fc2ブログ

親鸞750回忌(4)

 さて、来年が親鸞の750回忌ということで、本願寺派などでは大々的な行事が行われようとしている。
今春(5~6月)に五木寛之氏の「親鸞(上巻)」が電子書籍として無料公開された。
電子書籍元年といわれるように話題もあってかなりのアクセスがあったという。
私も試してみた。上巻のみの公開であったので、比叡山を下りる時までを描いており、それなりに面白かった。
しかし、下巻は買わねばならず読んでいない。
上巻の流れは面白かったが、何か読んでいて物足りなかった。
親鸞を人間くさく描くとこうなってしまうのかもしれない。

 今日は昨日の続きということで、親鸞のかかわったとされる話を2つ紹介します。
一つは石岡市高浜にある「爪書阿弥陀堂」である。

tsumekaki01.jpg

話は、親鸞が高浜の岸から霞ケ浦を舟に乗り、鹿島神宮へよく通っていた時の話です。
この地に「腫れもの」で悩む一人の男がおり、親鸞が介抱すると腫れものもなくなり、痛みも無くなってしまった。
感激した男が、親鸞に未来の禍いも取り除いてほしいと懇願すると、「庭の石には阿弥陀如来が宿っているので、それを信心するが良い」と言って去って行った。

tsumekaki02.jpg

男が庭石を調べてみると、うっすらと爪で書かれた阿弥陀如来の姿が浮き彫りになっていた。
これを、阿弥陀堂を建立して代々守ってきたというのである。

もう一つは小美玉市にある「喜八阿弥陀」と「経塚」である。

kihachi01.jpg

さて、こちらの話は与沢地区に住む豪族の長島喜八の妻が三人目の子をみごもった時、難産のために亡くなってしまったのです。
そしてその妻が夜な夜な枕元に現れ夜も寝れれなくなったという。
この時に近くを通りかかった親鸞上人をお招きして、亡き妻の霊を静めてもらった。
妻の霊を静めた場所が経塚として残され、長嶋家には親鸞の書いたとされる絵画が三幅残されている。

kihachi02.jpg

この絵画は県指定の有形文化財とされ、今でも長嶋家個人の所有となっている。
さて、真贋の程ははかりかねるのだが、ほんとうであれば、個人の所有は如何なものかと思いますね。

二つの話は似ているようだがかなり違う。高浜は「腫れもの」であり、キリスト教などにも出てくるライ病を連想させる。
腫れ物と言えば、小町伝説で、石岡の北向観音にお参りした時の病も腫れ物だったように思う。
一方喜八の方は妻の亡霊である。これは親鸞が幽霊を静めるのに長い間通い詰めたとされる鉾田市にある「無量寿寺」とも関係があるのかもしれない。
この寺には「幽霊図」があるという。
しかし、長嶋家はこの地の豪族であるというのも何か解せない。

ともかく、与沢は石岡と鹿島方面の海とを結ぶ街道の拠点であった。
塩が運ばれた道でもあったという。
このような見方をしてふるさとも見てみると違って見えてきます。
また参考までに脚本家白井啓治氏の「塩の道余話」を読んでみてください。
とても面白いです。ふるさとを見直してみたいですね。
この話に出てくる倉数の「潮宮神社」は与沢から少し行ったところにあります。
古木が根をむき出しにし、傾きながら聳えている姿はとても不思議な景色です。
一度見てみてください。このような場所を私は他には知りません。

 

親鸞と茨城 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/07 20:19
コメント

管理者のみに表示