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二人の唯信房(3)-戸森の唯信(1)

 親鸞聖人の弟子の唯信のもう一人は、二十四輩の第二十二番「戸森の唯信」と言います。
戸森とも外森または戸守などとも書くようです。

幡谷の唯信(二十三番)を紹介したので、もう一人の唯信に興味を持った。

この二十二番「戸森の唯信」が建てた寺と言うのが笠間市の宍戸駅近くにあった。

「外森山唯信寺」という。

この宍戸という土地は江戸時代には石岡と同じく松平氏の藩(1万石)があり、殿様は江戸にいてここには陣屋があった。
その前の時代を考えるにもこの戸森の唯信と言う存在を考えてみるのはとても面白い。

しかし、この宍戸駅周辺のエリアが国道50号線からも外れ、笠間や友部に行くにも通ることのないデルタ型のエリアになっており、石岡に住む私などは近いのに全く行ったことがない。

これから少しずつ調べていけたらいい。

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場所は宍戸駅の北側で北山公園の南側である。

この唯信房は、宍戸の城主宍戸四郎知家の三男、山城守義治だという。

宍戸四郎知家というのは一般に言われている八田知家の事だと思う。

このあたりについては明日にでももう少し調べて書いてみたい。

宍戸の歴史が見えてきそうだ。

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ここはしだれ桜も有名らしい。また春にでも来てみよう。
前にブロ友のtroyさんが書いていたのを思い出した。

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ここにある親鸞像は「お旅立ちお姿」となっています。

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この唯信寺は最初に奥州外森に建てられたというが、この場所が良くわからない。
この時代に奥州というのは東北地方ではなく、常陸国の北部であるようだ。

しかし久慈郡にはそれらしき地名が見当たらない。

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少し調べてみると、やはり戸森の唯信などといわずに宍戸の唯信と言ってくれた方がわかりやすい。

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寺に書かれていたものだが、もう少し知りたいので明日にまた続きを書きます。


親鸞と茨城 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/07/22 19:56
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