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潮来稲荷山と長勝寺(3)

(今日の2本目です)

 潮来の観光でも外せないという長勝寺。
確かにこの桜の時期には特に美しい寺だ。

 この寺は鎌倉幕府を興した源頼朝が1185年に創建したが、江戸時代にはかなり荒れてしまっていたのを、水戸光圀が力を入れて再建・修理したりしたという。

1180年に頼朝が伊豆の蛭島で挙兵した。三浦半島を支配していた三浦氏などを頼り、戦いを始めた頼朝だが、石橋山で敗北して真鶴岬から安房国に逃れた。

ここには千葉常胤や上総介広常が味方になりまず関東の制覇に向かった。
一方常陸国の南部の大掾氏勢力もこの流れに乗りますが、抵抗したのが常陸太田で勢力を持っていた佐竹氏です。

この佐竹氏は八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光の子孫です。
同じ源氏同士ですが、関東では平氏も源氏も入り乱れていますね。

1180年11月に上総介広常と源頼朝は常陸国府(石岡)にやってきました。
そして佐竹氏に国府に話し合いを持つためにやってくるように使者を送ります。
佐竹氏はその時兄弟二人で城を守っていましたが、反対する弟を置いて、兄義政が府中(石岡)に向かったのです。
しかし、府中の入口である園部川に架かる大矢橋で事件は起きました。(こちら
前に書いているので内容は省略します。

この頃の話として思い出してしまいました。頼朝はこの潮来に寺を立てたということはやはり鹿島神宮のとなりであるという思いが強く働いたのでしょう。

さて、この長勝寺には明治の時代にすでに国の重要文化財となっている銅鐘があります。

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この鐘は北条高時が頼朝ゆかりの寺ということで寄進した鐘だといいます。
鐘の銘に「客船夜泊常陸蘇城」と書かれているそうです。

常陸蘇城ということは、この常陸国板来(潮来)が中国の蘇州の風情に似ていたとのでしょう。
この時既にここは水運が発達していたのです。
1330年ころですから、江戸時代よりかなり前です。たくさんの客船がこの潮来の湊に停泊していたのでしょう。
ちょっと想像してみてください。

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北条高時はその後、新田氏に鎌倉を攻められて31歳で自刀してしまいます。歴史の流れを感じます。

境内を散策していたら「潮来の駅屋(うまや)跡」という碑を発見しました。

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奈良や平安時代に古東海道や東山道の官道の途中に馬を常備させた駅屋(うまや)が置かれていました。
潮来はこの東海道から外れますが、常陸国国府(石岡)から鹿島神宮までの道があり、その途中に置かれたと言われています。

常陸国府(石岡) - 曾尼(曾祢)駅(旧玉造町手賀) - 板来駅 - 鹿島神宮

のルートです。曾尼(曾祢)(そね)というのは常陸風土記に「提賀の里より北に、曾尼(そね)の村がある。昔この地に住んでいたそねびこといふ佐伯の名から名付けられた。今は駅家(うまや)が置かれている。」となっています。

そのため、手賀の少し北のあたりとされます。
いっぽうこちらの板来駅は、調べてみると弘仁6年(815)にこの駅は廃止となり、曾尼駅から直接鹿島神宮に向かっていたようです。

この頃は霞ヶ浦(香取の海、流れ海)を通る船のルートもあり、この道の利用状況はわかりません。

でもこの場にこのような看板を掲げられているからには何かここがその駅という証拠があるのでしょうか。
ほとんどの駅が未だに場所が特定されていないのです。地名でここらしいというのが多いのです。

石岡の駅の場所は前に国府町の6号沿いの高台ではないかとブログに書きました。
国府のあとは石岡小学校敷地と認定されたのですが、茨城廃寺のある茨城(ばらき)に茨城郡衙があったとすると、この二つの関係はどのようになっているのしょうか。

昨日、土浦市の上高津貝塚公園で開催されている「古代のみち」の展示会を見てきました。
かなり踏み込んで解釈がされていますが、私の持つイメージと異なります。
やはり土浦を中心に考えてしまうのですね。

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その他に、芭蕉が鹿島紀行(貞享4年(1687)で残した歌の歌碑や、昭和7年に晋風建立の連句碑があります。

芭蕉が根本寺の和尚を訪ねた(こちらに記事載せています)、鹿島神宮に詣でた後、帰路に潮来の医師本間自準亭に泊まったといわれまています。

「塒(ねぐら)せよわらほす宿の友すずめ」松江(自準)

「あきをこめたるくねの指杉」桃青(芭蕉)

「月見んと汐引きのぼる船とめて」曾良

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この文治梅というのは、この寺の創建年号から名付けられたそうです。

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こちらは「茶筅塚」というそうです。お茶をやられている方はご存知でしょうか?
茶道具などの供養?

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こちらは「茶筅塚」に置かれている石碑。何と書かれているかよくわかりませんが、載せておきます。

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この寺もよく調べてから来ないと見落とすものが多いようだ。
機会があればまた来よう。

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なにしろ今回記事を1時間くらい書いていたが、途中保存しないうちに消してしまった。
文章をまた思い出しながら書き直すのって、とてもまた労力が必要ですね。

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潮来地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/14 19:49
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