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栃原金山

 袋田の滝のある大子町の手前の上小川駅から西側に入ったところに栃原という場所がある。
ここに戦国時代までこの地を治めていた佐竹氏の隠れ金山がある。

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先日、久慈川に架かる「上小川橋」を渡って、タバッコ峠を越え高部(たかぶ)に向かった。
上小川橋は平成7年に新しい橋に架け替えられているが、昭和8年に建設された初代上小川橋の欄干が記念碑とともに残されている。

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この地方は山深く、林業が盛んである。
久慈川の支流「大沢川」に沿って山水画のような景色を眺めながら栃原部落に入っていく。

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栃原部落に入ってすぐに「栃原金山」のかすれたような大きな看板があり、金山への入口が見える。
上の写真は、入り口に架かるアーチ型の門で、この写真は門をくぐってから振り返った景色である。
奥に見えるのが今来た県道32号線で、右が上小川橋、左がタバッコ峠を越えて高部・美和方面に出る。

アーチ門の脇に車の駐車場と今は使われなくなった金山事務所と食堂・土産物屋が残されている。

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ここから金山まで車でも入れるようだが、すれ違いもできない道で、入口の元駐車場に車を置いて10分ほど山道を進んだが、建物などが見えてこないので引き返してきてしまった。

まあ、時間があまり取れなかったので、廃坑の跡を見に苦労することもないだろうという思いが働いたのも事実だ。
あとから調べたら、20分以上かかるようだ。

私がこの金山の存在を知ったのはもうずいぶん前に、金の採掘場の見学と金採り体験ができると記事を見かけてことがあったのである。

戦国時代に常陸国は最後には佐竹氏が支配したが、その頃にこの金山の存在が軍資金を得るのに必要だったという。
茨城最北部の八溝山系に連なるこの領域では昔は金が採れてらしく、佐竹氏も16世紀にこの金山の開発を行い多量の良質な金が採掘されたそうだ。

佐竹氏が秋田に移ってから、この金山は閉鎖され長い間眠っていたのであったが、昭和3年(1928年)に地元の業者が再開発し一気にゴールドラッシュが起こったという。

しかし、太平洋戦争中の昭和18年(1943年)に金の価値の下落とともに採算が合わなくなり閉山となった。

この金山の金の含有率(1トン中の金が30g)が比較的高かったのに目をつけて東洋金属鉱業が昭和62年(1987年)に金山を再興した。
しかしこれもつかの間で、採算が取れなくなると観光資源「砂金探し」として売りだしたのだ。
精錬所などの土や砂利などを水で洗って砂金が結構採れたようで、観光としてもまずまずであったようだが、落盤などがあり、金山はまた閉鎖され、数年前まで行われていた観光も行われなくなったという。

今ではこの地はコンニャク栽培と林業が盛んな場所である。

今回は奥まで入ることをやめてしまったが、今度また山歩きを兼ねて挑戦してみよう。
金山入口までは片道20~30分くらいだが、施設としてはその奥もあるという。


大子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/23 19:57
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