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五万掘古道(1)

 土浦市で始まった古代の道の展示会と講演会が行われている。
私は上高津貝塚公園の展示を前回見てきて、「古代の道」の冊子を買ってきたが、常陸の奈良平安時代の官道に対する考察でいくつも疑問が出てきた。
講演会には出席していないが、この分野はまだわかっていないことが多いらしい。

今まで調べて感じてきたことだが、どうも時代によって道がかなり変化したのではないかという感がさらに深まった。

常陸国府(石岡)が古東海道は終点であったが、平安時代中期に作成された延喜式(927年完成)には古東海道の駅家(うまや)として常陸国府(石岡)から先にも駅家が記されている。

常陸国府 - 安侯 - 河内 と続く。

この安侯は、笠間市安居(あご)あたりであり、河内は水戸市の那珂川手前の渡里町と川の向こう側の上河内・中河内あたりの2箇所にあったとされています。

河内駅家(こうちのうまや)については常陸国風土記に粟川(=那珂川)の両側にあったことが記されています。

さて、この安居(あご)に近いところに五万掘という地名がいくつか残されています。

この五万掘で古代東海道の官道跡と思われる遺跡が発見されたという記事を昔読んだのだが、場所がよくわからなかったのですが、冊子「古代の道」に場所が詳しく載っていたので見に行ってきました。

石岡からは石塚街道(県道52号線)で涸沼川を「仁古田」の橋を渡り、その先の十字路の信号を左折すると、常磐高速の友部サービスエリア(スマートインター併設)に出るが、この信号から南西方向に斜めに細い道が続いている。

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入口はこのように林や民家の庭の中を通過するようになっている。
この先が五万掘の古道は見つかった道だ。

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すぐに広い空き地に出る。恐らく発掘もされたところだろう。

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しばらくこのような草地が続く。左手はエレベータなどの巻上機を制作している工場がある。

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工場を過ぎると古道らしい道が真っ直ぐに続く。
このあたりの発掘によって、室町時代ころの道路跡の見つかった。
道路の両側には側溝が掘られ、側溝中心間の幅で6~11mで、7世紀後半のものから10世紀にわたって数種類の道路が跡が見られるという。
幅の広い程時代が古いそうだ。

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一部の側溝部分はこのように水路になっている箇所もありました。

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道路跡は南南西方向にまっすぐ続きます。

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この調査はこの道路と交わるところの先で、やめたようです。その先には栗林が広がっています。

この道を真っ直ぐに石岡方面と水戸方面をつなぐと、この官道のルートがほぼ見えてきます。

明日に続きます。



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古東海道 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/30 18:36
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