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子供の頃-雨戸

 「お母さん 夢じゃないよね」

私は小学校1年生が終わった春休みに横浜市から東京都東村山市に引っ越した。

その最初の日に私が母に言った言葉だという。

その後、事あるごとに母は「あの頃は可愛かった」などとよく言うので忘れずに覚えているようになった。

それは、庭付きの1棟が2軒長屋風の建屋が何十棟かが集まった都営住宅に移った日のことだ。

1軒毎に生垣の垣根で囲われていてプライバシー保護はされていた。
その庭に面した部屋の外には濡れ縁があって、窓に木の雨戸がついていた。

越してきてすぐにその雨戸を開けて、その雨戸があることが不思議であり、子供にとっては面白くて、何度も出し入れしながら言った言葉だという。

「あの頃は可愛かった。」ということは今はかわいくないってこと?などと少し大きくなるまで思った。

まあ確かに可愛くはなくなって小憎らしくなっていったことは確かだが。

横浜にいた時は、海が埋め立てられる前で、漁師の家なども多く、本当に小さな掘立小屋のような家であった。
もちろん雨戸などはなかった。

でもそれも懐かしい思い出しかないのだが、子供にとっては楽しい我が家であった。

横浜にいた時は、まだ戦後まもない時期だから、砂糖の替りにサッカリンなどを使っていた。

今では庭付き1戸建の住まいに住んでいるが、人間の幸せとはなんだろうかと思うことがある。

確かに衣食住に事欠けば考えも卑屈になりがちだから、最低限の余裕は必要だろう。

でも心が豊かであることと、金持ちであることはイコールにはならないだろう。

心の貧しい金持ちはたくさんいるもの・・・・。

今のアベノミックスでまたこのお金だけを動かして金儲けをしようとする人たちがたくさんいる。

また、なんとなく憂鬱だ。


やはり、モノを作って買っていただいて喜んでもらうことが原点だ。それにより対価は後から付いてくる。
もちろんサービス業だって良いサービスを提供して喜んでいただくということが原点だ。

定年過ぎてもまだ汗水たらして働かねばならないのも事実だが、今では働けるという気持ちの張りが、お金を得るという対価以上に精神的には大切になっている。

いつまで働けるかはわからないが、アクセクせずに無理なく働き続けることができるならこれはこれで十分幸せだと感じている。

もちろん若い人の仕事を奪うつもりはないので、真に必要とされていると感じられなくなればさっさとその職場は離れよう。

「すべての物・人に感謝する」この気持ちがいつまで保てるかな?

しかし、こうしている間も、すぐ妻に愚痴を言ったりしてしまう。
まあ人間がまだまだできていないな~。

これは死ぬまで治らんかもしれないな。

IMG_7727s.jpg

シランの花(玄関の横で長く咲いている)

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子供のころ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/06/03 19:14
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