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潮来稲荷山と長勝寺(2)

 一昨日書いた潮来の稲荷山に行ったのは3月22日。まだ桜が咲き始めた頃でした。
この時記事を書いていて「長勝寺」という寺がこの山の麓にあることを知りいってみたくなりました。

なにしろ潮来では有名な寺のようなので一度見ておく必要があると思ったのです。
そして2週間後にこの近くを訪れる機会を得て寄り道したのです。

稲荷山の脇道を潮来の街へ降りていくと、古くからの水郷の街並みがあります。
山の麓を通る道は狭くてよくわからないため、商店街の道を進み適当に勘をつけて入ってみました。
一つとなりの道でしたが、大きな駐車場があったので車を止めて歩くとすぐにわかりました。
とても大きな寺です。

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(サムネルです)

海雲山長勝寺(臨済宗の禅寺)です。こちらがその入口の門です。

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(サムネルです)

説明書きによれば源頼朝が文治元年(1185年)に開いた寺です。
頼朝が伊豆で挙兵したのは1180年、その後安房、上総、下総、常陸と勢力を伸ばし、常陸国府(石岡)にやってきたのもこの1180年11月。大矢橋で佐竹義政を上総介広常が打ち取り一気に佐竹を追い詰めていきました。

そして壇ノ浦で平氏を滅ぼしたのは1185年です。
この年にこの寺は建てられたのです。

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(サムネルです)

四月のはじめでしたが、桜は桜吹雪として舞い落ちる素敵な寺を拝顔する事ができました。
桜が散る中、寺への長い参道を進むと立派な楼門が現れました。

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(サムネルです)

下の説明にあるように、元禄時代(江戸初期)に普門院の山門として建立していたものを水戸光圀(黄門)がこの寺に移したものだそうです。
普門院という寺はもう少し東側の洲崎にあるが、この近くに普門院別院がある。どちらなのだろうか。
なぜ移したのだろうか?少し気になるが・・・

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(サムネルです)

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山門をくぐると正面に立派な本堂が見えてきます。

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(サムネルです)

藁葺きの本道は堂々としてその風格を感じます。

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(サムネルです)

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(サムネルです)

造りは桃山時代と考えられると書かれています。
笹竜胆の家紋(寺紋)などが施されており源氏を祀る寺のようです。

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(サムネルです)

臨済宗という禅寺ですから鎌倉時代以降から室町時代頃にこの寺が臨済宗になったのでしょう。
頼朝がこの寺を創建して、その後臨済宗となったものと思われます。

もう少し明日に続きます。

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潮来地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/14 06:49
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