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鬼越峠

 最近ブログを毎日更新するということが結構大変だということに気がつき始めている。
まあ、きょうは何があったとか、単に写真を載せたりのものなら続きそうだが、テーマを探してそれをまた調べながら書くのにはどうしても時間がかかるのである。
 今までにかなり多くのことを調べてはいるので、書きたいことはまだたくさんあるが、すべて中途半端な知識でしかない物が多い。
ブログを始めたのが8月11日であるから丁度4カ月になる。
止めようかと思うことも度々あったが、他人のブログを読んでみると更新がされていないとやはり寂しい思いがしてくるのでもう少し続けてみよう。

 さて、NHKの「坂の上の雲」の題名であるが、これは当然司馬遼太郎の本のタイトルであり、明治維新を成し遂げた日本が次の新しい時代に向けて歩み始めた時に活躍した3人の若者の成長と活躍を描いた物語です。
ここでこの話は別にして、今回はこのタイトルを考えてみました。
坂の上の雲はすぐ手を伸ばせば届きそうに見えます。
この逆に下り坂の先の方に聳える山並みはとても高く、雄大に見えるのです。
この石岡の地に来た時に妻がここからの筑波山の姿が好きで、気分が落ち着くといった場所があります。
それは、石岡の城山中と言われた高台の横の道(石井の泉へ曲がる看板がある)から染谷地区を通り、栗田橋の方に続く道なのです。
確かに田圃と筑波山の組み合わせの景色が好いのですが、石岡市内側から355線バイパスの下をくぐるところが大きな下り坂です。
逆にここを自転車で中学生などが登るのは大変そうでかわいそうにもなります。
下り坂に入るとバイパス道の上に雄大な筑波山を見ることができ、その美しさにハットすることがあります。
しかし、この場所は電柱や、バイパスの通りに邪魔され、昔よりはかなり景観は損なわれているでしょう。

そうか、下り坂で見る筑波山は標高以上に高く見えることに気がついたのです。

これは当たり前なのですが、他にこのような場所はないのか・・・・。
今日、もう1か所見つけました。それが鬼越峠です。

 石岡の昔話などを読んでいると、この鬼越峠の地名が良く出てきます。
しかし、私は今日までこの場所を良く知らなかったのです。
風土記の丘より八郷のフラワーパークの方に向かうきれいな舗装道路がその道だったとは・・・。
今回この道を通っていたら、次のような看板を見つけました。

onigoshi01.jpg

ロータリークラブの方で作られた看板で、「鬼越峠の梅林」とあります。
確かに梅林らしき林が看板の少し手前にあるようです。これも始めて気がつきました。
ロータリークラブの方には感謝です。梅林も整備されれば観光名所になりますね。

 鬼越峠の名前のいわれについてはいろいろな本に紹介されているので、ここでは詳しくは書きませんが、
茨城童子という大男(鬼)伝説があって、源頼光が鬼を退治に来ると知って逃げ出した時に越えた山で、その名前がついたとなっています。元々はこの峠を荷物を持って越えるのは大変であったことから「御荷越」から来ているとの解釈もあります。

さて、肝心の下り坂での筑波山ですが、この峠を下ると「茨城県畜産試験場」があります。
この試験場の手前から八郷片野地区と広がりとともに雄大に筑波山を見ることができます。
しかし、ここも木々に邪魔されなかなかベストアングルは撮れないですね。

nigoe02.jpg

写真は実際に見た感じとは大分違ってきますね。下り坂のイメージは写真で表せないことが判りました。
もう少し山がクッキリ見える朝方でもまた行ってみたいと思います。
 

石岡市内の風景 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/12/11 17:42
コメント
No title
鬼越峠のことを検索していてたどり着きました。
筑波山の風返し峠のあたりから石岡の方を見ると真ん中が抉れた山があるのが見えどうしてあんな地形になったのか気になっています。
自転車で行くと鬼越峠の北側にある山のようです。
コンクリートの採石場のようなものがありますが、そのせいで人為的にあの地形になったのでしょうか?それとももとから山を南北に分けるように抉れていたのでしょうか?
御存知でしたら教えてください。
つくばの中村様
こんばんは。
つくばの研究機関の方でしょうか?
筑波山からこちらの石岡側にもう少し人が来てくれると良い野になどと思ってしまいます。

さて御質問ですが

> 筑波山の風返し峠のあたりから石岡の方を見ると真ん中が抉れた山があるのが見えどうしてあんな地形になったのか気になっています。

これは龍神山です。昔から石岡日に常陸国国衙が置かれたりしたときから伝説としても伝わる山です。
でも砕石業者が山の真中を掘ってしまい今は左右に分かれた山になってしまいました。
この山は、昔は石岡市が所有していましたがこの山の石が道路建設などにとても良い石で、業者に売り払ってしまいました。
その後山は姿を変え気候も町を流れる川の水も変わってしまったようです。

昔の山の姿を含め次のような記事も書いていますのでご参考まで:

早朝の柏原池:http://yotsuba23.blog104.fc2.com/blog-entry-1676.html
蛇の子を生んだ奴賀姫(昔話3):http://mahoranokaze.blog.fc2.com/blog-entry-77.html
茨城童子:http://mahoranokaze.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

コメントありがとうございました。またお越しいただけると嬉しいです。

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