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真壁散歩(3)-五所駒滝神社(2)

 真壁の上曽峠に登る途中にある「五所駒滝神社」の続きです。

五所神社とか、六所神社、十二所神社などはいずれも多くの神社をまとめて1つにしたためについた名前だと思っている。
昔の国府の多くのところには「総社」が置かれた。意味合いは似たようなものだろう。

まあまとめてお祀りしてしまえば、あちこにに行かずとも1箇所で済むので楽してご利益を得ようという安易な考え方が平安時代頃から始まったものだろう。

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さて、この五所駒滝(ごしょこまがたき)神社は平安時代の長和3年(1014)の創建といわれ、当時この山に小さな祠が置かれていたという。

それが、常陸平大掾であった多気直幹の4男の平長幹がこの真壁に城を築いて真壁氏となり、承安年間(1171~1174)に鹿島神宮から武甕槌命の分霊を祀り、真壁氏の氏神としてまつったという。

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五所駒滝神社という名前になったのがいつなのかはよくわからないが、真壁氏の時代になってから「駒瀧神社」と呼ばれていたらしい。
明治6年に駒瀧大明神(駒瀧神社)に村内の4社を合祀したというので、名前はこの時から頭に「五所」を付けるようになったのかもしれません。

この神社の祭神を見てみると、武甕槌大神(たけみかつち)大山咋神(おおやまくひ)猿田彦神(さるたひこ)木花開耶姫(このはなさくやひめ)菅原道真公(すがわらみちざね)と五神を祀っている。

7月に行われる「真壁の祇園祭」がこの神社のお祭りで400年の歴史があるという。
400年の歴史の真偽はともかくとして、なぜこの神社が祇園祭なのかという疑問がわく。

祭りの詳細はこちらにあるHPに詳しく載っでいました(こちら

これは石岡の総社の祭りといわれる「石岡のおまつり」と状況は似ているようだ。
石岡のおまつりも形の上では「祇園祭=天王祭」だと思う。

江戸時代までは石岡市内の中心である中町に「天王社」があり、牛頭天王を祭っていて、そこで行われてきた祇園祭(天王祭)が形を変えたものだろう。

明治になった時にこの日本全国にあったインドの仏教の牛頭天王を祀る天王社は「寺」ということで存続ができずに多くが同じ祇園祭を行っていた京都八坂神社の祭神「素戔嗚尊(すさのお)」を祀るようになった。

しかしここには祀られていない。

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こちらは神社の本殿。

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彫刻も立派です。

本殿は入母屋造銅板葺、三間社流波風造で、宝永元年(1704)古城村の大工増渕清兵衛により再建されたものだそうです。(市有形文化財)

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神社の拝殿横には地元の酒「花の井」の酒樽が奉納されていました。

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この狛犬も独得の表情をしています。

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向かって左の狛犬

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手水舎の横にはおおきなカエルの像が。

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この神社でもひな祭り時には花人形が飾られるようです。

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緑が多くマイナスイオンがいっぱいでした。

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真壁散歩 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/05/21 18:52
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