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横浜本牧の八聖殿

 今日は朝早くからミンミンゼミの合唱がはじまりジリジリと暑さが増してきた。蝉もこの頃になるとなにか過ぎゆく夏を惜しんでいるように忙しく鳴いているように聞こえてくる。このあたりでは蝉はアブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシなどであるが、南の地域静岡以南ではクマゼミがものすごい鳴き方で圧倒してくるようである。小学1年生まで住んでいた横浜の本牧元町ではよく近所の友達や二つ上の兄とセミ取りに夢中であった。セミ取りの網などはなかったのか、長い棒の先に針金で輪をつくりそれに朝早いまだ露が付いているくらいの蜘蛛の巣を沢山つけてから山へのぼってセミを捕まえるのである。蜘蛛の巣は粘着力があって木に止まっているセミの背に押し付けるとくっついて蝉が捕まえられるのである。この方法は今の虫取り網よりも確実で簡単であった。ある夏の日に高い木の上の方でシャンシャンシャンとクマゼミが鳴いていたのを見つけたがあまりの高さに見上げいるしかなかったことを覚えている。その後少し大きくなって伊豆の宿屋に宿泊した時、朝起きるとまわり中クマゼミの大合唱であった。このセミはミンミンゼミのように羽が透き通っているが、少し黒っぽく大きさも一回り大きくて、子供の時は自分の昆虫採集標本に加えたいと探したこともあったが横浜で鳴き声を聞いたのはこの1回だけであった。地球温暖化で今では東京あたりまで進出しているような話も聞いた。
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さて、このセミとりの舞台が八聖殿山で、山の上に八角形のお堂があった。これは奈良の法隆寺夢殿の形を模して昭和8年に熊本の政治家が制作したものを昭和12年にこの地に移したものだという。しかし昭和30年当時にはあまり整備はされずにいたように記憶されている。今は横浜の郷土資料館として幕末からの農業・漁業などの展示品を含め無料で公開されているという。周りは本牧市民公園として四季の木々なども美しい市民憩いの場所と紹介されていました。
先日のブログで鹿内孝の「本牧メルヘン」を紹介し、懐かしくなって地図を調べて、昔とはかなり姿がかわり、小さな時の思い出の地が良く分からなくなりそうでした。この八聖殿の街と反対側はすぐ海で崖があり、怖いようでしたし、三渓園や私の通っていた真門小学校もグランドからすぐ海岸に下りられたのですが、今の地図では高速道路が近くを通りその先は石油タンクや工場が広がり、海ははるか先で、歩いてはとてもいけない程先にいってしまっていました。文明の進歩があるのは当然ですが、その変貌ぶりが激しいとどこかにしわ寄せがきます。この文明の技術の進歩が、何千年もの日本の歴史から見て、今後どのような評価が下されるのかはわかりません。でも人間って愚かな生き物か賢い生き物かよくわからなくなっているだな~。

子供のころ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/08/22 11:19
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