地域にも多くが徳一法師(法相宗)の創設がかかれている。そのほとんどが大同2年なのだ。

ここの本尊は聖観世音菩薩で、その他に薬師如来と不動明王を祀る。

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創建当時は上戸(この近くにある)の尾の詰(おのづめ)という場所にあったが、観応2年(1351年)に藤原国安により現在地に移されたと書かれている。

この「尾の詰」という地名が何処から来ているのかが分からないが、尾の詰=小野住 となって、ここにも小野小町伝説がある。

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寛政年間(1789~1802)に建てられた山門(四脚門、茅葺、妻入、市指定有形文化財)

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弘治3年(1557)に建てられた薬師堂(三間四面、寄棟、茅葺、県指定重要文化財)

なかなか立派な見ごたえのある薬師堂です。

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徳一法師の像? それとも弘法大師? 

いやいや賓頭盧(びんずる)様だそうです。どこか病の個所があればなでると治ると言われていますよ。
十六羅漢様(仏陀の弟子)の中の第1番です。

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さて、観音堂の上の方にこんな花の彫りものがあった。
これは何?  笹竜胆だろうか。 そうすると源氏のマークになるが・・・。

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(サムネルです)

萱ぶき屋根の薬師堂と手前のしだれ桜、裏手の竹林がすべて美しく調和している。
素敵な空間だ。

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屋根は釘を用いず、四方から中心に向かって集まる垂木を一本の梁が支えている格天井様式だそうだ。

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(サムネルです)

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これが小野小町が植えたとされるしだれ桜の三代目です。

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(サムネルです)

小野小町が眼病を患い各地を回り、この観音寺に百か日の参籠をして全快し、そのお礼にしだれ桜を寄進したと言い伝えられているそうだ。
この眼病やイボなどと言う話が各地で伝わるのも面白い。
石岡の八郷地区に小野越しの北向き観音に伝わる話も似ている。
山を越えた土浦市の小町の里も同じような話だ。

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潮来地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/04/02 19:16
コメント
No title
小野小町伝説、潮来にもあったんですねv-405
土浦(旧新治村)の方は知ってます。こちらには”小町の墓”と言われる五輪塔が残っていました。
土浦と潮来、果たしてどちらが本当なのでしょうね。。。

それにしても茅葺屋根の薬師堂は、ちょっと珍しい気がします。
竹千代さん
> 小野小町伝説、潮来にもあったんですねv-405

どこにもありますね。
「小野という名前がつくところには必ず小町伝説有り」と言えるかも・・・

> 土浦(旧新治村)の方は知ってます。こちらには”小町の墓”と言われる五輪塔が残っていました。

お墓は昔は撮影も自由でしたが、今はお断りの立札があったように思います。
ここも小野家ですし、山越えたところが小野越です。石岡市内の美味しいお蕎麦屋さんが同じ名前です。
この北向観音はとてもいいところです。

> 土浦と潮来、果たしてどちらが本当なのでしょうね。。。

さあて、どちらも本物でもあり、どちらも偽物でもあるようですね。
あまり深くは追求しませんが、亡くなったのはどうやらこのあたりではないようです。

> それにしても茅葺屋根の薬師堂は、ちょっと珍しい気がします。

そうですね。でも昔は結構多かったのでしょうね。

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